国際的に活躍するデジタルアーティストを支援することを標榜しているA4A。A4Aが主催するワークショップ第一弾「Max/MSP」が2011年8月27日、28日の二日間にわたり行われた。

講師は世界的にも唯一無二な表現を行っている映像作家の筒井真佐人氏とサウンドアーティストのevala氏の2人。言うまでもなく彼らの作品制作の重要な環境となっているソフトがMax/MSPである。Max/MSPというソフトは映像や音響を生成、処理するための一種のプログラミング環境でありながら、オブジェクトと呼ばれるブロックを視覚的に接続していくことでプログラムを完成させることが可能であり、プログラミングの経験を有さないアーティスト、クリエイターが最も手軽にプログラムを制作できる環境の一つである。

ワークショップは1日ずつ映像を筒井氏が、音をevala氏が分担するかたちで行われた。20名程の参加者は学生からクリエイティブ職の社会人、そして大学教員まで様々なバックボーンであったがこれもMax/MSPという言語が持つ可能性の現れであろう。


【一日目:筒井氏によるOPENGLによる映像表現】

ワークショップ初日は筒井氏によるOpenGLを用いた映像のためのプログラミングが題材となった。OpenGLは3次元のコンピュータグラフィックスのためのオープンな仕様であるフリーのライブラリである。当然ソフトウェアとしては後発であるMax/MSPを介さずにプログラムを作ることもできるが、これをMax/MSPのようなヴィジュアルプログラミング環境で構築していけるメリットはプログラミングを専門としていないアーティストには大きい。筒井氏はMax/MSP内部でOpenGLを扱うスペシャリストであり、このレベルでOpenGLを活用している例は世界でも類を見ない。映像のみならず音を専門領域とするMax/MSPワークショップ受講者にとってもOpenGLという新しい表現領域に手軽に踏み出す一歩となったのでは無いだろうか。

オーディオリアクティブな映像

初日は簡単に筒井氏の過去の作品の紹介があり、早速本題のプログラミングの解説に進んだ。筒井氏はVJとして活動していることもあり、音に反応し映像を生成させるオーディオリアクティブなプログラムを最初の題材とし、参加者は1からMax/MSPパッチを作っていった。Maxにおいてはオブジェクトと呼ばれるボックス同士を接続しプログラムを作成していくため、オブジェクトの機能が説明しながら少しずつプログラムを大きくしていき最終形に向かっていった。参加者によっては様々なパラメータを設定していったたため多種多様な映像生成のためのプログラムが完成した。

カメラリアクティブな映像

次に題材となったのはカメラリアクティブな3次元映像。カメラの映像をそのままピクセルで処理するのではなく、明るさや色の情報を取り出しOpenGLによる三次元映像の生成に利用するという筒井氏ならではのアプローチ。カメラとしてはWebカムに加えて、発売以降多くのメディアアーティストが様々な表現に活用したMicrosoft社のKinectを用いたアプローチも解説された。

プロジェクションマッピング
ビジュアル面でaircord社にご協力いただき、プロジェクターをご提供頂いた

Max/MSPで画像を三次元的に変形させてから出力する方法を学んだ後は参加者全員で発泡スチロールで作られた物体にプロジェクションマッピングを行った。プロジェクションマッピングとは映像をスクリーンではなく様々な物体に投影するという技法でメディアアートのみならず広告分野などでも今最も注目を浴びている映像表現の一つである。これをMax/MSPから実行している例も筒井氏以外には聞いたことが無く、参加者にとっては貴重な機会となったであろう。

【二日目:evala氏による自律生成音響】


二日目は一日目のワークショップとは異なり、evala氏の視点から音に特化したMax/MSPの解説が行われた。Max/MSPは元々音を扱うためだけのソフトであり先進的な音楽家のみが使用していたが、後にJitterという映像の拡張が追加されarduinoなどのフィジカルコンピューティングにも接続しやすいという理由から急速にメディアアートの世界でも広がり、必ずしも音を扱うユーザーばかりでは無くなっている現状がある。二日目前半はMax/MSPや電子音楽に関するレクチャー、後半はevala氏が配布した音源とMaxパッチを元に各自好きなようにアレンジを行いプログラミングの実践と個別質問に応じて制作を進めていく方法がとられた。

Max/MSPの歴史、エポックメイキングなパッチ
Max/MSPはその起源をフランスの国立音楽音響研究所IRCAMに持ち、コンピュータ自体や音響処理を行うDSPが大型で高額であった1980年代あたりまでは、アカデミックで特権的な場所でなけば扱うことができなかったが、ラップトップコンピュータの発展とともに一般層にも広がり、今や実験音楽や現代音楽だけでなくクラブミュージックなど様々なミュージックシーン、企業のオーディオプロダクトのプロトタイプデザインまで様々な場面で活用されている事例が紹介された。

シュトックハウゼンのStudyII

電子音楽がアカデミックであった時代に巨大なシステムを使って作られていた先鋭的な作品の実例として、シュトックハウゼンの電子音楽作品の紹介が行われた。音楽にはリズムがありメロディーがありハーモニーがあり、形式的な構造があるという約束事があるが、音楽を物理的な要素まで立ち返り、音階やメロディー以前の周波数、リズムという以前の時間、音色という以前のスペクトルと捉えて新しい音楽の可能性を追及したシュトックハウゼンは電子音楽黎明期の重要な作曲家であろう。尚、このパッチはMax/MSPのサンプルに含まれており、誰でも編集、実行をすることが可能だ。その他、スティーブライヒのピアノフェイズ、ブライアンイーノのジェネレーティブミュージックのシミュレーション、Maxをオーディオ領域で扱えるようになった90年代以降にFMシンセシスを応用したオウテカの事例、フェネスが多用したグラニュラーシンセシス、超複雑にパッチングされギリギリのCPUで動いていたSILICOMのシーケンサーパッチ、そしてevala氏自身が制作したMaxのパッチが紹介された。こうして時系列で並べてみると音楽の多様性と同じくらいMaxパッチにも様々なものがあり、DAWでは実現不可能なことが多々ある音楽ソフトとしてのMax/MSPの可能性を垣間みることができたであろう。

evala氏制作のMaxパッチ

ランダムとの対話
ゼロ年代以降様々な先鋭的な音楽家がMax/MSPを利用していたが、evala氏の解釈ではMaxは単に通常の音楽ソフトでは作れない音が作れるというだけで無く、具体的に乱数を使えるという点が大きいという話があった。音楽家はランダムと対話をしながら聞いたことが無い響きやデジタルならではのグルーブを作り出していくが、そこにはセンスが問われ、どのようにマッピングするかを熟考しなければネコがピアノの上を歩き回った際に出てくる音と変わらなくなってしまう。最近では建築やグラフィックデザインの分野でもMaxは使用されるようになってきているが、そこでも重要になってくるのは乱数であるというのがevala氏の指摘であった。そして、実際にevala氏がライブで使用しているiPhoneとMaxを使いオーディオ素材を制御し、コンピュータと対話しながら音楽をリアルタイムに構築していくアプローチが紹介された。evala氏の音楽がどのように作られ、どのように演奏されているかは一見しただけでは全くわからないが、1人の先鋭的な音楽家の個性的なアプローチの例としてevala氏自身の口から語られたMaxの使用法は、決して教科書や学校といった教育機関では学ぶことができないものであり、ワークショップ受講者は得るものが大きかったのでは無いだろうか。

音源+空間=音
音は音源だけでは音にならず、空間があって初めて音が立ち上がってくる点からも、新しい音楽は空間にヒントがあると考えるevala氏。音と空間をどうやって音楽に取り入れるかということを考え、実践しているのかの具体的事例紹介が続いたが、ここでの音楽論というべき音への追及はプログラミング以前に音楽家がどのように世界を捉え、どのように自己表現に繋げていったのか、テクニック以前のセンスとは何であるのかを考える上で大きなヒントになったであろう。

サウンド面でFOSTEX社にご協力いただき、「for maria anechoic room version」にて使用しているスピーカーをご提供頂いた

コンピュータを使うことで今や手間隙をかければ作れない音響、音楽は無くなったと言えるかもしれない。しかし、何でもできるその環境で何を選択するか、その道しるべになるものは人間の知覚なのではないかというのがevala氏の考え方である。音というメディアはただでさえ目に見えず、得てして言葉で説明すると難解なものとなってしまうのだが、evala氏のレクチャーでは専門的な用語は極力避け、わかりやすい言葉で丁寧に解説されたため、音を専門にしないワークショップ参加者にも概観が理解でき、自身の新たなアイデアの源泉になったことだろう。

最後に
二日間を終えてA4Aでの2日間のワークショップはOpenGLによる三次元映像から乱数による生成的な音楽までとても範囲が広くまだまだ時間は足りなかったかもしれない。しかし、筒井氏の領域とevala氏の領域はMax/MSPの環境下では接続可能であり、音と映像を独立したものと捉えずに複雑に相互作用させながら作品を作りこんでいくことが可能な点は特筆すべき特徴である。Max/MSP程音にも映像にも特化しているソフトは存在しないため、映像も音響も渾然一体となった1人の作家の作品が今回のワークショップから出現することに期待したい。

Text by Akihiko Matsumoto

二日目の夜に行われた懇親会

Information

A4Aは、新しいクリエイティブのあり方を提案する会社。WEB、インスタレーションの技術や映像のクオリティ、マネジメント、プロダクション機能を活かし、グローバルを視野にいれたメディアアーティスト/デジタルアーティストへの貢献とクライアントワークへのサポート・受注・プランニングを行います。イベントやワークショップの開催、国内外のエキシビションへの参加サポート、アーティスト同士のコミュニケーション、コラボレーションを積極的に行い、そこで生まれるものを商品化するなど、アーティストが、広告とアート活動とのバランスに悩むことなく表現活動を行うことができる環境をアーティストと作りあげていきます。
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evala
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筒井真佐人
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