NYで活動するファインアーティストのマツさんこと松山智一さんのアトリエを訪ねた。
マツさんのアトリエは、ブルックリンのグリーンポイントアベニューにある。このあたりはブルックリンでも現代アーティストのアトリエが多く集まる地域で、リチャード・セラや村上隆のスタジオもある。NYではたくさんのアーティストが活動しているが、地価や物価が高いため、アーティストたちは活動の場をSOHO→チェルシー→ブルックリンと移してきた。
アトリエ近くの景色
訪ねたアトリエのあるビルにも、たくさんのアーティストたちがアトリエを構えている。広く、天井が高いスペースだ。日本ではギャラリーに収容できずオーバーサイズとなってしまうペインティングも楽々制作することが可能で羨ましい環境。現在はマツさんと、三人のアシスタントが作業している。
自身もアーティストとして活動している山口歴くん。
アーティストになった理由
「The Future Is Always Bright , Study 3」(2010年、カンバスにアクリル、36×48×3インチ)マツさんは1976年東京生まれ。日本ではRelaxなどの雑誌で作品を発表したり、アートディレクターとしてスノーボードのデザインを手がけていた。仕事に不満はなかったが、もっと自由に自分のやりたいことをやりたいという希望からアーティストに転身。NYプラットインスティテュート美術大学院へ進み、主席で卒業。以降アーティストとしてペインティングや彫刻などのオリジナルワークを制作する傍ら、コミッションワークも手がけている。その場合「作品を切り売りした物でなく、アートとして機能できる側面ともったプロジェクトであるかがポイントである」という。アーティストのオリジナリティを尊重するプロジェクトが条件だ。NIKEのオリジナルシューズを作るプロジェクトやAlex from TokyoのCDジャケット、リーバイスとのコラボレーションプロジェクトなどを行っている。
「デザインは問題を解決する仕事です。疑問をクライアントから提示されて、答えを出すのが仕事。それに対してアーティストは問題提起をする人。自分の作りたいものを作って、見た人に何かを考えてもらうのがアーティストの役目だと思っています。アートの世界にはルールがないというか、、。もちろんあるのだけど、自身のルールをつくる行為こそが僕たちの仕事で、前例のない新しい事を提案する世界。そういう意味では自由で底が見えない」
Joshua Liner Gallery(NY)でのインスタレーション風景
デジタルツールとペインティング
マツさんのペインティングはグラフィックデザインの思考を取り入れたポップな作風だが、現代美術としての側面や日本の伝統絵画の構図を取り入れるなど複合的なコンセプトがあり、それが彼の作品の魅力だ。絵画はフリーハンドでペインティングされているとは間近で見ても信じられないくらいの緻密もの。不思議な質感は、どうやって作られているのだろうか。
「作品制作にはものすごい時間がかかります。色が微妙なので、特殊な方法で描いているんです。まずスケッチから始まって、これまで制作した既存作品をPhotoshopで見つつ、スケッチに着色していきます。過去に一度つくった色はすべて番号付けしてストックします。これがあれば、実際に色付けして”ここちょっと濃いから変えたいな”と思った時に容易に変更できる柔軟性がもてるからです。使用する色は、どちらかといえば漢字で表現できる和の色が多いのですが、それらを別のトーンと組み合わせをすることで、すこしアメリカのアニメーションに近い色遣いにもなり、なんともとらえどころない色使いがユニークだと言われているひとつの理由かもしれません」
デジタルで彩色した絵を元に、絵の具の配分をデータ化する
「このように絵をマッピングすれば、多くの人で作業を進めることができる。いかに沢山の作品をつくりつつもその反復作業だけにならず、新作や彫刻等制作するクリエーティビティーとのバランスをどうとるかと考えたとき、こうした手法が自分には一番しっくりくる感覚があります」
ナンバリングされた絵の具たち
ただ処理速度が早過ぎると作品の判断が難しくなるため、3人のアシスタントが丁度良い。とはいえ、彼らが進めたペイントが出来上がってから、マツさんが何週間もかけて手触りを調節していく。作品を写真で撮影し、Photoshop上でいじることでさらに新しい方法が見えてくることもあり一件デジタル作業が軸にも見えるが、最後は時間を要する緻密で時間のかかるデジタルでは把握できないアナログ作業によって作品が完成する。
マツさんは「僕の中で理論化できれば、絵はかける」と言う。ペインターの手作業とデジタルの融合が、彼にしか作り出せない独特の世界観を生み出している。
アートで生活するということ
マツさんが渡米したのは、日本でアーティストとして暮らすのは厳しいから。本当は日本での活動ももっと展開したいが現状ではそれが簡単ではない。
「日本でアーティストだけで暮らしていくのはリスクが高すぎるんです。個展を開くためには半年の準備期間がかかりますが、日本では作品が他の文化発展国より回らないからスタジオ代、制作費等に余裕がもてずランニングコストすら捻出しづらい。大きいスペースもないので、物理的に自分の作品を展示できるスペースもほとんどない」
なぜNYではアーティストとして生きることが可能なのだろうか?
「アートだけで食べられるのは、生活の中にアートが根付いているからです。無名のアーティストでも、レストランで展示をやったところ、半分くらい作品が売れたり。日本でも、30歳くらいになるとボーナスで時計や車を買いますよね。こっちの人は住んでるところにお金をかけるので、部屋に飾るためのアートを買う行為が普通なんです。そういう文化があるからアーティストも発言権を持てるし、自由にできるんじゃないでしょうか」
マンハッタンのチェルシー地区には300ものギャラリーがあり、NY全体だと500を超えるほど。なぜNYではアートが盛んなのか?それはアート作品が富裕層の投資対象となっていることや、企業の税金対策などもあるが、一般の人も気軽にアート作品を購入することも大きい。日本と比べて単純に住居環境が大きく、また自宅に友人たちを招いてホームパーティをすることが多いため、自分の個性とライフスタイルをよりリンクする為にアート作品が生活の中に浸透しているという。
ここで思い出したのが、映画「ハーブ&ドロシー」。マンハッタンの1LDKの小さなアパートに暮らす郵便局員のハーブと図書館司書のドロシー夫婦のドキュメンタリーだ。彼らは約30年の歳月をかけ、つましい給料をやりくりしてミニマルアートやコンセプチュアルアートを4000点購入した。彼らは極端な例だが、日本でも個人が生活のなかでアート作品を楽しむようになればいいと思う。
アーティストのオリンピック
アーティストがせめぎあい、アーティストが熾烈なクリエイティビティ合戦を繰り広げるNYはマツさん曰く「まるで毎日オリンピックをしているようだ」とのこと。
「展示の際には、絵を壁から浮かせて絵をより彫刻的に見せるなど、一見気がつきそうにないレベルのところまで徹底的に個性を演出するくらい追求しないとここでは、生き残れない。NYではたくさんのアーティストに会ったでしょう?石を投げればアーティストに当たる、というような状況です(笑)。もう、オリンピックやってるのとかわらない。表現やメディアは違えど、どんぐりの背比べとコンマ1秒の違いを争ってるような。好きなことをやっていますが、毎朝起きて考えるのは”もうやりたくない”(笑)。何年も何年も朝から夜中まで同じ作業の反復ですから」
それでもアーティストを続ける理由は?
「でも、自分が5年前にできなかったことができると感動するんです。限界突破できる瞬間を感じれる時は本当に幸せです。ただ、時が経てば経つ程その感覚が麻痺し、遠くもなるし、もっとすごいことでないと感動しなくなる。試行錯誤の繰り返しで、自分を見失って、また戻るとちょっと進んでる感じがします。ずっとさまよってますが、やっぱり制作を通して日進月歩できること。それを楽しんでます」
今後は9月にチェルシー、5月にSF、来年LAでの展示を予定。カテゴリーやジャンルにとらわれず、世代を超えて老若男女に楽しんでもらえることが本来のアートの機能だと思うので、それ目指して作品を制作しているというマツさん。日本での個展も実現してほしい。
撮影:比嘉了
文章:齋藤あきこ(A4A.inc)
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