th_IMG_1880––––––– 2017年12月、都内のサイゼリヤにて

齋藤 今日はお集まり頂きありがとうございます。ビデオゲームについて語る「ゲームトーク」をこれから初めて行きたいと思います。記念すべき第一回には、現代美術家の山形一生さんとイラストレーターの山本悠さんをお招きいたしました。というのも、山形くんのゲームの語り口ってすごい独特なんですよ。何十年前にプレイしたゲームでも、昨日やっていたかのように鮮やかに思い出して鮮烈に語ってくれるという。

山形 ゲームのことなら話せると思います。まず、何から話しましょう。

齋藤 まずは山形くんとゲームとの馴れ初めからお願いします。

ゲームの原体験


山形 僕は物心つく頃には既にゲームをやっていました。親戚が多くて、そのお下がりとしてゲームを貰っていたので、当時からすごい量のゲームが手元にあった。ファミコン、スーパーファミコン、ディスクシステム、ゲームボーイがあって、ソフトも合計で50本以上はありました。幼稚園の友人と《スーパーマリオRPG》を一緒にした記憶がありますから、少なくとも幼稚園に入る時にはゲームは普通のものとしてやっていたんですね。



自分で意識的にゲームを購入した記憶は今でも覚えていて、PS本体と一緒に《デジモンワールド》を購入しました。1999年1月のことなので、9歳の頃です。母と一緒に買いにいったのですが、購入直後に母を置いてすぐに家に帰った記憶があります。本当に情けない…。当時はモンスター育成シミュレーションなど、言わば人間を中心としないゲームが流行っていて、《モンスターファーム》 、《ドラクエモンスターズ》、《遊戯王 カプセルモンスターコロシアム》、《モンスターコンプリワールド》、《ドラゴンシーズ》とか…、言うとキリがないですね。《ポケットモンスター》は言うまでもないですが、僕はそういったモンスター育成ゲームを好んでやっていました。だから最初に購入した《デジモンワールド》もその流れで購入したんでしょう。

当時はゲーム脳というワードを筆頭に、ゲームに対する弾圧がまだ強かった。ゲームをすると暴力的な性格に育つとか、脳が萎縮するとか、世間は否定的でした。やはり僕の父も同じく否定的で良い顔をしていなかった。ゲームというメディアの経験の無い世代からすると、得体の知れないものに写ったんでしょう。外にもいかないで、勉強もしないで、なんでこんな映像に夢中になってボタンを押し続けているんだと。当時はテレビも一家に一台で、それを家族が共有して使うものでしたから、僕がゲームをする度にテレビを独占するのも拍車をかけたんだと思います。だから父とは何度も衝突しました。一番ひどかった時は、プレイ最中にもかかわらずゲーム機を持ち上げられて、そのまま窓から庭へぶん投げられた。

山本 それくらいやり続けていたんだ。

山形 毎日やっていた。高橋名人との約束とかも守るわけなくて、親が怒る寸前までやっていた。小学校高学年にもなると親が寝静まったのを良いことに、深夜3時ごろに起きてゲームをやっていた。それで登校時間までゲームをして学校にいく。こんな生活をしてたから、親は本当に僕のことを心配したと思う。

母は攻略本をたくさん買ってくれました。少しでも文字を読んでくれるのならと思ったのでしょう。だから当時の誰よりも攻略本は読んでいたと思います。RPGの攻略本って内容が内容なので分厚いものが多く、それこそ本当に辞書のような厚みがあった。アルティマニアとかまさにそうですよね。当時は◯◯◯大辞典、◯◯◯大宝庫のような名前をした辞書的なゲーム本がやはり多かった。母も何故か「分厚いゲームの本なら買ってあげる」と言っていて、そういう本ばかり持っていました。僕はゲームのことなら好きになれたので、ゲームを通して学習をしていた側面は間違いなくあったと思います。

まあ、しかしながら、そんな生活ばかりしていると一応は歪んだというか…変わった子が育ってしまいます。大半の時間をゲームに捧げていたので、人と上手く話せない子になっていました。その人がゲームをやっていたり、知っていないと共通の話題や知識が全く無いわけです。だからゲームを知っている人、それも結構なゲーマーでないと仲良くなることは難しかった。けれど小学校で唯一、一人だけ本当に仲の良い友達ができた。彼は牧野くんって言う、ちょっとデブな男の子だったのだけど––––––

齋藤 同級生の個人名出てきた。

山形 その子もかなりのゲーマーだったんです。家に遊びに行くと、彼には自分の部屋があって、部屋にはゲーム専用の本棚があった。そこにはSFCのカセットが大量にズラー!っと並んでいて、全てのゲームを持っているんじゃないかと思った。バーチャルボーイとか、ハードもたくさん持っていた。僕の小学校生活は毎日のように彼と遊ぶことで過ぎていって、それが安息の地と化していました。

でも彼以外の友達は出来ることは本当になくて、ゲームを通して関係性を築いていくしかなかった。僕はいつも友人の家に行く際にはゲームのハードとソフトを一式リュックに詰め込んで遊びに行ってました。完全にイってます。でも友達はすぐゲームに飽きてしまって、外に遊びにいきたくなる。けれど僕は行かない。だからいつも友達は途中で外に出ていって、僕はその友達の家のテレビでゲームをしていた。友達の家にいるのに、当の友達は外で遊んで、僕は友達の家で一人ゲームをしている。そんなやつが遊びにくると、その友人の両親は良い顔をしないわけです。次第に遊べなくなる子が増えていって…たぶん親が『もう山形くんとは遊んじゃ駄目』って言っていたんだと思います。

山本 『あいつはゲーム狂いだから遊んじゃだめだ!』

齋藤 そりゃ言われるだろうね。

山形 だから友達は本当に居なかった。牧野くんを中心に、あと本当に少しだけ。

齋藤 友達の家にソフト持っていくのはわかるけど、ハードを持っていくのはやばすぎる。

山形 そんな生活を中学卒業頃までずっとしていたので、高校入学までの学校生活には良い思い出がありません。高校は美術系の高校に通い始め、吹奏楽部にも入ったので忙しくなったんですね。

齋藤 デジモンとか遊戯王って友達と遊べるものだけど、それで友達が出来たりもしなかったんだ?

山形 僕は大抵の物を2つ以上持っていたんです。デジモンも、たまごっちも2つ持っていた。ゲームボーイですら2つ持っていたし、ポケモンも全色持っていた。両親は決して同じ物を買い与える事はしないのですが、おじいちゃんおばあちゃんに言えば、買って貰えたんです。だから僕に友達がいなくても––––––––––

山本 不自由はない。『せめて一生が…ゲームにだけは不自由しないように…っ!』

山形 だから友達が居なくても僕はポケモン交換できたしポケモンバトルも出来た。一人でもゲンガーやゴローニャが作れる。デジモンも一人でガチャン!ってバトルをする。ペンデュラムなら左手と右手でシャカシャカして…すみません、長くなりました…。ここまで話したことが、僕の幼少期のすべてと考えてもらって良いです。

齋藤 泣けるなあ。それでは山本悠に聞いてみましょう。どんな風にゲームをしてきたの?

山本 子供のころの記憶がほとんどないのだけど、なぜかこの時の記憶だけ本当に鮮明にあるんだよ。幼稚園にいくバスに乗っていたとき。『ドンキーの裏技で一番びっくりしたやつなに?』って会話が聞こえてきた。園の友達が《スーパードンキーコング》の攻略情報を交換していた。『ローリングアタックで空中ジャンプかな』って二人が話している。テレビCMなんかで得た断片的なドンキーコングの情報しかないのに、『空中でローリングアタックしてジャンプ!?』って頭の中に仮のドンキーコングの世界が広がった。そんな我が家についにゲーム機が来た。それがお下がりのファミリーコンピューターだったんです。ファミコンだから、『みんながやっているゲームと音が違うな…』と。まあ、それはそれでかっこいいかなと。




山形 ファミコンが最初だったんだね。

山本 はじめてプレイしたビデオゲームは、パソコンでやるゲーム。押すキーを父親に教わりながら、キーボードでプレイした。ゲームのタイトルは忘れてしまって、もう今ではわからない…。勇者を動かしてマップを進んでいく《ドルアーガの塔》や《ハイドライド》みたいな感じのゲームなんだけど。ステージを進むと、お姫さまがいて、帰り道はお姫さまが勇者の後ろをついてくる。姫が炎に当たったりすると死んじゃうから、難易度が上がる。姫を守ってマップの入り口まで生還するっていう。


山形 僕も悠くんの話で思い出したのだけど、人生で一番最初にやったゲームはWindows95の《Hover!》っていうゲームだ。ホバリングしている車みたいな乗り物を操作するゲームで、一人称視点の3Dゲーム。マップに点在された旗を、車を操作して回収していくというシンプルなゲームで全3ステージしかない。当時はまだそれこそ幼児だったから、ルールとか全然わからなくて、ただ操作してるだけだった。キーボードの矢印キーだけ理解できていたんですね。で、その車を操作していて、壁にあたるとカンッ!ってすごい硬い音がする。それが面白くて、ひたすら壁にぶつかってカンカンしてたな。

山本 ただ、押して動くぞってだけで楽しいんだよね。しかも音が鳴るんだもん。



山形 そう、だからどこの壁が一番カンカンできるかっていう遊び方をしていた。細い道を見つけたら、そこに勢いつけてぶつかるともう最高にカンカン出来る。僕はこの《Hover!》というゲームと同時に《ピンボール》が初めてのゲームだった。今でも鮮明に思い出せるものだね。ピンボールもすごい独特な音でびっくりしたな。ブィィイイヨォォオオン!ガチャガチャガチャ!

齋藤 すぐ効果音でてくるね。

山本 山形くんと言えば効果音。

山形 悠くんも僕も、はじめてのゲームはパソコンのゲームだったんだね。


スクウェアと《ファイナルファンタジー》


齋藤 それでは、2人が心酔していたというスクウェアのゲームの話を聞かせてください。

山形 スクウェアのソフトはスクエニ以降や一部を除けば、ほぼやっています。僕も一番やったゲームメーカーです。子供ながらに、スクウェアの会社ロゴを認識していて、この「A」が赤いゲームソフトを買えば間違いないって理解していた。

山本 初めて意識したブランドだったのかもしれないね。僕も『ドラゴンクエストはなんかちょっと違うんだよな』って思いながらプレイしていた。ドラクエはドラクエで素晴らしいんだけど、『ドラクエたいへんだな、ギルが全然たまらないし』って思っていた。

齋藤 ドラクエだからゴールドね!ドラクエⅢは面白くなかった?

山本 投げ出しちゃった。

齋藤 ええー!あんな完璧なゲームを?!

山形 僕もドラクエⅢは投げちゃった。更にはⅦも投げた。だからドラクエでちゃんとクリアしたのはⅠだけ。でもⅢは最初だけすごいやっていて、最初の選択肢で分岐するストーリーは全部やった。質問に対して悪い選択肢ばかり選択すると悪魔になれることが解って、ひたすら村の人々をボォッ!って炎で吐いて焼き殺してた。それが楽しくて満足するまで何度もやっていました。それ以降も続けてはみたんだけど、合わなかったのかすぐ止めてしまった。

山本 楽しいゲームではある。しかしクリアの喜びは知らないまま…。モチベーションが維持できなかった。

山形 物語もシステムも優しい作りで理解しやすかった。子供ながらに『やさしいつくりだなあ』って思ってた。

齋藤 高橋源一郎が、全く同じことを言っていたんだよ。『ドラクエⅢは完璧さを身につけるために、ドラクエⅡの過剰さを放棄した』って。わたしはその完璧な物語にうっとりして、ドラクエⅢは朝の9時から夜の9時までずっとこたつでプレイするくらい大好きだったんだけど。

山形 でも堀井雄二は本当に尊敬しているよ。僕にとって《クロノトリガー》は3本の指に入るほどの思い入れのあるゲームです。でも、どうしてもドラクエだけは合わなかったんです。堀井雄二がドラクエの開発エピソードを語った際、ドラクエは誰にでも分かるようなゲームにしたかったと言っていて、分かりやすさを開発の根幹に置いたそうなんです。もしかするとそれが窮屈に思ったのかもしれません。おそらくドラクエを経験するより先にFFの方を経験していたのも大きかったのだと思います。

齋藤 FFのいわゆる人気タイトルって、ⅦとかⅨとかⅩとかが取りざたされることが多いと思うんだけど。お二人が好きなタイトルは?

山形 僕はⅧ。次にⅥです。悠くんは?

山本 僕はⅡです。Ⅱは面白いんです。だいたいね、戦闘毎に全回復するんですよ。そしてなぜか敵ではなく仲間を攻撃して瀕死に追いやってから戦闘を終了すると最大HPが上がっているので…毎回…

齋藤 へえ〜!



山形 ⅡにはRPG特有のレベルシステムがなくて、ステータスアップがどんな戦闘行動をしたかによって決まるんです。魔法を使えば魔法能力が上昇して、より魔法使いに特化したステータスになる。さっき悠くんが言ったようにHPが減るとHPの最大値が上昇する。だから仲間同士の殴り合いでも上昇してしまう。

山本 いわゆるジョブ、職業はない。剣を使い続ければいつか剣士になれる。

山形 システムデザイナーはそんなプレイをされるだなんて思わなかったそうで、「どうやら巷では仲間同士で殴り合うことが流行っているらしい」と知って驚いたそうです。実際このシステムは敵のゾンビータイプにケアルをしてダメージを与えるという案から採用されたものだそうです。

山本 プレイヤーがまさかそんなことをするだなんて思いもしなかったんだね。まほうのほん装備の裏技も楽しかった。『なんでも装備できるんだ!』という感動があった。Ⅱをやっていた時は何を遊んでいたのかよくわからなかったんだけど。でも僕にとってのFFといったらⅡ。音楽もⅡのが流れてしまうな。


山形 こう考えてみると、Ⅱは後のFFに大きく影響を与えた規範となったんだね。


キャラクターの瞬き


山形 坂口博信は大学生のときにバイトとしてスクウェアのゲーム制作に携わっていて、そのときに作っていたゲームが「鳥人間コンテスト」のゲームだったらしい。けど当時のスクウェアはやばくて、許諾を得ないまま制作していたからプロジェクトが解散になっちゃった。そこから坂口は《ザ・デストラップ》というゲーム作品でデビューした。パッケージイラストはいのまたむつみを起用している。



山本 色々とすごいね。

山形 この段階からすでにキャラクターと物語に対する考えが伺えるゲームなんだよ。次作の《ウィル デス・トラップ2》では今後におけるスクウェアの根底すら既に示唆していて、少女の絵がタイトル画面に映し出されているのだけれど、当時はアニメーションがまだ困難な時代だった。このタイトル画面ではそれを上手く掻い潜る形でアニメーションを可能にしている。この少女がただ瞬きをするだけなのだけれど、当時はこれだけでも衝撃だったそうなんです。『動いている!』って。

ゲームにおける「瞬き」は面白くて、今日でもゲームにおけるキャラクターのアニメーション表現として用いられている。《逆転裁判》とかが特に分かりやすい。静止したままのキャラクターは、そのままでは画面内での生存を示せない。それを繋ぎ止める方法がゲームにおいても「瞬き」だった。だから、こちらの選択肢の「はい」「いいえ」の決断を待っている最中にも、彼らはずっと瞬きをし続けている。単に目の画像差し替えのみでそういったことを示せた。

話を戻すと、有名な話しだけれどスクウェアはファミコンでRPGなんて作れないと思っていたそうです。今では「ふっかつのじゅもん」が普通のものとしてあるけど、当時ファミコンはセーブは出来ないという認識が強かった。だからドラゴンクエストが発売された時は衝撃だったそうです。そこから、ファミコンでもRPGは作れると思い、FFの開発がスタートした。それ以降のスクウェアのストーリーはゲームブログとかで腐るほどあるので見てみてるとすごく面白いよ。

山形 (ここでドラクエとFF年表をみせる)

齋藤 FFが発売されたのはドラクエの翌年なんだ。

山形 順番でみていくとお互いリレーのように追いかけあってるのが理解できる。けど、ドラクエⅢで一度スクウェアは沈んじゃう。坂口もドラクエⅢには本当にびっくりしたらしい。そのあとFFⅢが発売されるのだけど、当時で一番売れたんです。そしてⅣが出て、ここからスクウェアの勢いが強まる。そして、PSでFFⅦがくる。97年。このFFⅦによって、ゲームの歴史は変わったと言ってもいいですよね。その後のPSと64のハード競争にまで影響を及ぼしたとも言える。



山本 決定的だったよね。Ⅶ以降はカルチャー感を帯びてきた。

山形 坂口がFFⅦをPSから発売した理由として、やはり映像に対する明確な欲求があった。それは64などのカセットでは出来ない。美しい映像と美しい音楽には容量がいる。それにはDISCじゃなければだめだったと言っているんです。スクウェアのゲーム制作の根底には、常に美しい映像と音楽があった。



FFⅢにおけるキャラクターの交換可能性


齋藤 FFⅢはどう思う?

山形 FFⅢはとにかくジョブシステムを作った功績が大きい。これはドラクエⅢを受けてのものというのは自明だよね。悠君はわかると思うけど、前作であるFFⅡには物語が主軸にあった。また、チョコボやクリスタルなど後にも引き継ぐ諸要素はⅡから始まった。また、FFⅠにはキャラクターに名前がなかった。けれどⅡには名前があった。

山本 フリオニール。

山形 そう、フリオニール。けど、Ⅲではまた名前がなくなってしまった。それにより、またキャラクターの交換可能性がでてしまった。そしてジョブシステムがよりそれを過剰にさせている。

山本 システム寄りになったんだよね。で、分かりやすくFFⅣではまた個性豊かな仲間たちと一緒に旅をする。しかも月にまで行ったりする。月に行くだなんて…最高!

山形 そういう意味ではFFⅡと同じようにFFⅣもたくさんキャラクターが死ぬよね。どんどん出てどんどん死ぬ。ベルトコンベア式。ドラクエは基本的な大枠や物語の姿勢は踏襲したまま物語が続く。FFⅣはそういった意味では裏切りの物語とも言えるかもしれない。



齋藤 カインとかね。聖書のカインから名付けられたんだろうけど、当時はすぐ逃げるやつとか、裏切り者の代名詞になっていた。『一緒に遊びに行こうって言ったのに来なかった、カインだ』みたいに。

山形 カインは特に有名だよね。ヤンも裏切っている。裏切るというよりはゴルベーザによって操られているだけなんだけれど、それはカインも同じ。FFⅣはそういった本来仲間であったキャラクターが敵として立ちふさがるというイベントが本当に多く、安心ができない。いつ裏切られ、いつ死なれるか。その安心のなさは新しく採用されたATBにも通じるものがある。

山本 この仲間きっとそろそろ抜けるから装備品全部没収しておこう…。

山形 FFはRPGにおける物語内法則をカウンターとして扱う事が規範になっている。もともとFFが誕生した経緯がドラクエが先立ち、そのカウンターとして制作されたから当然とも言えるね。

山本 FFⅣで竜騎士とかモンクとか吟遊詩人とか、ステータス画面に職業が書かれていて、個性豊かだった。けどFFⅤにいくと、なりたいときに竜騎士になれちゃう。まあまあ、それもいいかって思っちゃう。

山形 ⅢとⅣでFFも数字が出せてRPGに「FF」という概念が確実に出来始めた。FFⅤにおけるジョブシステムを中心とする固有名詞たちは、そういったFFの物語内で生成した資産を過剰運用する形で構築されている。システムやFFに纏わる常識的ともいえるようなもの–––––黒魔法や青魔法、ステータス異常や召喚獣など––––––FFという世界に関係する常識的事物があまりに密接になっている。けれどシステム面に特化したぶん、FFⅢと同じ問題が起きていて、物語が軽薄でキャラクターも没個性的で交換可能になっている。FFⅤは地味にマルチエンディングだったりするのだけれど、その内容も差はほぼない。



山本 バッツの悩みなんてどうでもいいからね。そんなことより早く青魔法を集めたい。青魔法を集めるのが本当に楽しかった。召喚獣もそうだし、何かを集めることが楽しかった。そしてFFⅤはギルがあまる。

山形 後のやりこみ要素を想定した作りとも言えるよね。FFⅤは縛りプレイなど特殊なプレイもとても盛んに行われていて、つっこんだ話しをするならば、パイディア(Paidia) を加速させる作りにもなっているね。「すっぴん」とか上手い作りだなあと関心する。


自分の内にキャラクターが住みつく




山形 悠くんはFFⅥはクリアしてない?

山本 してない。魔大陸で止まってしまった。

山形 たしかにそこは難しい!雑魚キャラを含め敵がみんな強いよね。アルテマウェポンも本当に強い。

齋藤 FFⅥはレベル上げをしなくてもうっかり先に行けてしまうから詰まりがちかも。

山形 FFⅥは仲間が本当に多くて楽しい。全部で14人もいる!ゆうれい、バナン、レオ将軍とか含めるともっといることになる。FF史においても、初めてパーティ内と外というシステムが生まれたナンバーだよね。それまではパーティ選択は常に固定・自動で行われていたけれど、自分でパーティーメンバーを組むことが出来るようになった。

山本 FFⅣやⅤの時はキャラクターを自ら選ぶ必要が無かったよね。

山形 4人という人数枠は基本のままだけれど、4人パーティを3組作ってダンジョンを進んでいったりだとか、多人数パーティを活かしたシステムが多くある。同時に今まで通り、パーティ離脱も頻繁に起きるようになっていて、FFⅣとは違った形で離脱に意味が出来ている。FFⅥで有名な世界崩壊後や、レテ川以降の分岐だとか、それぞれの仲間を個々に攻略していくことで、物語を拓いていく作りになっている。全キャラクターに個々の設定がきちんと備わっていて、FFⅤにおける交換可能性を否定した作りとも言えるね。プレイ開始時はティナを主人公として操作をするけれど、物語がある程度進めば別にティナをパーティに入れなくてもいいし、ティナが居なくてもクリアできる。つまりは公式の設定でもあるように、全員が主人公としての構成になっている。これはつまり、誰も主人公ではないとも言えるね。

山本 ワーッパパパパ!

齋藤山形

山本 ケフカ・・・。

齋藤 仲間意識が高まると同時になかなかパーティーに入れることのない仲間に対して申し訳ないなって気持ちにもなる。セッツァーとか全然使わなかった。

山形 その「申し訳ないな」と思ってしまうのは僕もそう。FFⅥはキャラクターの存在に物語が呼応しているような作りになっているからだろうね。確固とした世界設定や物語の上でキャラクターがいる…というよりも、確固たるキャラのもとに物語が降り注いでくるような感じだ。だからそれぞれのキャラクターひとりひとりに固有の物語がしっかりと用意されている。

僕はガウやゴゴ、ウーマロを好んで使っていたのだけれど、その3人は他のキャラに用意されたイベントや物語と比べると乏しいキャラです。けれどそれを補うまでの特殊な戦闘システムがあって、ガウは一度「あばれる」を選択したら自動操作、ウーマロに至っては一切として操作ができない。そしてゴゴは「ものまね」で他のキャラクターの行動に依存する。そういった豊かさがある。

齋藤 わあ、彼らはあんまり使わなかったな。山形くんの言う通り物語が乏しいキャラだから。逆に祖父と孫の関係性があるストラゴスとリルムとか、物語性のあるキャラを使って満足してた。

山形 キャラクターそれぞれの設定が明確だから、自分の内に迷いなくキャラクターが住みついてくれる。これらキャラクターへの「好み」においても能動的なパーティ選択が出来るようになったシステムの影響が強いでしょう。『マッシュを入れるならエドガーも入れよう』とか、『セリスとロックは常にセットで』とかってなる。よりキャラクターへの気持ちを増幅させるような構造です。それはFFⅨでまた違う形で引き継がれていると思うな。スタイナーとビビとかね。

FFⅥの物語とはキャラクターたちの過去を知っていくことでもあるんです。むしろそれによってのみ物語が進行していく。通常RPGや物語というのはキャラクターが成長していく過程を基本としているけれど、FFⅥは大半のキャラが大方の成長を既に終えていて、プレイヤーはそのキャラの過去を知ることによってその過程を補完するような作りになっている。過去ログ物語。明確な主人公がいないのもあって、パーティ全体を見守っていくような側面があります。さきほど話したような、プレイヤーが依代にする一つのキャラクターが居ないからですね。

齋藤 確かに、みんな何かを失っている人物ばかりが揃っている。

山形 FFⅥでスクウェアはキャラクター性をどう担保するか、どう増幅させていくか…ということを理解したんでしょう。「きかい」や「あばれる」といった固有アビリティを各キャラに用意させ、同時に魔導アーマーという軍事兵器にキャラを乗せ、逆に戦闘行動を統一させたりもする。そして対極にあるゴゴという持たざるものが居る。FFⅤと並列してみるとやはりそこには人物への扱いにとても大きな差がある。キャラクター重視の波をひしひしと感じさせる流れです。それはドラクエⅣもそうです。だからFFⅥ以降からはそういった交換可能性というものは希釈されはじめ、FFⅦならリミット、FFⅨは固有アビリティなど、キャラクターの個は引き継がれていきます。とは言っても、ステータス数値や戦闘行動においては最終的には皆同じに収斂してしまいます。FFⅩのスフィア盤なんかはとくに顕著ですよね。それにしてもキマリは弱かった…。あれはロンゾの恥って言われちゃう。

ガーネットをガーネット




山形 FFⅨでは、悠君もたしかガーネットをガーネットにしてたでしょう?

山本 した…。

齋藤 ガーネットをガーネット?

山形 ヒロインのガーネットというキャラクターがいて、物語を進めていくと彼女の名前を変更するイベントが発生するんです。彼女はガーネットという宝石の名前からも分かるように、お姫様なんです。そして、今までのそういった自分と決別するために、最も対岸にあるような名前を彼女は選ぶんです。それがダガー。ダガーという名前にしちゃうんです。そして彼女の名前変更画面の初期設定欄が、見事に「ダガー」になっているんです!売値、320ギルだぞ…。

山本 え!? ガーネットが!? なんでダガーに!?!?

DV6cBVFV4AACIs- ダガー

山形 だから僕は☓ボタンを3回押して名前欄をきれいにした後、また「ガーネット」と名前を入れ直したという思い出があるんです。で、物語では「よし、これからはおまえはガーネットだ!」みたいになる。それで僕は、本当によかった…と安堵してゲームを再開する。このガーネットをガーネットにする現象が、どうやら皆 結構やっているらしいということが最近分かったのです。まず悠くんがそうだった。

山本 僕はまず、その画面を観て固まった。で、夕方だったんですよその時。

齋藤 よく覚えているね!

山本 『ごはんできたわよー』って。夕飯ができちゃったんです。ああ、名前入力しなきゃ、でもご飯食べてからにしよう…って、つけっぱなしにして下に降りた。それでご飯食べ終わってお皿片付けて自分の部屋に上がってきて、画面を観たら、まだ「ダガー」だった…。

山形 そして–––––––––––

山本 ピュインピュインピュイン・・・・・・「ガーネット」!

山本 そういえば名前入力に「おまかせ」ってあったよね。《聖剣伝説》のおまかせが楽しかった。ものすごい奥の深い名前も出てきた。名前に漢字を使用することもできるようになっていたね。プレステにもなると解像度が高くなるから。FFⅤとかⅥでは、限られた漢字だけをぎりぎり使えてた。

山形 ロマサガに至っては漢字だけフォントサイズを大きくして表示させてたよね。

そして映画へ




山形 映画のファイナルファンタジーのこと話しとこっか。

山本 あの黒歴史。

山形 そう、5000万ドル以上の赤字が出てしまって、スクウェアが経営難になったのは有名な話。当時の僕は小学生だったのだけれど、その時の将来の夢がスクウェアに入社することだったから、ニュースでスクウェアが無くなると聞いてショックだった。まさか自分の夢がこんなにも早く途切れるなんて…。でも結果としてエニックスと合併して、それはそれでいいのかなと当時は思った。むしろ、ドラクエとFFという最強のRPG制作会社が組み合わさって、スクウェアのこれからが楽しみだなと興奮したな。そしたらⅩ-2ができちゃった。

山本 あれはショックだった。

山形 FFⅩ-2は初のナンバリング続編です。FFⅩは250万本売れており、PS2の中ではトップクラスの売上だった。でもスクウェアはそういった売上に反して経営は常に厳しかったそうです。というのも映像技術に傾倒しすぎた結果、開発費用が毎回めちゃくちゃかかってしまっていた。普通のゲームソフトの開発と比べるとかなり多い額だそうです。

山本 映画製作みたいになっていたんだね。

山形 Ⅹ-2は再度ジョブシステムを採用していて、Ⅹのヒロインであるユウナが主人公の物語です。パーティーは3人固定で、全員女性。リュックとパインというキャラクターで…既に察していると思うのですが、完全なるキャラゲーなんです。もっと言うならセクシーゲームなんです。今までのジョブシステムにはなかった、戦闘中にもジョブチェンジが可能になり、戦闘中にジョブチェンジをすると、お着替えムービーが流れるんです。

齋藤 え・・・。

山形 本当に、セーラームーンのようにドレスアップムービーが流れます。ユウナが、セーラームーンの如く、くるくるキラキラ回転して変身しちゃうんです。しかもムービーで。そして、当時のインターネットコミュニティで乱立しまくった魔法の言葉があります。知っていますか?「みやぶるLv3」というのですが…。「みやぶる」とは所謂ライブラのことです。

齋藤 ライブラね。相手のステータス状況が見れるやつ。

山形 そう。で、Ⅹ-2は技名の後のレベル数値によってその効果が変化するんです。まず、みやぶるLv1が「敵の情報をみる」なんです。普通のライブラですね。で、Lv2が「敵の情報と、敵のグラフィックを360度回転・ズームで観賞できる」になるんです。

山本 おい!

山形 うん…Lv3は「仲間にも使える」なんです。敢えてこれ以上言いますか?言いますけど、もう、ズームし放題、回転し放題、見放題なんです。

山本 抜きゲーだった…。

山形 ジョブシステムとか、戦闘システムやグラフィックはスクウェアだからしっかり作られています。けど、そういった要素や、物語は、お世辞にも良いとは言えません。当時は愚弄された気持ちでした。今までのFFは、もう無いんだと子供ながらに理解しました。そんな感じだから発売して1ヶ月後にはすぐにワゴンゲームの代表になり、どのゲームショップにいっても、FFⅩ-2が投げ売りされている。

齋藤 それは悲しい。

山形 当時の僕は相当ショックだったんでしょうね。それ以降FFの新作を一切しなくなってしまいました。

山本 もう今じゃ開発室とかなくなっちゃったのかな。透明な壁とか抜けると、スタッフルームがあって、スタッフとお話できたり戦闘できたりしたよね。

山形 あったね。ポケモンでいうタマムシデパート裏の雑居ビルみたいなね。

山本 Ⅹ-2では無いだろうし、できないだろうね。どのツラ下げてキャラクターたちにお前ら発言できるんだと。おい!

山形 FFⅩⅤってたしかパッケージ版を買うとスタッフからの寄せ書きがついてくるんだよね。

山本 握手できるゲーム会社?

山形 スクエニ内でFFの同人制作をやっているような感じなんだと思う。ディシディアとかは実際同人ゲームだ。FFのナンバリングだけ続いていく。

齋藤 おお…ネットでもかなり話題になりました。


山形 もう文化祭だ。スクエニの社長が3DCGキャラクターになってノクティスと戦うとか。完全に内輪ノリをこれでもかと放出している。スクエニ以降はゲーム外…つまり物語外での出来事がどんどん喧しくなっていっている気がするね。これもソーシャルゲーム以降としての影響………いや関係ないわ。この話はもうやめよう、はい!やめやめ!

齋藤 ちなみにFFの映画では、2016年にCGアニメ「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」が劇場公開されて雪辱を果たしたと言われていますね。



■ゲームと記憶

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齋藤 ところで、なんでふたりともゲームのことになるとそんなに記憶がはっきりしているんですかね。

山形 たぶんゲームというものは記憶のヒモ付けとしての力を他のメディアより強く持っているんでしょう。その時には気づかずとも、後になってそのゲームを思い返すとその時の記憶、ゲームプレイ時の外側…つまり自分がどんな場所で何を思ってプレイしていたかとか、記憶をより定着されていることに気づきます。より強固な記憶となっている。経験したゲームを再度やったり思い返すと当時の自身の出来事を思い出せます。

そういった事は、ゲームのサウンドトラックが特に考え易い。ゲームを経験せず、単なるサウンドトラック…つまり音楽として経験すると『良い音楽だな〜』とか、通常の音楽の観賞体験と違いはありません。けれどゲームの経験を通した上でそのゲームのサウンドトラックを再生するとそうはいかないわけです。感動せずにはいられないはずで、しかもその感動とは結構な深度があって、映画などの観賞体験からくる感動とは異なります。敢えて言いますけど、魂が震えるとすら思います。

うーん、感動という抽象的な事から話すと難しいな。つまり、その物語の一部始終やキャラクターの振る舞いやセリフ、戦闘シーンなどが一斉に、増幅された形で呼び起こされ、再生される。それは映画のサウンドトラックともやはり違くて、ゲーム経験特有の事象なんです。太田光と糸井重里の対談で面白いことを言っていて、ゲームと映画の違いを話している。映画は一緒にみれるけれど常に一人で観賞が行われ、作品と一対一の関係になっている。そこに会話はない。しかしゲームでは一対一もあれば複数人との関係もあり、会話も交えながら観賞が出来る。そしてゲームはいつ中断しても良ければ、いつでも再開できる。おかしを食べたり料理をしたり…。それがとっても楽しいんだと太田は言っている。

山本 それがすべてかもね。つまり、『ご飯ができたわよー』って呼ばれる。その境界的な瞬間を覚えている。

山形 ゲームはいつでも中断できます。むしろそう考えるよりは「こちらをずっと待っていてくれる」といった方が正しい気もします。ゲームプレイを引き伸ばし続けているんです。ゲームが僕らのことを待っているからご飯も楽しく、僕らも中断した時のままゲームを再開できると知っているからこそ、ご飯に赴くことが出来る。その際にも、『ガーネットの名前どうしよう…』とか、ゲームプレイを引き伸ばしたままご飯を食べれる。さきほどの記憶の増幅関係の話はそこが根底にあると思います。ゲーム外の時間もゲームプレイをしていると言えます。

山本 指の動きだけになってはいるけれど、内面は増幅されているわけだね。だから一緒にゲームをやっていて、例えば、山形くんがアイテムを全部とっていくのを見たら、『こいつアイテムばっかとりやがって、がめついな』と思う人もいるし、『わかる〜』ってなる人もいる。

山形 他の人や友人が同じRPGゲームをやっていても、『これはクラウドだけれど、”僕の”クラウドじゃない』ってなると思うのです。それは友人が自分よりも先の物語を進めているのを観ると前景化して理解できるはずです。変な体験として立ち上がる。

山本 すごい不思議な感じがするよね。

山形 同じだが、違う。その経験もおそらくゲーム特有のもので、映画やアニメとかではそうはならない。ゲームを語る上で問題になるのが、例え話とか他に代入して語ることがとても難しいという問題があるんです。経験に根ざしすぎているのと、今まで話したようにプレイヤーによって経験の値も大きく変わってくるからなんでしょうね。

■ゲームと幸福


齋藤 私、どうやったら人は幸福と思えるのかっていう研究をしていた。

山形 突然どうしたの・・・・・・・・

齋藤 あはは、小さいときって毎日が楽しいじゃない。小学生のときとか。でも大人になるにつれてどんどん楽しくなくなってくる。なぜだろうと思って、子供のテンションが高いように、大人もあのぐらいのテンションで毎日生きていくことはできないんだろうか?どうやったらそういう状態になれるのか、ゲームにその鍵はないのか。

山形 幸せという概念がまず困難だけど、僕は全然、ありそうだなって思う。子供の頃という部分に重きを置いて話すなら、例えば友人とゲームとかしてしまうと、完全に幼少期の心を取り戻してしまうところあります。すごい大きな声出しちゃう。僕らの世代とかだと、スマブラとかあまりに顕著だよね。

齋藤 ゲームをやっている時は幸せ?

山形 幸せだけれど、子供の頃と比べると、やはりそこまでの多幸感はない。

山本 そうだね。

山形 今は邪念や悩みが脳裏に入ってきてしまう。『時間がなくなる』とか『こんなことしてていいのか』とか・・・。現実での問題をすごく気にしてしまう。それが、子供の頃にはなかった、ゲームをしている時の大きな違いですし、悩みです。それでも、ゲームを行っていて没入している一時は他には無い、かけがえのない時間ですよね。今でもそれは変わらない。

齋藤 私も、iPadでFFⅥやっていた時はすごい幸せだった。携帯ゲームだと、日常とシームレスにゲームの世界に入れるのがすごくいい。混んだ電車に乗っていても、つらい打ち合わせがあっても、「あの苦しみのない世界にすぐ入れるんだ」って思うことが救いを与えてくれる。

山本 ゲームをやっていて幸せに思うのは確か。なんでだろう

齋藤 「幸せな未来は『ゲーム』が創る」って本がありまして、それによるとビデオゲームは人間が有史以来作ってきた中で、脳内の成功報酬の効率が良いんだって。課題と解決のようなことで人間の脳内麻薬(エンドルフィン)が出るけれど、ブロック崩しなんて、画面の上の点をひとつ崩すだけでそのエンドルフィンが出るんだから。

山形 RPGもそう考えると、敵を倒したらお金を貰えてそれで更に新しい武器が買えて次の街に行けたりとか、明快すぎるほどはっきりしているね。

山本 ゲームの話って、本当に広がるよね。ただし「ビデオゲーム」にこだわりたい気持ちがある。スポーツとかもゲームだから、というようなことではなくて。

齋藤 テニスをするには、テニスコートを予約して、そこまで行って、着替えて…という過程が必要になってくるけど、ゲームは自分の手の中とか自宅で出来ることが可能性を広げてくれる。人間って眼で見ることが好きで、目から入る情報の幸福度ってすごく高いんだと思う。

山本 そのはず。

山形 その理論をゲームで進めていくとスクウェアの問題になるよね。

山本 そうか、一番誠実にそれをやってきた。

山形 そう。つまりどんどん映像技術に傾倒していくわけですよね。坂口が『64じゃ望んでいるグラフィックが出せない』といってPSに移行したように、彼の考えはもっと美しい映像と音楽に尽きる。そこで彼は、その2つを突き詰めていったら最終的に必ず映画と対峙することになると理解していたんです。『だからFFが先に進むためにはまず映画を作らなければいけない』と言っていたんです。それで見事に映画は駄目だったわけだけれど、考えとしては大変実直で理解できるものです。

けれど彼はプレイヤーの経験、つまりはゲーム外時間を外して考えてしまっていたんです。彼の考えにおいては映像・音楽・物語の三つが重要な要素としてあって、それがスクウェアのゲームの根幹でもあった。けれど僕らには、今まで話してきたようにそれ以外にもあったわけですよね。友達とのゲームだとか、『ご飯できたよ』とか、「はい、いいえ」の選択や、アイテムをとるとか…、彼はゲーム内外行為を除外して考えてしまっていた。むしろそれら要素があってはじめてゲームというものは映画を凌駕しうるメディアと物語を構築できるはず。だからそういった意味で考えると映画制作は惜しかった。でも、当時であの映像を日本のゲーム会社がやったということにおいては本当に偉業と思う。だってゲーム会社が映画を作ったんだもん。それに関しては素晴らしいことだよね。


ゲームと自由


山本 久々にファミコンのウルティマのことを思い出したよ。やっていることはスカイリムの時代になっても変わらないのかもしれない。魔法を使う為に薬草屋さんで買いものをするんだけど、店員さんは眼が見えない。全世界どの町の薬草屋さんもみんな。たぶん世界観として、眼の見えない人が、この職業に就くということなんだと思うんだけれど。ほしい薬草を選んで、会計しようとすると、お店の人にね、たとえば『55Gです』って言われる。今度はピュィっと入力画面がひらく。いくら払うか選ぶことができる。55G払うべき。そうすれば徳が積まれる。勇気、優しさ、誠実さなどの徳を兼ね備えた人物になるってことが、ウルティマの目的だから。なんだけれど、55G払っても、単に『ありがとうございました』って言われるだけ。50G払っても同じ。行動を求められている。主人公がぼくの代わりに喋ったりしなくてもよい。キャラクターの性格はない。むしろ自分の行動がそいつの性格になるわけだから。

山形 それがまさに海外のゲームデザインの姿勢だよね。

山本 ちなみにあんまり安すぎる金額を払おうとすると、ショックなセリフが聞ける。『おかねのおとをきかせて!』。

齋藤山形 へ~〜〜!

山本 サブクエストがたくさんある。ファミコンのころからサブクエストばかりやっている人生だった…

山形 そういう自由を歌うシステムは日本では《ロマンシング サ・ガ》とかになるんだろうね。スクウェアはそのあたりをきちんと理解してた。坂口はマッキントッシュで《ウィザードリイ》にハマったことがきっかけでゲーム制作の世界にきたから、もともと海外のそういったRPGに影響は受けていたんだよね。FFやRPGが初期の段階から言われていた批判として、『ただボタンをぽちぽち押してセリフを読むだけで、ゲームをやっている気がしない』っていうのがあった。だからファイナルファンタジー外伝として聖剣が生まれた。

齋藤 ロマサガは逆にそうやって自由で分岐どんどんしていくから、物語そのものは薄まったと思った。

山本 だから実を言うとFFが一番過激なんだよね。FFやってサガとかやるとサガすごい!ってなるのだけれど、それは日本で育ってそういうゲームをやったから思うことである。

山形 うん、FFはやはり過激に作られている。物語も一本道で、主人公も過剰なまでに設定されて、むしろプレイヤーの入る余地のほうが用意されていない。制作の方法が基本的に足し算で行われ続けている。同時に戦闘システムも過激で、9999というカンストを叩き出せる。このRPG特有のダメージカンストも、FFの過激さが助長している。FF8や10になると、ダメージ限界突破なんていうシステムまであるし、超究武神覇斬とかエンドオブハートとか後半の必殺技になると、9999が10回以上出たりするし、今となっては意識されてその過剰さを扱っている。

山本 キャラクターを作り上げて、信じる力が日本人には強い。ゼルダの伝説をやっていても、リンクがどんな性格かとかどんなやつかとかどうでもいいもんね。リンクの人生とかほんとどうでもいい。

ゲームの終わり


山形 ドラクエでゲームオーバーをしたら「あなたはしにました」っていうメッセージがでるよね。これは操作キャラクターを貫いてプレイヤーである僕らに「死にました」と言っているのだけれど、自己の生死に関しては普通僕らは語れないんだよね。『いま悠くんは死んだ』とは言えるけど、『いま僕は死んだ』とは絶対に言えない。死は常に自分以外のところにある。同時に僕らは生き始めたことも理解できないし、死ぬことも理解できないままこの世を去る。でもゲームにおいてはそれが出来る。名付けをして生を与えて、ゲームオーバーによって死んで、更にそれを自分によって看取ることができてしまう。だからこそ、僕がゲームにおいて一番打ち震える瞬間というのは他でもないEND画面です。ゲームクリアをすると、スタッフロールの後にENDと大きく表示され、その後は一切としてコントローラーの操作を受け付けなくなるものがあります。

山本 あれやばいよねえ・・・

山形 はじめてその画面経験をしたとき、10分以上はその画面の前で待ってしまうと思うんです。消すことは出来ない。

山本 つけておいて、見ておきたいというわけじゃあないんだよね。

山形 単純に、そこには困惑が大きく支配していると思うんです。僕はあの画面と出会う度、毎回『あっ・・・』となってしまう。終わったら自分の手でハードウェアリセットを押す以外に無くなってしまう。

山本 そこで急にメタ的なことをしなきゃいけないんだね。

山形 方法は他にもあったはず。例えばタイトル画面に自動で戻るとか。それは今日のゲームでは大半が実装していて、更には二週目とか隠し要素を出現させて再度開始だとか、いろいろあるけれど、当初のゲーム…ことRPGにおいて出された決断は操作の凍結と永続的画面だった。消して再開すると、またラストダンジョンのラスボス手前のセーブポイントなわけで帰れなかったりする。もう終わりの道しか残されていない。

そういった流れで考えれば、やはりFFⅧはよく出来ているなと思います。FFⅧはシステムと内容がリンクしている部分があり、今まで無視されてきたキャラクターのレベルが上がり強くなることや、なぜ強大な敵と戦いが可能なのか、などが物語とシステム2つによって内包されています。FFⅧはキャラクターたちの心そのものは成長するのですが、戦闘などにおける「強さ」といった成長は無い物語なんです。ずっと彼らは人間としてのスケールで居続ける物語なんです。それがどれほど救いなのかを理解できるゲームと僕は考えています。

FFⅧはCMや表層のイメージとして恋愛物語が前景化したFFとして扱われることが多いのですが、それは単にキャッチーな部分というだけで、根底としてはどうでも良い部分です。映画において「これ以上はカメラ(鑑賞者)が登場人物を追う必要はもう無い」というところで物語の幕が降ろされるわけですが、FFⅧもそういった終わりを迎えます。登場人物たちがカメラである僕らから自立し、離れていきます。



山本 山形くんがⅧを絶賛している。

山形 あはは、僕はFFⅧ素晴らしいと思うから。時間なかったらYoutubeでストーリーを追うだけの動画もあるから見たらいいけど、それだと僕らが話したファイナルファンタジー(映画)の問題に収斂してしまうから、ゲーム観賞はやっぱり自分でプレイする他ないんだと思う。

齋藤 そうやって自分の手で進めていく主体性がビデオゲームならではの没入感につながっていくんだろうね。

山形 けれど実際、僕らは社会人で日常的に労働をしているわけで…やはり『時間は限られている』と考えてしまうわけです。僕らがこうやって90年代から2000年代くらいにかけてのテレビゲームを語ってきたわけだけれど、奇しくも今の日本においてプレイ人口が多いのってソーシャルゲームやスマホゲームと呼ばれるゲームですよね。それらは余暇としてのゲームデザインが顕著に行われていて、日常のちょっとした時間に刺してくるゲームデザインです。今までのテレビゲームのように、多くのプレイ時間を要求せず、電車や通勤の合間のちょっとした時間にプレイするのにぴったりなゲームです。それに準じてテクニカルな操作も外されていき、シンプルな操作と構造を持つゲームデザインが跋扈し始めた。
そういった流れに従い、スマホゲームは同時に「サービスとしてのゲーム」に変わりました。ゲーム内で行われる期間限定イベントを筆頭に、ゲームはあくまでサービスを提供するものとなり、ゲームそのものの物語の終わりは制作されないことになります。物語は永遠に続きます。今ではスマホゲームのRPGで『戦闘シーンは放置するだけでレベルアップ。放置の間に物語を読める。』といったものまで流行り始めています。それらが収斂していく先は、やはり「ごはんできたわよ」無きゲーム体験です。ゲームとプレイヤーの物語は無くなってゆきます。

齋藤 さっき山形くんが言っていた太田光と糸井重里の対談で言われていたことが起こっている。他の人と共有できていたゲームが、スマホゲームでは個人のものに戻ってしまう。


山形 一概にスマホゲーム批判になってはいけないなといつも考えるのですが、こう話してみると僕も古い人間なのだなと痛感します。とことん作品主義の人間なんだなと…。ゲームというメディアは、敢えて時間をかけて観賞するように出来ており、同時にそれは作品でもある為、きちんと物語の終わりを迎えるべきだと思っている…。けれど、ゲームのクリア後って本当に心に穴がぽっかり空いた気持ちになって、すごく寂しく、辛くなる。クリアをしたその日は何も手がつかなくなって、ずっとクリアしたゲームの画像検索をし続けたりする。つまり、本当はゲームには終わって欲しくないって思っているんです。ずっとクロノたちと冒険がしたい。まだまだ先があるんじゃないか、敵がいるんじゃないかと願っている。

けど、それはやっぱり駄目なんですね。終わりなければ感動もなくて、そのゲームのサウンドトラックを聴いても魂は震えないわけです。心に爪痕は残せない。終わりなき事は忘却に収斂するしかないんです。だから、きちんと一つの作品として、一つの物語としてゲームを操作して、僕らは終わらせるしか無いんですね。

<次回に続く>