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5. ARの可能性 : モバイルからウェブまで (前編)

November 5, 2009
Tomo Nozawa
ニテンイチリュウを運営する野澤 智による連載第5回。ARに関する話題、前編。

前回は身体性がどのようにユーザーインターフェイスに組み込まれていくかというのを見ていきながら、PUI/TUIという二つの可能性をみていきました。今回は「現実世界に情報を付加する」というある意味TUI(Tangible User Interface)ともいえるAR(拡張現実:Augmented Reality)に焦点をあてていきたいと思います。今回は前編、後編に分けてお届けします。

まずはじめにそもそもARとはなんでしょうか?

ARとは日本語では「拡張現実」や「強化現実」と呼ばれているものです。現実の環境に、バーチャルな情報を合成表示するということを特徴としています。たとえば、ARの身近な例としては、漫画ドラゴンボールに登場する「スカウター」。スカウターを通して相手を見ると、相手の画像にその相手の戦闘力というバーチャルな情報が付加されて表示されるというARの一例といえるでしょう。
また最近ではアニメ「電脳コイル」や「東のエデン」にもこのような現実にバーチャルな情報を合成表示するという手法が登場しています。

nozawa05_01.jpg

電脳コイルでは、電脳メガネと呼ばれるウェアラブルコンピュータを通して見ることで情報が付加表示される。

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東のエデンでは、携帯電話で写すとその写した対象物の情報が画面に付加表示される。

この2つのアニメはAR自体の認知度を上げたことはもちろん、その可能性を例示したと言う意味でも非常に大きな意味を持ちます。そしてiPhoneやAndroidなどのスマートフォンの機能を使って、上記二つの例を今ある技術で形にしたものが次々登場しています。その代表例といえるのがセカイカメラです。 セカイカメラによって、多くの人がARを空想の世界のものではなく、生身の体験として体験できることは、ある意味時代の節目を感じることができると言ってもいいかもしれません。


目の前にある「現実」に対してユーザがタグをつけることができ、それをセカイカメラを通してみることが可能。

ではARがもたらすメリットとはなんでしょうか?

それは一言で言えば、「情報への距離の短縮」。
つまり前回論じたように、現在のコンピュータにおけるマウスとキーボードというインターフェイスでは、手に入れようとする情報とそれを得るための手順の間に大きなギャップがあり、直感的ではないため、ユーザと情報の間に距離が生じています。これに対して、ARを用いると、ユーザが今見ている現実に対して情報を付加することになります。そして直接的にユーザが情報にふれることができるため、そのギャップが劇的に縮まることになり、非常に直感的なコントロールを可能にします。その結果として、バーチャルな情報が現実に溶け込み、その存在を意識せず、透過的にアクセスできるものとなる助けとなることは間違いないでしょう。

たとえば自分が住んでいる地域の天気予報を知りたい場合、現状のコンピュータのインターフェイスでは、

  1. PCを起動
  2. ブラウザを起動
  3. 天気予報が掲載されているサイトにアクセス
  4. 自分の地域を指定
  5. 天気予報が表示される

というような流れになっており、天気予報を知るという行為と天気予報の間にかなりのギャップが生じています。

それに対して、ARを使ったモバイルデバイスの場合は、

  1. ARのアプリケーションを起動
  2. 周りの風景にかざす
  3. 天気予報が表示される

と情報に到達するまでのステップが短いことはもちろん、天気予報という情報とそれを得るための行為(=ARアプリケーションをかざす)が近く、直感的にアクセスすることが可能になっています。

ARの原理は?

ARはどのようにして現実に付加情報を表示しているのでしょうか?その方法は現在大きくわけて次の2つのものがあります。

  1. 位置情報に基づいて情報を表示
  2. 画像を解析して、それに基づく情報を表示

1.の位置情報を利用するタイプは、現状の多くの携帯機器のARアプリケーションに用いられる方法です。GPSや加速度センサーと地磁気センサー(電子コンパス)、つまりいわゆる6軸センサーなどさまざまなセンサーを利用することで、携帯機器の位置情報や向きを取得して、それに合わせて情報を表示しています。上記「セカイカメラ」を始め、LayarやJuanioなどもこの方法をとっています。


Layar


Junaio

ただし、この方法には大きな問題があります。位置情報を取得するためにGPSなどのセンサーを使っている訳ですが、その位置情報の精度の誤差が大きいことがあげられます。また室内などGPS用衛星が見えない場所では、GPS機能を使うことができず、携帯電話の場合は、最寄りの基地局による位置測定になり、非常に精度が悪くなるということもあげられます。
もちろんこの問題をカバーするために、ハード/ソフト両面から技術革新が行われています。GPSの精度に関しては、準天頂衛星システム(QZSS)という、24時間交代制で日本上空に人工衛星を位置させ、それから位置情報を得る、システムの導入がいよいよ来年2010年から始まり、2015年には完成するといわれています。このシステムが完成すれば位置情報の精度は上がり、その誤差は1m程度になるといわれています。
屋内については、iPhoneにもすでに搭載されている「Skyhook」やセカイカメラで使われている「PlaceEngine」のように、無線LAN基地局から位置を割り出す技術が登場しており、かなりの精度で位置情報を得ることができます。ただし、精度をあげるためには、無線LAN基地局を適切に配置する必要があります。

ラグジュアリーブランド「ロエベ」の新作展示会で使われたセカイカメラ。PlaceEngineを使って、バッグの位置とユーザの位置を割り出している。

その他にもLEDなどの光を高速に点滅させてデータ通信を行う「可視光通信」も、大きな可能性を秘めています。普及が予想されるLED照明や信号機、さらにはLEDを使ったディスプレイ全般から位置情報を送信することができ、非常に広い範囲を少ないコストでカバーできることから、精度を劇的に向上させることも可能のように思われます。

2.の画像を解析するタイプは、カメラを通して写った画像を解析し、それに合わせて情報を表示します。位置情報とは違い、センサーを使う必要がないため、たとえばセンサーを持たないゲーム機やデスクトップPCなどでもこのタイプであれば、ARを体験することができます。
この方式には2つのタイプがあります。1つは、特有の印(マーカー)を使って画像を認識させるマーカータイプと、もう1つはそのような印を必要とせず、映し出された画像そのものを解析するマーカーレスタイプです。
マーカータイプは、画像処理によりマーカーを検出し、向きや位置を割り出して、マーカーに合わせて付加情報を合成するという流れになっています。この方法は古くから研究されており、いわゆる「枯れた技術」となっています。オープンソースのARToolkitや後述するFlash移植版のFLARToolkitというようなライブラリを通して、すでに実用化されており、技術の研究段階からどのようなコンテンツをつくるかという流通段階に入っています。


パッケージについたマーカーをカメラにかざすと、それを解析して、その位置にゲームが表示される


PSPのカメラを使って、マーカーを認識させてモンスターを捕まえるゲーム「Invizimals」


枯れている技術とは言え、たとえば描いたマーカーをリアルタイムに認識して、CGモデルを合成する技術など研究も続けられています

一方のマーカレスタイプは、今まさにさまざまな研究が重ねられている手法です。この手法では、画像を認識して、対象物の位置や向きを割り出し、そこに合わせて情報を合成するという流れになります。画像そのものを認識する方法としては、マーカーという認識しやすい印がないため、たとえば顔や手、Tシャツの模様といった形状の特徴を利用したりする方法や、画像中の角や端などの特徴点を抽出し、連続的にその特徴点の位置情報をマッピングしていく方法などが研究されています。
特徴的なマーカーを必要としないため、付加情報を現実に溶け込ませることが簡単で、上述したアニメなどSFの世界により近い手法といえるでしょう。


PTAM(Parallel Tracking and Mapping)という特徴点をマッピングする方法で認識された映像にCGモデルを合成しているデモ
ちなみにこのデモを開発したオクスフォード大学のGeorg Klein氏はマイクロソフトに入社しており、モバイル機器でのARにかかわるようです


金村星日氏開発の「SREngine」。画像とタグを紐付けてデータベースに格納し、そのデータをもとにカメラに写った画像に情報を付加する。

以上のような方法でARは情報を付加しています。現状は位置情報ベースやマーカータイプが主流ですが、将来的にはマーカーレス方式が主流となり、特にマーカーなどを意識することなく、バーチャルな情報が現実世界にシームレスに溶け込んでいくことになるのでしょう。

ウェブでのARの展開

続いてウェブにおけるARの展開を見ていきたいと思います。オープンソースで開発されたマーカータイプのARを実現するライブラリ「ARToolKit」を、Actionscript3に移植した「FLARToolKit」を使うことによって、ARはすでに様々なサイトに取り入れられています。
特にARをサイトに組み込んだ先駆けとなったGEの「Plug Into the Grid」は、ARを使って、情報を付加することはもちろん、それに加えて新しい体験をユーザに届けることができるということを証明してくれました。そして現在では、FLARToolkit以外にも、別途ブラウザにプラグインが必要になるものの、Total ImmersionのD'FusionやmetaioのUnifeyeなどさまざまなライブラリが登場しており、ウェブ上においても、マーカーがプリントされた定型パターンではなく、顔認識を行ったり、特定の画像を認識したりするタイプのものが登場しています。

GE | Plug Into the Smart Grid

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この事例を皮切りにさまざまサイトに利用されています。



The 5 Mixer

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FLARToolkitを使って、複数のマーカーを利用して、トラックをミックスすることができる



MOLSON DRY


D'Fusionをつかって、ロゴシールをマーカーとして利用



Burger King $1 Double Cheese Burger


Flashによる実装(FLARToolkitは使用されていない)。バナー内でAR体験を提供。長方形のもの(たとえば1ドル札など)をマーカーとして利用したり、顔認識も行っている

このように新しい体験をユーザに与えるという意味においては、ARは非常に画期的であるため、積極的にARはウェブサイトに取り入れられています。また今後も増加することは間違いないでしょう。そしてそれを可能にしたFLARToolkitなどのライブラリの功績は忘れてはならないでしょう。


続きは連載後編へ。後編では上でも取り上げた「GE Plug Into Smart Grid」を手掛けたインタラクティブ・エージェンシー North Kingdomへのインタビューなどをお届けします。(※後編は近日公開いたします)

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