企業のWebサイトからオリジナルのグラフィック、インタラクティブなメディアアートまで、デザインとメディアテクノロジーの最新形をクロスオーバーさせるクリエイター集団「Semitransparent Design(セミトランスペアレント・デザイン、以下セミトラ)」。彼らによる東京での初の個展「セミトラ展」が銀座・クリエイションギャラリーG8にて開催された。G8といえば、ファインアートの画廊が密集する銀座にあり、日本の広告業界で活躍するグラフィックデザイナーやアートディレクターを紹介してきたギャラリー。Web表現にルーツを置くアーティストが個展を行うのは初めての試みということで、アートやグラフィック・デザイン界からも注目が集まるエキシビションとなった。

本展は、2009年9月から2010年1月にかけて山口情報芸術センター(YCAM)で行われた個展「セミトラインスタレーション展 tFont/fTime」のインスタレーションと新作で構成されている。作品の中心になるのは、本来二次元であるフォントに時間軸の概念を加え、時間の経過で形を変えるフォント「tFont」。セミトラによる「ウェブから生まれるデザイン」とは?
まずは展示作品をご紹介したい。


「Movable Type」ムーバブル・タイプとは活字のこと。音楽のように再生するフォントである。データが刻まれたレコードがターンテーブルに乗っており、鑑賞者がレコードを再生すると、ターンテーブルの前面に配置されたスクリーンにアルファベットの映像が映し出される。レコードに落とす針の位置に応じて異なるアルファベットが表示される。レコードをスクラッチすることでアルファベットの形が歪むほか、鑑賞者が再生やスクラッチを繰り返すことで次第に劣化していく仕掛けになっている。


「Typesetting」 ムーバブルタイプ(活版)で作られた文字が活版文字の文字組のようにモニタに表示される。この2つは活字を箱に入れて作っていた昔の活版印刷にデジタルでオマージュを捧げている。


「No Flash Photography Allowed.」 点滅する光が上から下にスクロールし、長時間露光の撮影でフォントがその姿を現す映像インスタレーション。


「California Job Case」 Movable Typeで生成されたアルファベットの書体見本。アルファベットの劣化進行を確認することができる。



なぜセミトラは時間軸にこだわるのだろうか?

「セミトラを結成した2003年前後には、いわゆるデザインブームがありました。当時よく言われていたのが、”良いデザインとは、デザインされていることすらわからない透明なもの”ということ。セミ・トランスペアレント(半分透明)と名乗ったのは、自分たちがまだ未熟だということと、透明なデザインが本当に良いのか?という問いかけをあわせたものです。これまでのウェブデザインは、グラフィック・デザインを模倣する手法がとられていますが、ウェブとグラフィックには決定的な違いがあります。それは解像度の違いと、ウェブはモニターで見るために反射光ではなく透過光を見るということ。そこで我々はウェブでのデザインを表現するために時間軸を付け加えたんです」(田中良治氏/セミトラ)

tFontはウェブの文脈である”他者による加工/変形される”ことを前提に設計されている。これらはセミトラが従来のグラフィック・デザインの世界とは全く違ったベクトルのデザインを確立することを目指す試みなのである。


「Contrast」 YCAMの展示で3ヶ月間使用されたレコードの傷を可視化した。

Web上に存在するもう一つの展覧会

セミトラ展では”会場とウェブをつなぐ”試みが行われた。特設Webサイトにて会場内の様子をライブ配信したほか、エキシビションのキーワード「T(time)」と「F(font)」をかたちどったLED照明の巨大サインと、ギャラリー外にあるウィンドウ看板の色を操作することができる仕掛けを行った。場所の制約から解き放たれ拡張された、もう一つのセミトラ展である。



「T/F Color」ギャラリー内に展示されているオブジェのLEDライトの色を遠隔で操作することができる。セミトラが手がけたSONY BRAVIAのキャンペーンサイト「Live Color Wall Project」のように、ウェブと現実空間をつなぐ。


「Guest Book」展覧会などでお馴染みの芳名帳をデジタル化した作品。画面に打ち込んだ言葉はオリジナルフォントに変換され、特設Webサイトや会場内のモニタに映し出される。特設ウェブサイトからこのフォントをマグカップに印刷して購入することができる。


「CRT」 「Guest Book」で入力された鑑賞者の名前などが表示される。モニタ上部に鋳型でつくられた「semitra」のロゴが。


キャプションを表示するデバイスはノリタケ社製。実は自動販売機で見られる液晶画面のデバイスと同じ。デザインはセミトラ菅井氏によるもの。

Webからうまれるデザインとは


エキシビジョンのポスターは、サブタイトルとなっている「ウェブからうまれるデザイン」そのものである。カラフルなグラデーションの四角形が無数に重なり合っているグラフィックは、セミトラが2006年に制作した「Adam et Rope」のWebサイトが元になっている。ウェブサイトには四角の簡単なグラフィックを描いていく仕掛けがあり、半年間に訪れたのべ15万人によるグラフィックを繋ぎ合わせてこのメインビジュアルを創り上げた。無数のドットが重なり合うこのグラフィックをデザイナーが一から描くことはほぼ不可能。まさに Webから生まれたデザインである。

これには「Webサイトを訪れたユーザーで生成したグラフィックを紙に置き換えることで、インターネットのポテンシャルを引き出す」という目的があったという。ここまで細かい印刷になると色彩が混じり合ってしまったりするのだが、プリント・ディレクションを特殊印刷のスペシャリスト、北川一成氏率いる GRAPHが行い、精密なドットを美しい色調で印刷することに成功した。このようなクオリティのプリントが実現することは稀だという。ポスターは会場にて展示/販売もされた。

グラフィックとWebをつなぐトークセッション


2010年11月15日、”グラフィックとウェブをつなぐ”試みの一つとして、セミトラとアートディレクターの葛西薫、服部一成によるトークショー「第223回クリエイティブサロン」が展示会場にて行われた。

葛西薫は広告会社「サン・アド」にてサントリーウーロン茶やユナイテッドアローズなどのクリエイティブを手がける大ベテランのアートディレクター。服部一成もキユーピーハーフの広告グラフィックや雑誌「流行通信」のアートディレクションなどを手がけ、独特のクリエイティブでアート・デザイン界から高い支持を誇るクリエイターだ。当日の客層はグラフィック・デザインのフィールドに興味がある人が多く、グラフィック・デザインとウェブ表現の差異を探る有意義なトークになった。

「デザインとは機能が優先されるものです。ボタンを押したらそれに反応することが宿命づけられており、使われるものということがベースにあります。ある意味、機能をデザインするということです。ですが僕は、インタラクションとは、押したらすぐ反応するもの以外にも色々あるのではないだろうかと考えます。僕らの作品は、タイポグラフィと時間軸をモチーフにしています。たとえば、書体が現れるまでに1秒間かかるタイポグラフィですが、作品の時間は1秒間だけではなく、その後に広がる効果も見据えて設計したい。見た時に意味がわからなくても、インターネットなどの情報網を経由して徐々にわかっていくような、広がりのあるものです。その広がりをデザインできるのはウェブだけだと思っていたんですけど、実は服部さんの作品にも近いものを感じました。後の広がりを考えながらウェブをデザインする人はあまりいないですね。インターネットのプログラム的な時間軸の設計はありますが、時間をかけて伝えて行くことができるのか?ということがまずありました」(田中)

ANDO GALLERY Webサイト


セミトラと葛西氏の出会いは、葛西氏がアートディレクションを手がけるギャラリー「ANDO GALLERY」のwebサイト制作をセミトラが手がけたこと。もともと葛西氏はウェブデザインに抵抗があったため、ウェブサイトの制作は秘密裏に進められ、完成してからウェブサイトを見せられたという。葛西氏はセミトラのデザインとの出会いを衝撃だったと語る。

「ANDO GALLERYのロゴデザインは、ギャラリーなのであまり固定的にしないかたちということで、あまり遊びを入れず静かに制作したものです。これはちょっと僕しか展開できないかもしれない、というくらい神経質に作っていました。そしたら、ギャラリーの方に実はウェブサイトを作ってしまいました、と言われたんです。正直それまでウェブは嫌いでした。サービス過剰なところが耐えられないし、せっかく開いても、好きな情報を探すのが大変なのがほとんど。いいなと思った経験がそのころ無くって、こんなもの必要なのかな?と思うほど嫌いだった。でもANDO GALLARYのサイトを見たらそれが素晴らしくって。自慢話みたいになるけど(笑)、これって僕が作ったんじゃないのかな?というくらい、他人が作ったという感じがしなかった。僕がウェブを作ったらこういうふうにしたいけどできないかもしれないな、というくらい良くって、嬉しくなっちゃったんです」(葛西)

「葛西さんは厳しいですよね。葛西さんは優しい人に見えるけど許せないものだらけ。恐ろしい人だと思います(笑)。Webはスペースという感覚が曖昧だという印象がありますが、ANDO GALLERYのサイトは白地の間の感じなんか、いいなあと思いますね」(服部)

会場は盛況


「僕は子供の頃には機械系や理工系が好きで、大人になったらその道に進むと思っていました。セミトラ展を見て、会場全体の空気が、自分の未来が持って行かれた気がしてくやしくなっちゃって(笑)。作品の裏の配線コードもきっちり計算しているのかわからないけど、いいなあと。服部さんの個展(服部一成の仕事展「服部一成二千十年十一月」)に行ったときも、これは自分にはできないなと思って、面白くなくなっちゃった(笑)。みなさんに共通しているのは、個人の世界だけどみんなで楽しめるということ。その空気の作り方が、まるで自分が幼稚園児になったみたいだと思いました。1点1点の作品というより、会場の総体の空気がうらやましくなりましたね」(葛西)

「インタラクティブな作品に対して思うのは、セミトラはどこを決定しているのだろう?ということです。普通のデザインのように、”俺の決めたバランス見てよ!”っていうところじゃないところに面白さを見いだしている。僕は自意識が強いから無理です(笑)。また、ウェブ表現は見る人の時間を限定するのがグラフィックと違うところですね。そもそも自分の時間でできないことは嫌がられますよね。グラフィックでは見たくないページはめくればいいけど、ウェブは時間の拘束から逃れることができない分、機能性が求められると思います。グラフィックのアプローチで行っている”こんな変なものでも楽しんでください”という試みが通じにくいような気がしますね」(服部)

「もともとグラフィックの展示となるとギャラリーにしか貼られないもので、見る人が限定されていました。でも我々の今回の展示ならみんなに見てもらえる。誰に向けて作っているかはわからないんです。またウェブの世界では、オリジナリティを気にして作ったものでも簡単に慣らされてしまいます。ほんとうにオリジナリティを出したいのであれば、真似する気も起きないものでなければならないのではないか?コピーされるものにはどこか既視感を刺激するところが含まれているように思っていて、今回の展示も消費の波に取り込まれないよう意識的にやっています。なので、どこか静か過ぎる印象になっていると思うのですが、それはグラフィック、ネットワーク、インタラクションなどの構成要素の一つが極端に飛び出さないよう低刺激を心がけたからだと思います。「形」という点においてオリジナリティが何をもってオリジナリティかというのが曖昧だと思いますが、時間軸の導入や体験者の介入、また生成までのプロセスの可視化など形ができるまでが我々のデザインの範囲だと思っています。」(田中)

「セミトラ展」の展示は終了しているが、特設Webサイトからマグカップは購入することもできるので、ぜひチェックしてみよう。

今後もセミトラがどういったアプローチで、『ウェブ』や『ネットワーク』を捉え、デザインをしていくのか注目していきたい。

Text by Akiko Saito & CBCNET

参考リンク:
文字、時間、そしてインターネット【セミトラ展〜ウェブから生まれるデザイン〜】が10月22日よりギャラリーG8にて開催
山口情報芸術センター[YCAM] Semitra Exhibition 「tFont/fTime」 : Report

Information


セミトラ展 ウェブから生まれるデザイン
http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/g8_exh_201010/g8_exh_201010.html
http://visitors.semitraexhibition.com/

会期:2010年10月22日(金)~ 11月18日(木)
開催時間 :11:00a.m.~7:00p.m. 
      日・祝日休館 入場無料
会場:クリエイションギャラリーG8

トークショー「第223回クリエイティブサロン」
日時:11月15日(月)7:10p.m.~8:40p.m.
会場:クリエイションギャラリーG8
出演:葛西薫、服部一成、Semitransparent Design


主催:クリエイションギャラリーG8
協力:山口情報芸術センター[YCAM]
協賛:カラーキネティクス・ジャパン株式会社


Semitransparent Design(セミトランスペアレント・デザイン)
http://www.semitransparentdesign.com/
2003 年活動開始。デザイナー(田中良治、佐藤寛、柏木恵美子)/デバイスデベロッパー(菅井俊之)/プログラマー(柴田祐介、萩原俊矢)からなるデザインチーム。ネットワークとリアルスペースを連動する独自のデザイン手法を確立し多くのウェブ広告を制作する。New York ADC、D&AD、東京インタラクティブ・アワード、カンヌ国際広告祭、クリオ賞、One Show、ロンドン国際広告賞など国内外の広告賞を多数受賞。08年にNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)にてインスタレーション展示、09年には山口情報芸術センター[YCAM]にて初の個展などその活動領域を広げている。