山口県山口市のYCAMにて、真鍋大度+石橋素の新作インスタレーション展
「particles(パーティクルズ)」が開催中。これまで先鋭的な作品を発表し、メディアアートだけにとどまらない幅広いフィールドで評価されてきた彼らだが、実は本展が初の本格的な個展となる。写真や映像だけでは伝わらない、圧倒されるスケール感を感じてもらうため、是非現地で体験してほしい作品だ。今回は真鍋氏、石橋氏のほか、作品制作に協力したエンジニアにも話を伺い、構想から実現まで二年を要したパーティクルズの全貌に迫った。

横幅8メートル、高さ8メートルというスケールのパーティクルズ。彼らが手がけた作品の中でも、もっとも大規模なものだ。照明が落とされた薄暗いホールに、8の字型の螺旋構造を持つレールが構築され、LEDを内蔵したボールが走り抜けて行く。光の粒子が蛍の群れのように空中を駆け抜けるさまは、その名の通り、CGアニメーションなどの表現で使われるパーティクル(粒子)が現実化したようだ。インタラクティブな仕掛けも用意されており、会場に設置したモニタは、鑑賞者が操作して光のパターンを操作することができる。そうして生まれる有機的な光の動きは、時間を忘れていつまでも見続けてしまう魅力を持っている。


どうやって光っているのか?光のボールはそれぞれ通信機能を持っており、光のパターンの信号を受け取って自ら光るタイミングを変えている。それぞれのボールの内部には、フルカラーのLEDとワイヤレスの通信モジュール「XBee」(ジグビー)が埋め込まれている。ボールはレールを走りながら自分のスピードを測り、受け取ったLEDの輝度データにしたがって適切なタイミングで明滅する。それぞれ速度の違うボールが的確なタイミングで光るよう、レールに置かれた16個のチェックポイントごとにラップタイムを計測し、点灯のタイミングを変化させている。チェックポイントを通過してから次のチェックポイントに到達するまでの約4秒の間に、次の区間で点滅させるデータを受信し、メモリに保存、チェックポイントを通過したタイミングでデータを切り替える。このシステムはopenFrameworksとArduinoに改良を加えたデバイス、Max/MSPによって作られた。


試行錯誤の日々

真鍋氏、石橋氏にYCAMのキュレーター、阿部一直氏から依頼があったのは2010年のこと。東京・目黒のアンカーズラボで実験を行い、トライ&エラーを繰り返す、試行錯誤の日々が始まった。

「この手のメディアアートものの主流は、大きな安定したシステムやプラットフォームに乗って、そのプログラムやアプリを細かく作り込むという話になるのですが、音源とか光源自体をフィジカルに移動させるとかの話は普通出ないはなしであって、それを本気でやろうとした途端に相当に大変になるわけです。構想して作るのも大変だし、またメンテも大変という。しかし反動でそのようなものにアーティストが向かうというのもよくわかる」(阿部氏)

阿部氏は初期のアイデア案について当時を振り返る。

「最初は、ロケット花火のように下から何個も同時にボールを空中に打ち出して、通信で同期をとって空中で光る図像を作り出せればというアイディアだった。打ち上げ機までをテストしていましたが、結局コストが高くつきすぎる点でこけて、さらに本当に空中での3次元の位置をそこまで細かく制御できるのか、という疑問も消えず、本当にできるかどうかは怪しげな感じで。もちろんプロダクトレベルの多大なコストをかければ可能ではあるとは思うんですが。それで次案は、カエルの卵のように長い透明チューブを空中にくみ上げて、その中をボールを転がすのはどうかということになった。これもかなりテストしたらしいですが、チューブという摩擦係数がかなりかかってくる物理的プランがどうもダメではないかという直感でこれも破棄。またボールが光るときチューブ自体もハレてしまって、点光源にならないんですね。それでレール転がし案が浮上してきて、2レールがいいのか、3レールがいいのかなど、いろいろ迷ったあげく、現行のものになんとか収まったわけです」(阿部氏)

一見破天荒なアイデアばかりだが、どのアイデアが実現するかというのは、一つ一つ実験してみないとわからない。ボールの巻き上げ機を制作した秋葉幸生氏 (ギャジット)はギリギリの状況だったと語る。

「石橋さんから”ちょっと相談が”と声を掛けられたのが去年の暮れのこと。”ボールリフターをやって欲しい”といわれても自分の経験からしてほとんど納期に余裕がない、しかし”年明けすぐにかかれば出来ますよ”と返答したものの、石橋さんの”ボールと走路の実験だけしたらすぐに御願いします”との言葉に、”素敵な初夢かな”としか思えなかったことは否めません。年空けて一月、松の内を過ぎて製作構想をある程度まとめて待つも”実験中でもう少しかかります”とのメール、その後も音沙汰なし、やはり消えたなと思っていたところに月末突然”仕様が決定、急ぎ打ち合わせを”との連絡、なんとあの夢物語をやるんだと。しかし当方としてはすでに時間切れ、当初予定の外注先もほとんど対応出来ず、やむなく設計・仕様を変更、当然のように追加費用が発生、それについては泣く泣く丸呑みして頂いて、こちらもそれなりに頑張りました」(秋葉氏)

いっぽう、設計を担当したライゾマティクスの齋藤精一氏も試行錯誤を重ねていた。子供の頃に見たおもちゃが元になっているので、皆が持っている想像を裏切らず作る事が課題だったと語る。インスタレーションでは複雑な機構を使う事が多いが、今回は出来るだけシンプルな機構を考えた。そのためにパーツを少なくし、できるだけ複雑な部分は省き、重力や遠心力などをうまく利用して制作した。


レールの設営風景。「今回もいつも金物の作成をお願いしている町田テクノパークの齋藤製作所さんに多大なる協力をしていただき、制作側からの様々な知恵とアイディアをもらいました」(齋藤氏)


300個のインタラクティブなLEDボールを作る方法


2011年1月、YCAMで実験を行った。これをもとに、2月末から本格的な制作がスタート。現地にはライゾマティクス坂本氏が先に入り、齋藤氏が図面が制作したレールの設営を行っていた。続いて2月23日、石橋氏と柳澤氏がYCAM入り。ここから山口市内のマンションで共同生活を送り、完成に向けて制作が始まった。真鍋氏はソフトウェアの開発に、石橋氏は通信プロトコルの設計、ボールデバイスのプログラミングに取り組む。

300個もの通信機能を持つ光るボールを量産するのは大きな課題だった。アンカーズラボ柳澤氏と三原聡一郎氏ら、YCAMが持つラボのスタッフは、まるでパン工場のようにシステマチックな生産体制を組んだ。

ボールの条件は「基板への衝撃を逃すボールとの固定、走行時の振動や衝撃でフタが外れない事、球の重心が1軸以上とられている事(by鉛)、真球を目指すボールのフタの併せ精度」でした。当たり前のようですが、意外と難しかった。1,2個でうまくいった方法論でも50個くらいでテストすると、大量時に起きる現象により不具合が生じるんです。人手があまりにも足りないので、柳沢工場長に指示を仰ぎ、即バイトを4人連日かき集めて、分業生産ラインを敷きました。なんせ1つの作業につき最大、2400作業 = 300個 * 4箇所 * 下作業2工程 かかるので。ひたすらゴムを切る人、穴に差し込む人、ホットボンドで固定する人、、、の様にひたすら手を動かし、その間、無言or超下らないトークが周期的に朝から晩まで繰り返されました。最終的には数回、全工程のやり直しを経ています」(YCAM三原氏)

「玉の制作は、YCAM行ってからのぶっつけ本番でした。時間と予算の関係上、全て手作りでした。実際やってみると、バランスや、衝撃吸収、ゆがみなどいろいろと問題がでてきます。問題が出る度に修正していくんですが、一つ解決すると、別の問題に作用したりして、時間ギリギリまで試行錯誤を繰り返しました。一点修正しようとすると、かける250個ですから、何度も心が折れそうになりました。大度さんと石橋さんのすごいところは、言い出したことに迷いがないというか、やりきるんです。いつも。そして、自分のやるべきところ1点を見ていてそこ以外、見向きもしない。後は捨てるかゆだねる。最後の最後で、自分だけでは見れない次元のものを見せてくれるので一緒にできるんだと思います」(柳澤氏)



そのような苦労を経て制作されたボールだが、落下の衝撃で壊れるトラブルに悩まされた。レールの下部にネットを設置し、ボールを守る。

展示を行わない夜間を利用してボールの充電を行っている。

制作のブレイクスルー


このように大規模なプロジェクトでは、奇跡のようなブレイクスルーがあって一気に進展する”ツキ”が必ずあるという。今回のツキは、レールを8の字の構造にしたことだ。

「この作品には、鑑賞者が予想できる動きとそうでない動きが良いバランスで存在すると思います。8の字構造にしたのはタイムリミットで仕方なく決断をしたところも少なからずあったのですが、これが結果的に色々な点でメリットが多かった。毎回制作ではそういうツキによって進むことがあるんです」(真鍋氏)


8の字構造にしたことによって、いつまでも見ていても見飽きることのない有機的な動きが生まれた。阿部氏は「やはり物理的にボールという実物のモノが滑り落ちていく様は、快感を生み出す要素があるわけです。LEDやプラズマ画面をいくら巨大にしたところで出せない瞬間的快楽がある」と語る。


そしてこの作品は、YCAMだからこそ実現できたと制作者たちは口を揃える。YCAMには「YCAM InterLab」というラボがあるのだ。ここには照明、音響、舞台機構などの制作のプロが所属し、YCAMで滞在制作を行うアーティストをバックアップするのである。ラボのエンジニアたちのサポートによって、アーティストは挑戦的なテクノロジーとクリエイティビティが両立する作品制作に専念できるのである。


新しい展開


「ギャラリーツアーでは、種明かし的に、最後に会場のライトをつけて、組んだ構造体をお客さんに見てもらうサーヴィスもしているんですが、その時の、ワァーといったため息が面白いですね。誰もがワァーと言う。制御されて見えなくされている物理的な世界が、急に飛び出してくるという。裏ではこんなに押し込められていたんだと。「真鍋+石橋」組ならではの面白さです」(阿部氏)

パーティクルズの今後の展開としては、回転時の振動を使った充電などを考えているという。コスト面も極力抑えた設計になっているが、本作の展開を見据えてフルカラーのLEDを使用し、マイコンのメモリもフルスペックにしているそうだ。今後、国内や国外で新しいパーティクルズに会えることに期待したい。

「Particles」

企画・ソフトウェア開発:真鍋 大度 (4nchor5 La6, Rhizomatiks)
システムデザイン・ハードウェア開発:石橋 素 (4nchor5 La6, Rhizomatiks, DGN)
レール設計・制作:斉藤 精一 (Rhizomatiks)、坂本 洋一 (Rhizomatiks)
ボール設計・制作:柳澤知明 (4nchor5 La6)
機構:秋葉幸生 (ギャジット)
グラフィックデザイン:木村 浩康 (Rhizomatiks)、島 芽久美 (Rhizomatiks)
ドキュメント撮影:本間 無量 (Rhizomatiks)
企画制作サポート:小島 一郎 (Rhizomatiks)
オンサイトサポート:堀尾 寛太 (4nchor5 La6)
制作サポート:藤代 健介 (Rhizomatiks)
special thanks:MIKIKO and poko

写真提供:真鍋大度氏、三原聡一郎氏(YCAM)

INFORMATION

真鍋大度+石橋素 新作インスタレーション「particles」
展覧会特設サイト http://particles.ycam.jp/
http://www.ycam.jp/

日付/時間 :
2011-03-05(土)-2011-05-05(木・祝)10:00-19:00

休館日 :
火曜日(5月3日は開館)
会場:山口情報センター[YCAM] スタジオB
料金 :入場無料
※会期終了日が、5月8日(日)から、5月5日(木・祝)に変更になりました。

主催:財団法人山口市文化振興財団
共催:文化庁
後援:山口市、山口市教育委員会
制作協力:株式会社ライゾマティクス、株式会社DGN
技術協力:YCAM InterLab
企画制作:山口情報芸術センター[YCAM]