Home > Dots & Lines > 野澤 智

2.The Dark Knightをめぐる考察

April 1, 2009
Tomo Nozawa
ニテンイチリュウを運営する野澤 智による連載第2回。ウェブ・バイラル広告からデザイン、ファッション、アートまで幅広いウェブネタを。

前回は最近のウェブ広告を分類しながら振り返りました。連載2回目となる今回は、 アメリカでのより具体的な例を取り上げてウェブ広告の未来を考えて見たいと思います。
ユーザにメッセージが届き難くなったと言われて久しいですが、メッセージを届けるために異なるアプローチをとった二つのキャンペーンが大きな話題となりました。一つはGMMBが仕掛けたオバマ大統領のもの。 そしてもう一つが今回取り上げる42 Entertainment による映画「The Dark Knight」のキャンペーンです。
オバマ陣営のキャンペーンが戦略的PRを柱とし、それによって「CHANGE」という空気感を作り出したことで成功したのに対して、The Dark Knightはコアユーザが主体的にキャンペーンにかかわらせることで没入感を増大させ、話題になっているという空気感をつくり、非常に大きな成果を得ることに成功した事例です。
どれくらい成功したかというと、もちろん作品自体が10年に1本あるかどうかの傑作ということがありますが、映画自体が興行的には日本では今一つだったことやこのキャンペーン自体が英語圏で行われたこともあって、あまり日本には伝わっていないかもしれませんが、世界75カ国1000万人以上が参加し、全世界での興業収入が10億ドル(約1000億円)を突破するという成果をあげています。

ではどのようにしてユーザの没入感を増大させたのでしょうか?
それは「ARG」(Alternate Reality Game: 代替現実ゲーム)という手法でした。

ARGとは?

ARGとは、簡単にいうと、"現実世界を使ったゲーム"。クロスメディアの考えを1歩進めて、現実世界とバーチャルな世界の垣根を越えて、1つのプラットフォームとして展開されるゲーム。ユーザは"ラビットホール(ウサギの巣穴)"と呼ばれるゲームの入り口となる、架空のウェブサイトにアクセスしたり、時にはラジオやテレビのメッセージ、あるいは現実世界の特定の場所に行ったりしながら、手がかりを集め、それらを組み合わせることにより、1本の大きなストーリーが体感できるというものです。従来型のゲームやイベントが、ユーザが受動的にゲームシナリオにそって動くのに対して、この手法は、いわゆる「オープンソース」のように、ユーザが能動的にゲームに参加しゴールに向かっていくという違いがあります。そして、Alternative Realityという言葉の通り、あらゆる新旧のメディアから現実とバーチャルの垣根を越えるようにメッセージをユーザに届けます。結果このARGに参加することでユーザが得られるライブ感は、まるで自分が映画の登場人物になったかのような強烈なもになります。そのため、ARGの先駆けとなったスティーブン・スピルバーグ監督の映画「A.I.」公開前に行われた、映画の登場人物を使った別のシナリオを、ユーザとともに謎解きをしていくというARGキャンペーンや今回取り上げるThe Dark Knightに代表されるように、文字通りハリウッド映画のプロモーションとして用いられることが多くなりました。

「The Dark Knight」におけるARGキャンペーン

では映画「The Dark Knight」では、どのようなARGが行われたのかを見ていきたいと思います。ただあまりにも多岐にわたるキャンペーンなので、すべてを取り上げているわけではありません。詳細を知りたい方は、英語ですが「the Dark Knight ARG Wiki」をご覧ください。
The Dark KnightのARGは、2007年5月から始まり、2008年7月に終了した非常に長いキャンペーンで、ユーザは劇中に登場する架空の都市「Gotham City(ゴッサム・シティ)」の住民となり、前作「Batman Begins」と「The Dark Knight」の間のストーリーを紡いでいき、それに応じて映画のトレーラーなどを見ることができるという内容になっています。
ゴッサム・シティの地方検事選挙に置けるハーヴィー・デントとロジャー・ガーセッティとの対立を軸に、ハーヴィー・デントを妨害し混乱を巻き起こそうとするジョーカーの暗躍という構図でストーリーは展開していきます。
まず「Batman Begins」の最終シーンで、刑事ジェームズ・ゴードンがバットマンに「ジョーカー」という男による殺人事件が発生しているというところから始まります。
2007年 5月「Batman Begins」でゴッサム・シティの地方検事補佐となったハーヴィー・デントを地方検事にしようというゴッサム・シティの住民(つまりはこのキャンペーンのユーザ)にむけた架空の選挙応援サイトが登場します。

Ibelieveinharveydent.com
harveydent.jpg

その後とある現実のコミックストアで下のような1枚のカードが「発見」されます。
Jokercards.jpg

IBIHDT.jpgこれはIbelieveinharveydenttoo.com
(公開当初のサイト画像)というサイトに誘導するためのもので、あわせてDark Knightの公式サイトからもユーザをこのサイトに誘導するような展開がなされました。ユーザはこのサイトでメールアドレスを登録すると、サイトが実はジョーカーによるものだということが徐々にわかるという仕組みになっています。
pagenotfound.jpgそして最後には[Page not found]というメッセージとともにすべてが消えてしまうという展開。(現在もこの状態)ちなみにこのサイトを全選択すると、「Ha Ha Ha」というジョーカーのメッセージが表示されるという仕掛けも用意されています。


そして2007年7月に開催されたSan Diego ComiCon で、ジョーカーの顔のように塗られた1ドル札が配布され、ComiConの参加者が「ジョーカー」として街にあふれました。

まさに架空の都市「ゴッサム・シティ」が現実世界に進出した瞬間と言えるかもしれません。このような進出自体がメディアで取り上げられることになり、プロモーション効果を産み出すこともARGの特徴と言えるでしょう。

Rorysdeathkiss_gallery.jpgその後ハロウィンには、ユーザがジョーカーのメイクをした写真のコンテスト が開催。アメリカだけでなく、世界中から参加者があつまり、世界規模へのキャンペーンとなりました。同時にThe Gotham Timesという架空の新聞のサイトが立ち上げられました。この新聞サイトはジョーカーによって作られたサイトという設定で、左上の煙がでている部分をクリックすると、新聞が燃えてThehahahatimesとなるといった仕掛けが含まれていました。

さらにはゴッサム・シティの地方検事選挙に向けてハーヴィー・デントから支援を求めるメッセージが電話やメールでユーザに届けられたり、逆にハーヴィー・デントへの応援メッセージを募集したり、実際にハーヴィー・デントの選挙カーが全米各地を「遊説」したりといったことが行われ、ユーザが架空の人物であるハーヴィー・デントのために、支援デモを行うなどの広がりをみせました。


Gcp_main.jpgさらにはBatman支援者たちが立ち上げたサイトとして、 GOTHAM CITY PIZZERIAが登場し、実際にアメリカの各都市に無料のピザが届けられました。そのピザの箱には、Batmanの隠しフォーラムへのヒントが書かれていて、それを解読することでユーザがフォーラムにアクセスできるというものでした。


ここで取り上げたサイト/キャンペーン以外にも実に20以上の関連するサイトがこのARGでは用意され、以下に見られるように、それらを利用して、

  • 不正をただすハーヴィー・デントをゴッサム・シティの検事に。
  • ジョーカーの暗躍
  • Batmanへの支持
というストーリーをまるで現実世界で起こっている事かのようにユーザに没入感をあたえ、熱狂させることに成功しています。


このように非常に大掛かりに展開されたThe Dark KnightのARGは冒頭に紹介したように、多大な成功をもたらすことに成功しました。ここまで大掛かりなキャンペーンを行うことはなかなか難しいでしょうが、従来型のキャンペーンとは異なり、ユーザが積極的に参加することで、今まででは考えられなかった没入感をユーザにもたらすことは間違いないでしょう。

日本でのARGの展開

最後にアメリカでは上記The Dark Knightの成功にみられるように、ARGが普及していますが、日本ではどのような展開をしているのかを見てみたいと思います。アメリカで2004年にゲーム「Halo2」のプロモーションのために行われたARG「I Love Bees」を受けて、2005年2chではじまった「VIPPERのあんたがたに挑戦します。」というのが最初のように思われます。これは、「全国10箇所少々に謎をばら撒いた、VIPクオリティで解いてみろ!」というプロモーションではなく純粋なゲームでしたが、ある種の熱狂を産み出したことはいうまでもありません。
そしてプロモーションとしてのARGは2008年北京オリンピックと連動し、記憶を失ったアスリートについて調べるにつれて、"失われた古代競技"の存在が明らかになっていくという世界規模のARG「The Lost Ring」が展開されました。ただこのThe Lost Ringは日本語訳が微妙過ぎたこともあり、日本ではほとんど成功しませんでした。

その後「名探偵コナン・カード探偵団」というトレーディングカードが日本初のARGトレーディングカードとして発売。ユーザはカードに書かれた情報をもとに現実世界での手がかりを探しながら、事件の真犯人にせまるというものでした。
昨年末話題になった「Love Distance」もARGの1種といえるかもしれませんが、初めて本格的にARGがプロモーションとして使われたのが、まもなく公開される映画「相棒シリーズ|鑑識・米沢守の事件簿」。主人公「米沢守」がハンドルネーム「YONE」として、ブログ掲示板でのスレッドを開設し、10年程前に忽然と居なくなった妻「米沢知子」をさがすため、二人の思い出の品である「写真」がある旅館をさがしだすというストーリーとして展開されています。

このように少しずつですが、ARGが日本にも浸透してきているように思われます。
The Dark KnightにおけるARGによるプロモーションは、ユーザが主体的にキャンペーンにかかわるという従来にはないタイプのものであることに加えて、ユーザのDark Knightに対する思い入れも相まって、非常に効果的な展開をみせました。

ユーザにメッセージが届きにくくなったと言われるようになって久しいですが、届きにくいならこちらからユーザのところまで行き、ともに発展させようという発想のARGはDark Knightのようにコアなユーザがいる場合は、ユーザに強い没入感と臨場感を与えるため非常に強力なプロモーションツールとなりえます。日本では例えばアニメなどにはむくのは間違いないでしょう。エヴァンゲリオンの映画のプロモーションなどでもし行われれば、熱狂のるつぼと化すことは容易に想像できるでしょう。またバーチャルな世界と現実世界を結ぶことができるARGは、Dark Knightに見られるように結ぶこと自体が新しい空気感を産み出し、プロモーションとなる可能性も十分にあり、コアユーザを巻き込みながら、ライトユーザの関心をひくことも可能かもしれません。従来型のキャンペーンでは生まれなかった没入感や空気感を産み出すことができるARGの展開に注目していきたいと思います。

Information

※ARG関連の参考リンク

ARGFAN(日本唯一のARG総合ポータル)
http://argfan.com

虚構が現実を侵食する「代替現実」ゲームが人気 | WIRED VISION (I Love BeesというARGの解説)
http://wiredvision.jp/archives/200410/2004102102.html

Web2.0時代のリアリティ・ゲーム 4Gamer.net (ARG解説)
http://www.4gamer.net/games/036/G003691/20071101030/

いよいよ日本上陸をはじめた「ARG」って何だ? - ITmedia (ARG解説)
http://plusd.itmedia.co.jp/games/articles/0804/22/news074.html

ARGNet(ARG総合ポータル:英語
http://www.argn.com/

the Dark Knight ARG Wiki(Dark Knight ARGを詳細に解説:英語)
http://batman.wikibruce.com/Home

Links




PAGETOP