メディアアートとは、メディアを作品の一部として意識的に選定し、メディアの機能も含めて行う先鋭的な表現。その特性ゆえにTV、Web、紙媒体など多くのメディアを使い分けて目新しさを競うニューメディア時代の広告と高い親和性を持っている。

2011年初頭、口にLEDを入れて発光させる女性が登場するラフォーレ原宿のグランバザールCM「Geee face」がお茶の間を賑わせた。メディアアーティスト真鍋大度氏のプロジェクト「Party in my mouth」をモチーフにしたCMだ。ギークなルックスの実験が、スタイリッシュな広告にドレスアップしたこのキャンペーンは話題を呼び、海外メディアにも飛び火するなど大きな反響を呼んだ。CBCNETの読者にも、ご存知の方も多いだろう。

これからのアートと広告の関係性を探るべく、「Geee face」プロジェクトのクリエイティブディレクター/アートディレクターである植村啓一氏(Saatchi & Saatchi Fallon Tokyo)に話を聞いた。



アートが広告になる瞬間


植村啓一
プロフィール:東京生まれ。東洋美術学校造形デザイン科(現:視覚伝達デザイン科)卒業。現在、Saatchi & Saatchi Fallon Tokyo(SSF Tokyo)勤務。カンヌ国際広告賞、日経広告賞、日経産業広告賞、ニューヨークフェスティバル、ロンドンインターナショナルアワードなど他受賞多数。
Work / http://keiichi-uemura.typepad.jp/


植村氏はこれまでにリーボックやMSNなどのオンラインプロジェクトを数多く手がけており、2010年にはyoutubeで200万回再生されたリーボックのプロジェクト「ラヂオ体操第4」などを仕掛けて来た人物だ。

植村(以後、U):以前から真鍋さんの作品はチェックしていました。いつか広告で使いたいとは思っていたんですが、なかなかマッチさせることが出来なくて。今回、ラフォーレグランバザールが持つ”エネルギッシュで楽しい、パワーがある”というイメージに、あの作品(Party in my mouth)のアイデアがストーンと落っこちたんです。クライアントが求めるWebでの展開や新しい広告の見せ方、というテーマにもぴったりだったので、真鍋さんにオファーしました。最初は断られるだろうと思いました(笑)。真鍋さんはこれまでNIKEのプロジェクト(NIKE MUSIC SHOEなど)に参加されていますが、CMのために作品を制作するのではなく、自分のアート作品を広告的に展開するには制約があるんじゃないかと思っていたので。

作品の使用を真鍋氏にオファーした際、植村氏は「なにも変えない」ことを約束した。あくまでもParty in my mouthが持つユニークさを損ねないようにすることが第一だったという。

U:今回のプロジェクトにおいて、クリエイティブディレクターである僕の役割は、先鋭的なアート作品と消費者を繋げるというところでした。これまでのアートと広告の歴史では、もともとの作品や作家の思いからずれてしまって、別な形に表現されてしまうケースが多々あったと思います。それが原因なのか、アーティストさんには広告を嫌いな方が多い印象があり、仮にお願いできたとしても、表現のずれを修正しながら作って行くのが大変なんです。今回特に意識したのは、”アーティスト”にお願いしているんだということ。広告クリエイター同士との仕事とはスタンスが違うんです。僕も真鍋さんと同じクリエイターだと思っているので、制作中に意見したくなるんですが、そこはぐっと言葉を飲み込んで(笑)。全面的に真鍋さんを信頼して、自分はディレクションすることに専念しました。今回については、それがアートに対する広告の役目なのではないかと思います。自分の言いたいことを押さえてでも、アーティストの表現を尊重するということですね。

そして「Geee face」のプロジェクトはグランバザール・キャンペーンの広告コンペティションを勝ち抜く。外国人女性モデルを起用したメインビジュアルを使ったCM、ポスターに加え、ユーザーが写真を投稿できるWebサイト(現在はクローズ)とyoutubeで公開するバイラルビデオ「Geee / Harajuku Love Story」を制作し、2010年12月から展開した。




植村氏は一番苦労したのはグラフィックだったと語る。

U:LEDの光はスローシャッターで撮影するんですが、そうするとモデルがブレてしまうんです!さらに、撮影したLEDの色をプリントで再現するのにも苦労しました。色によって出やすい出にくいがあって、オレンジが一番大変で、青は比較的わかりやすい。この苦労は真鍋さんもわかってないと思います(笑)



LAFORET GRAND BAZAR Geee Face!

「Geee face」WEBサイト。ユーザーが顔写真を投稿すると、口の中をLEDで光らせたように加工された画像をダウンロードできる仕組み。投稿した画像はCMの映像の1カットに入れられ、ユーザーが参加できる仕組み。



バイラルビデオの仕掛け方

Geee / Harajuku Love Story



「Geee / Harajuku Love Story」
出演者は、検索されやすい人選を第一に考え、女性は元AKBの渡辺志穂、男性役は「炎神戦隊ゴーオンジャー」ゴーオンレッドの古原靖久を起用。


バイラルビデオ「Geee / Harajuku Love Story」は、CMとは全く異なるアプローチを取り、より強くLED作品を印象づける映像にしている。広告的な要素を排除し、”誰かが作った面白動画”に徹した。

U:このバイラルの仕掛けは、一見誰かが無断でアップしたような普通のドラマの映像と思いきや、登場人物の後ろに見えているイルミネーションの光が、実は口にLEDを仕込んだギャラリーだった、ということ。このバイラルビデオのために、真鍋さんとアンカーズラボの柳澤知明さんには、50m先まで無線で制御可能、色が変わったり音に反応するLED装置を制作してもらいました。撮影は東京の公園で35人のエキストラを使用して行ったのですが、エキストラのLEDの動きや明るさ、カメラに向かってくるテストは大変でしたね。視聴者に見て欲しいのは、夜景の中でカメラに向かって何かが近づいてくる気配を感じた瞬間、それが”人だったんだ!”ってドーンとわかるという驚き。もちろん撮影前のロケハンの段階で、どのぐらい離れてどのぐらい光るかはテストしていたんですが、大変でしたね。



リーボック「ラヂオ体操第4」


リーボック「ラヂオ体操第4」
2010年4月1日エイプリルフールに、東京、大阪で「70年ぶりの続編」という触れ込みの号外新聞を配布し、YouTubeにて難易度高めの”ラヂオ体操第4”を配信した。この動画は200万回再生を達成し、クライアントのWebページアクセスは通常の3倍になったという。


架空のラジオ体操「ラヂオ体操第4」(リーボック社)で大ヒットを生んだ植村氏は、バイラルビデオとTVCMでは、求められるものが違うと語る。

U:”ラジオ体操第四”では、クライアント名も入れず、CMとは思えない映像作品に徹しました。日付の設定などを、出来るだけ本物に近い形にして消費者を裏切り、クライアントが伝えたいことを自然に刷り込む仕掛けですね。一方的なインフォメーションではなく、見る人を引き込む何かが広告にあるか?ということを常に気にするようにしています。真鍋さんとも話したことですが、バイラルビデオには嘘だったり単純にイイ話だったり、広告が伝えきれない”何か”を盛り込んで、最後にオチを付けるということを計算しています。バイラルはCMなどよりも視聴者の反響がダイレクトに伝わるので楽しさが違いますね。広告は人に見せてアクションを起こしてもらうことですから、消費者にアクションを起こしてもらうタイミングを計るためには、その時代の流れや風潮を把握するのが大事だと思っています。





ちなみにこちらが真鍋氏ディレクションによるバイラルムービー「party in the mouth 20100811 (daito + motoi + tomoaki)」。エキストラ・スタッフにLEDを仕込んで住宅街を歩く異様な姿が反響を呼び、「日本の若い女性の間では口にLEDを入れるのが流行っている」という報道のきっかけになった。この報道により、真鍋氏と石橋素氏のもとには海外の業者から「LEDを弊社で売り出したい」というオファーが山のように届いているという。




広告クリエイターの”職業病”にはまるべからず

植村氏は今後、広告以外のプロジェクトも手がけて行きたいと語る。アートに興味を持つ広告クリエイターは多いが、広告業界ならではの”職業病”に苛まされてしまうという・・・?!

U:やってるものは広告だけど、自分も本来はアートの領域にいたい人間なんですよ。そもそも広告の人間がアートをやるのは正反対のことなので難しいんです。アートは色々な絡みや制約を捨てるもので、なにものにも捕われてはいけない。自分がどうしてもやりたい、これが絶対面白い、流行るという信念がなくては、アートはできません。それに対して広告クリエイターはクライアントがあって初めて成り立つものなので、普段制約の中で生きているんです。つい人に”これ大丈夫かな?”って意見を求めてしまったり、「コピーがないとできません」なんて言うのは職業病です(笑)。どこまでリミットを外してものを作れるかということが求められると思います。

メディアアートにとって、広告に採用されることは、アートファン以外の認知獲得や、マネタイズというビジネス面に繋げるというメリットを持つ。Graffiti Research Labが「Laser tag」の商業利用を拒否しているのを始め、アートと広告は微妙な関係を保っているように見られるが、今後ますます広告とメディアアートの距離が狭まるのは間違いない。双方にとって良い進化となることを願いたい。

Geee / Making



text by Akiko Saito

スタッフクレジット

森ビル流通システム/Laforet Grand Bazar “Geee” campaign 2011 Winter」

【TOTAL】
Ag+Pr:Saatchi & Saatchi Fallon Tokyo+アマナインタラクティブ
CD/AD:植村啓一
D:佐々木智也
Artist:真鍋大度(4nchor5 La6)、石橋素(4nchor5 La6)、柳澤知明(4nchor5 La6)
Pr:桑原真一、塚本泰徳/PM:桑原陽、橋口春香

【GRAPHIC】
P:ニッキー・ケラー/HM:Ryuji/画像処理:櫻井嘉明

【TVCM】
Dir&Ca:ニッキー・ケラー/Dir&Pl:植村啓一/L:斎藤勝範/VE:五十嵐智史/SFX:松井勇次/HM:Ryuji
Cas:瓜生敬一郎/MP:梅本俊樹/Na:DJAIKO62/Edit:高橋英介/Mix:丸山誠/ED&MA:サウンド・シティ

【VIRAL-MOVIE】
Dir:篠田利隆/Dir&Pl:植村啓一/Ca:丸山和久、川崎彩乃/L:斎藤茂/VE:横山貴生/T:渡辺志穂、古原靖久
ST:菊池陽一郎/HM:本田千香子Cas:瓜生敬一郎/Edit:坪田雄介、佐久眞誠/Mix:丸山誠/ED&MA:サウンド・シティ

【WEB】
Dir:中村親也/TD&FL:生駒政興/d:望月理代/Sys:バイタリフィ