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3. 対談 -lithospher-

June 3, 2009
Ryuta iida
アーティスト、飯田竜太による連載第三回。

たかなしてつひろ (乍東十四雄)
高梨 樹一 (麺屋中川沼津店、無題)
飯田 竜太  (彫刻家、アーティスト、Nerhol、森)

対談 -lithospher-

乍東十四雄のボーカル、ギターなどをつとめる「たかなしてつひろ」と静岡県沼津市に店を構える、麺屋中川沼津店(無題) 店長、「高梨樹一」の二人を迎え、対談形式で話を伺うことができた。
両者は兄弟であり、後者とは高校時代の同級生ということもあり、今回の話が実現することになった。

はじめに、両者の活動を紹介しよう。

「たかなし てつひろ」

彼は、バンド「乍東十四雄」のボーカル、ギターなどをつとめる。バンドの根幹となる作曲や作詞などを主に担当する。様々な見解があるかとは思うが、自分はこのバンドのブレーン的な存在であると考える。

「乍東十四雄」について

http://satoutoshio.com/

SATOUTOSHIOTUBE
http://www.youtube.com/user/SATOUTOSHIOTUBE

動画1

動画2


次に、「高梨樹一(たかなし しげかず)」について


iida_03_01.jpg
左:たかなし てつひろ、右:高梨樹一
彼は同郷で、高校時代を共に過ごした。彼は、大学在学中よりラーメン屋を志し、様々なところで経験を積み、現在の麺屋中川にて働くようになった。

麺屋中川は現在3店舗で静岡県東部を中心に展開されている。詳しいことは以下。
麺屋中川  http://menya-n.com/

今年から独自の味を探求した「無題」というラーメン屋を週限定で同店の暖簾を借りオープンさせる。
詳しい情報は彼のブログへ。http://sugoizoquruli.jugem.jp/


そんな二人と様々なことについて話を展開させてみたので読んでほしい。

たかなしてつひろ(以下 T)
高梨樹一(以下 S)

1.きっかけについて

T氏S氏共に、共通しているきっかけ部分は、自分に正直でいられるかどうかということにある。

「いけてるから」「もてそうだから」などの感情は、誰にもきっかけにあると思う。初期衝動は常に欲情的なものかもしれないが、衝動はすぐに消え、その本質を探り始める。既に二人はその領域まで進み、自己を客観的に判断していた。
二人に共通していたのは、作業サイド、表装される環境への出し方「どう作るか」に判断材料があることだった。T氏は「グループ作業への固執」「誰かの力を借りないと無理だと思った」と語っていた。S氏は「オフィスワークへの拒否感」と語る。
もちろんこれらの理由だけではない。このような考え方はそれほど特質すべき問題ではなく、むしろ様々な人がきっかけとする事項のように思う。だが二人にとってそれが全ての判断の根幹にある。

T氏には人を引き続ける、人を近づけさせる柔らかい何かを感じる。それはこのきっかけの通り、彼がグルーブ感を大切にしているからかもしれない。またS氏には、少年のような無邪気な面と何にも屈しない頑固な一面がある。これは彼の職業そのもののようにも思える。

きっかけは曖昧かもしれないが、選択は自ずとその人間性や方向性を変える。選択以前の自分は消して消えないが、自己の中で考える自分と、他人がみる自己の考えには大きな差が出る。選択するにいたるにもそこには大きな何かがありその選択に向かわせているはず。ルーツを探るのでは無く、その選択にいたった時の事を知る事は、とても貴重だと感じた。


2.作品制作について



会田誠が、「自分の意見をごりごりおしつける」みたいなことを書いていた事を読んだ気がします。誰しもごりごり押し付けてわからせたいものがあると思う。意見のない人は、問題にぶつかっていないか、問題を無視しているか、問題に気づいていないか。誰にでも何かしらの意見はある。しかしそれを出しすぎるとかえって理解してもらえないことがある。そこが簡単に乗り越えられない「クリエイティブの壁」の部分でもある。何かを人に伝えるとき、そのボーダーのようなものを振り切れたとき、はじめて人に伝わるような何かができると思う。どうやってそれを拭って次のステップに行くのか。作品を制作するうえでの精神状態の揺れがそこに存在しているように思う。


T氏はバンドという「形態」に固執している部分があると語る。バンドの音を守るために、自分を変える。自分が変わればみんな(バンドのメンバー)が変わる(良い方向に)。自分を守るために他人を守る(自分の音を守るために他人であるメンバーの地位を守る)。自己犠牲することで、自分にとって本当に大事な「バンド」を守る。自分=バンドの世界。自分の音を守ることはバンドを守ることと同じ。

しかし、ある関係性に常に悩まされているという。バンドの中のヒエラルキー(格差)。バンドは演奏者であるハード部分と曲を作るソフト部分に分かれる。そのソフト部分とハードの部分が密着した関係性である程、良いものができるように感じていると語った。またその関係性は常に同価値であるとも。

S氏の場合、自分のラーメンと他人のためのラーメンという二つが存在していると語る。

一方は、受け入れられるが需要性の少ないもの。もう一方は、受け入れられ需要性の多いもの。わかりやすく作ることで、受け入れられやすくはなるが、自己の探求する味とは異なったものになる。作りたい味とわかりやすくした味という狭間での葛藤。伝わること=キャッチボールできること。(本当の意味でのキャッチボールの形)。彼の中では、この二つは、化調(化学調味料込みのラーメン)と無化調(化学調味料なしのラーメン)という言葉に置き換わる。多くのラーメン屋が化調ラーメンを提供する現実の中、無化調ラーメンというジャンルも存在し確立していることと、彼の店の立地的な問題(静岡県東部での立ち位置)など。様々に問題は混じり合っている。

守るべきものを守る。自分の意思を信じ決断する。

両者は完全に他分野だが、話していくとその根幹にあるものは同じものを感じる事ができる。そしてその悩みも酷似している。全てではないが、彼らもお互いにそう思ってるかもしれないと感じた。

3. 二人と自分なりに考えた事など


二者と自分、また三者間で共通項を見つけることもできるが、それは意味のないものになってしまう。ここで特筆すべきは、個が大多数に影響を及ぼす場合に発生するエネルギーは、個のまわりを取り囲むほんの少人数の他人によって影響されている事。

これは万人には該当しない見解かもしれないが、その個自体の判断がその他多くを取り巻く力になる。

映画「コア」を見たことがある。かなり駄作の範囲に値する映画だと自分は考えている(電車で潜って行く感じとか、岩石を溶かしながら進むところとか。)が、その中の最後のシーンに、地殻の中心いわゆるコアで、爆発を連鎖的に起こし、その活動を再開するという場面がある。

人間の活動も地殻的な活動に似ているように思う。Lithospherとは流動するマグマの事をさす。※1自分は常にこのような存在でありたいと思う。このような見解が生まれたのは冷えきっている大地もその下方では常に動き続けている何かがあり、それら上方を支えている。全ては相対的に活動し、一つの起爆ではなく、連鎖的にそれらが起こる事で大きな動きや活動が生まれる。

それらには起爆する以前に、何かが存在している事も明らかになる。

彼らは、何かしらのきっかけから、全てを相対的に判断し、選択。そのすべを習得、または習得しようとする行動に出る。そこには完成(クオリティー)という、定規が存在していて、それは常に変化はするが、指針となりその行動や表現、表層を縛る。その定規に左右され行動するものもあり、またその反対もある。

そうして時間の中に何かしらの痕跡を残し進む。
活動は、時間をかけ痕跡になり、またその痕跡が別の次元または空間で共有、思考され次へとつながる。

個に取り巻く少数は、その多くを個にあたえ、連鎖的に活動へと促す。まさにこれは常に自己を取り巻く思考性のlithospherだと考えられるのではないか。

こうして様々な話を相対的に話す事、文章に起こすことも、個を取り巻く少数がまたその少数に働きかけて行く。

今回、このような機会に巡り会えた事に感謝したい。 そして、自分を高めてくれる友を大切にしようと、改めて思う。個の発生は、他人無くしては無い。あらためて感じる事ができた。

※1 lithospher/リソスフェア(wikipedia)

地球物理学的に定義される地殻と上部マントルの両方にまたがる層である。すなわち、モホロビチッチ不連続面の上部と下部の両方を含む。リソスフェアは、その直下のアセノスフェアマントルと比べて粘性、剛性が非常に高い。一般的な言葉では「硬い」と表現できる。プレートと同義。大陸地域では約120km、海洋地域では約100kmの厚さを持つ。すなわち、大陸地域のリソスフェアは75%がマントル、海洋地域では94%がマントルであり、リソスフェアは主として地殻ではなくマントルから形成されているといえる。その意味で、しばしば「リソスフェア・マントル」 (lithospheric mantle) という用語が用いられる。

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