すっかり涼しくなりました。芸術の秋の到来ですが、みなさんこの秋はインターネットでも芸術鑑賞してみませんか?



といっても、ネット上ではわざわざ絵画作品を鑑賞しなくても、いろいろなところで画像が貼り付けられています。ではどうしたらただの画像が作品になるのでしょうか。画像を「作品」と感じるために大切なものが絵の外側にもいくつかあるようです。例えばそれはリアルな空間でもそうで、額縁やキャンバスに絵が収まっていると一気に風格がでてきたりします。そして、その額縁を「作品」とするために重要な要素はその外側にあるギャラリーや、さらにギャラリーの外側の街並みであったりします。絵画作品それ自体からから、その置き方や置き場所を切り離して考える事はなかなか難しように感じます。さてインターネットで絵画鑑賞をするときに額縁や、ギャラリーとは一体なにを指すのでしょうか?ブラウザ?それともimg.art_work{ padding:5px; border:solid 2px #000; }とか?どこかで画像と作品を区別させるための額縁のようなものを設定する必要がありそうです。

と、僕が今わざわざ触れなくても、オンライン上ではそういった「絵画・額縁・ギャラリー」という入れ物をめぐってさまざまな作品の置き方が試されています。今回はその種類についてのメモ。

絵画に作者の意図が含まれてるとして、その問いかけ方にはいろいろなパターンがありますが、鑑賞者は絵画とそれ以外のたくさんの要素の中で作品を体験します。それ以外の要素というのは先ほども触れた「額縁」だったり、「ギャラリー」だったり、一緒に見ている、「別の誰か他人の存在」だったり。
この体験者側にある絵には無関係と思われる要素を作品に含めるような形でインスタレーションなどは成立していくけど、それでもまだ作品の外側にはノイズがある。切り離すことはできないしすべてを取り込むこともできないってところ。このノイズ的なものが逆に画像を絵画として認識させる要素になっているともいえます。


たとえばRafael Rozendaalの活動が広く知られている、neen系(マニフェストの日本語訳がありました!)は一つのドメインに一つのアート作品(One piece in a domain)を置くネットアートのムーブメントでした(シンプルでばかばかしさのあるものが多かった)。作品を表示するブラウザを額縁として、ドメイン名を作品名として、そして鑑賞している人々の空間をギャラリーととらえていると考える事ができる絵画的な作品です。


次に紹介するのがFach & Asendorf Gallery。これはドメインベースの作品のように新しいギャラリーの形ではなく、上から下にスクロールしてみていく、ベーシックなウェブサイトのようにも見えます。
しかし、このギャラリーでは、ちゃんと展示会期を設定していて、Opening Exhibition, Upcomming Exhibitionなど、時期によって作品が追加されていく、いわゆる現実のギャラリーのようなやり方で運営がされています。またサイトの右側にある縮小図は、よく美術館で絵画作品の位置を示す地図としてパンフレットに刷られているあれを、ナビゲーションに利用していて、ここにも現実の美術館のメタファーを発見できます。作品、額縁そして、会期という要素をパッケージ化したオンラインギャラリーになるのかな。これ系でさらによかったのがjodiがやっているギャラリーサイトTemporary Stedelijk (7)です、あまりちゃんと読めてないけどオランダのstedelijk 美術館のオンライン展開?なのかな。。



次は「実家VJ」「ヒコヒコマン」の愛称で御馴染みの作家 谷口暁彦さんが運営する3Dギャラリー、GIF 3D。これはギャラリーというか、白い小部屋が一つ用意されたウェブサイトです。ユーザーはURLを入力するだけ簡単にお気に入りの画像を、3D空間に「作品」として配置することができます。ただの画像でしかなかったものが、あっという間に作品に早変わりするという辛辣なアイデアで、誰もがキュレーターになれるウェブサーヴィス風なオンラインギャラリーです。その展示された空間を一人称で閲覧してまわることができ、絵画、額縁(台座)、ホワイトキューブひと部屋、を一つのパッケージとして提案しているものになります。



ちなみに、GIF 3Dのような形式のホワイトキューブ型のギャラリーはいくつか存在していて、例えばAnthony Antonellisによる“Put it on a pedestal (2011)” などもこのタイプにあたります。あるいはJONAS LUNDによるThe Paintshopのように、描いた絵をカンバスに印刷して配送してくれるサービスとギャラリーの中間のような形式のものもあります。



最後になりますが、ギャラリー全体を3D化して、ブラウザ内に設置してしまう方法も、もちろん試みられてきています。
個人的には少し前までは「ネットの中にまた擬似的な箱を作って絵を飾るなんてダサいな~」と思ってたのですが最近では、そんな気持ちも薄れて、実は面白いのではと感じるようになってきました。というのも、近年Web3D技術やブロードバンド化のさらなるの普及によって、陳腐な3D空間ではなく、フォトリアルな3Dオンラインギャラリーが出てくるようになってきたからです。
たとえば barmecidal projects というネットアート界をにぎわした展覧会は、3Dの映像で会場をぐるっ見てまわれるものだったし、昨年大ブームを起こしたMuseum of Meなども自分のFacebookから展示作品を生成してくれるという点で、その一例と言えます。さらに「インターネット アート これから」で水野さんや、僕たちが座談会などで触れたArtie VIERKANTをはじめとする新世代の作家たちは、実空間のギャラリーでの展覧会とTumblrなどに流出する画像をテーマに扱う「Image Objects」という考えを打ち出しました。このようなインターネットと現実空間のあわいをからかうような手法も目に付くようになってきています。


フォトリアル系の本命と呼べそうなサーヴィスとして、最近公開されたexhibbitがあります。Unityを使って、リッチでリアルなギャラリーが構築できるサーヴィスで、誰でも簡単にオンラインエキシビジョンが開催できるというもの。そのプランには有料なものもあって結構ガチです。


ちょっと前までは3Dギャラリーに懐疑的だった僕ですが、よく考えてみると、世の中にはFPSゲームがあるし、一人称のレーシングゲームも昔からある。そこには物理演算によって現実により近い感覚で、体験できるものも少なくない。実際に操作の慣れたプレーヤーは自分の手足のように、FPSのキャラクターを動かすことができます。そのレベルまでいけば、実空間での絵画鑑賞もネット上での絵画鑑賞も体験としてはそんなに違わないのではないでしょうか。たとえばGIF 3Dなどのインターフェイスの手前に拳銃を持った腕が見切れていれば、体験者の一人称性はぐっと上がるのかもしれない。(いわゆるマチエールは再現できないけど、作品の画質・高解像度さは担保できる時代になっているとおもう)
もちろん美術館に拳銃を持って行く人はなかなかいないと思いますが、例えば鉛筆とノートをもっているキャラクターなんかが3Dギャラリー内の一人称として存在していることで、リアリティはまた一つ次へいくのかな。と。


空間を3D化してしまうと味わうことのできない、Webらしいインタラクティブ性をもった作品はたくさんありますが、絵画的な画像作品や、アニメーションGIF、映像作品はexhibbitなどの3D化したギャラリーに配置することでインターネット上での絵画鑑賞の体験の価値を持つような気もします。そうしたデジタル作品が売れるかどうかの問題はまた別…。

「ギャラリー」という言葉を使うと我々はすぐに建物を想像してしまうけど、「作品と置き方の関係」というくらいまで曖昧にして、鑑賞するということについて考えたほうがいいのかもしれないですね。まとまってないがこの辺でおわります。