何の加工もされていない既成のTシャツと、プリントの一部が “Delete”(削除)されたTシャツ。
2枚のTシャツが並んでいる一枚の写真に、不思議と興味が湧きました。目が行くのは、四角い空洞のようになっている、 “Delete” された部分。削除されたことによって生まれた「見えない」という不条理な暗示が注意をひきつけます。そもそも、元のデザインより、重要な情報が消えているデザインの方が気になってしまうというのはどういうことなんだ?

このTシャツは、デザイナー / ディレクターの熊谷彰博氏の展示企画「Print of Delete」の作品です。写真から伝わってくるストイックな肌理の細かさは普段の熊谷氏のデザインにも通じる魅力。でもこの企画にはいつもの熊谷氏の仕事にはない、あえて「やりっ放し」の部分を生かした魅力がありそうです。

「“Print of Delete”は価値を変える試みです。
昔は良かったものが、今はダサい。
飽きることはどうにもできない。
ただ、飽きた感情を変えることはできる。
プリントを消す。
その行為が面白く、元のプリントと相まって新たな価値をつくる。
ものだけではなく、行為を売ります。」
(展覧会のリリースより)

最後の一文にある「行為を売る」とは、 ”Delete day” なる日にTシャツを持参すれば、お客さんも自分でプリントを削除したり、熊谷氏に削除してもらえたりするとのこと。これはぜひ目撃しに行かなくては。 —— というわけで、さっそく会場の NOW IDeA by UTRECHTへ行ってきました。



屋上のテラスに上がると、DAIKEI MILLS製の木の小屋に、例のTシャツたちが並んでいます。削除されたかたちは、四角、丸、ストライプ、それらの合わせ技など、実に様々。どれも元絵とのバランスが秀逸で、Tシャツの上におもしろい効果をもたらしています。



近くで見ると、“Delete” は、シルクスクリーンで「刷る」という方法で行われていました。「消す」という言葉から連想されるインスタントなイメージとは大違い。しかもシルクスクリーン版の木枠から手づくりしたというので、かなり手間がかかっています。ひとしきりTシャツを鑑賞しながら、「自分でやるのはけっこう難しそう」という気がしてきました。しかしその時、インクに手を汚した熊谷氏に遭遇。話を聞くうちにクリエイター精神に触発され、 “Delete” ワークに挑戦したくなってきました。

テラスのテーブルに広げられたシルクスクリーンコーナーへ行くと、すでにTシャツを手にしたお客さんがいました。ちょうど良いので、まずは見学。

最初に、いくつかのパターンから好きな版を、白か黒の2色からインクの色を選びます。この色選びが仕上がりを分けるので悩みどころです。白は空白の不思議な雰囲気に、黒にすると一気にアイロニックな感じに。



トークも快調に着々と準備を進める熊谷氏。 その様子から、即興でつくる行為、お客さんとのコミュニケーション、ハプニング、すべてを含めてがこの展覧会という感じがしました。インクをのせたら、いよいよ本番の刷りへ。版に対して斜め70°にヘラをあて、一気に手前へひきます。緊張の一瞬。



版を外すと、 刷り上がったTシャツが出現!完成です。斜めのストライブの版を使って、白いインクで刷りました。



このあと筆者も “Delete” ワークを体験しましたが、予想以上に格好いいTシャツができ、満足でした。昔のTシャツをまた着たくなるというのは、単純にうれしいです。

プリントの一部を消してしまうと重要な情報は損なわれますが、意外なのは、強いデザインであれば、もとのデザインは生きていること。

消されたのは、今まで真っ先に目が行っていた、古いアイデアやメッセージ、当たり前だと思っていたイメージ。それらの情報が消されていても、見る人は空白の部分を補完しようとし、その時、見慣れていたものが新鮮なものに変わる。 ” Delete “ するという行為は、「更新」に近いのかもしれません。





興味深かったのは、今回の企画が ”夏休みの自由研究” だったという話。
「展覧会のように完成したものを見せるというのではなく、まずやってみた、それを見せてみた + お客さんも体験できるようにした。その試行錯誤を見せる軽さは自由研究」と語る熊谷氏でしたが、結果的には、”課程を見せる” ということがコンセプトとして面白いものになっていました。さらに ”実験” としての服というのも新鮮で、デザイン的にも魅力あるものになっていたのではないでしょうか。
今回の展示は、普段は完成度の高いものを目ざしているデザイナーが、あえて実験的な試みに挑戦したという、とても面白い企画でした。

熊谷氏の本業の方は、オフィシャルサイト alekole.jp のチェックを。現在は9月22日(土)に「TABLOID」にて開催される「TOKYO BUSSANTEN」(東京物産展)のデザイン・プロジェクトに取り組み中とのこと。ディレクターの柳本浩市氏と共に喫煙スペースをつくるそうですが、また新たな仕組みを考えているそうです。

以上、夏の終わりの研究レポートでした!

Text by Yu Miyakoshi

Information


熊谷彰博
デザイナー / ディレクター
1984年生まれ。新しい体験をつくる仕事。プロジェクトごとに本来の目的を探り、達成させる上でコンセプト・デザイン・ディレクションを手掛ける。
主な仕事にオリンパス純正カメラバッグ「CBG-2」、KDDI iida LIFE STYLE PRODUCTS「Design Sheet」「EHON TRAY」、渋谷ヒカリエ Creative Lounge MOV 「aiiima」アートディレクションなど。またグッドデザイン賞、DDA賞、SDA賞など受賞歴多数。
今、注目の若手デザイナー。
http://alekole.jp/

”Print of Delete” AKIHIRO KUMAGAYA
会場:NOW IDeA by UTRECHT
住所:東京都港区南青山5-3-8 パレスミユキ201
会期:2012年8月14日(火)〜8月19日(日)
http://www.nowidea.info/