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3. Audible Realitiesの「クール」なiPhoneアプリ

May 22, 2009
Nao Tokui
メタクリエイター・徳井直生によるiPhoneアプリ開発についての連載第3回

前回の連載からあっと言う間に一ヶ月ですね。その間、前回お伝えした起業の件でバタバタする毎日が続いています。ある企業のR&Dのお手伝いでMITメディアラボにも初めて行ってきました。普段ドッグイヤーな生活をしている身としては、10年・20年先を見越した様々な研究に触れ、大きな刺激をもらいました。いずれ何かのかたちでご紹介できればと思っています。

さて、前回は「メディア/機能のかけ算」という切り口で、なぜiPhoneは面白いのかというお話をしました。AppStoreというプラットフォームも含めた、iPhoneの可能性を改めて感じていただけたのではないでしょうか。

今回はお約束通り、私が友人と手がけるAudible Realitiesプロジェクトの実例をご紹介します。

Audible Reaitiesは、私とプログラマの永野哲久(Qosmo Inc.)、サウンドアーティストの城一裕(ニューカッスル大)、聴覚文化研究者の金子智太郎(東京芸大)の4人で結成したアートプロジェクトです。名前のとおり「サウンド」を軸に私たちをとりまく物理世界の「別の側面」への気づきを誘発する、あるいは「ありえたかもしれない現実」を想起させるiPhoneアプリケーションの企画・開発を行っています。これまでに計5つのアプリを公開しているのですが、今回はその中で最近リリースした「オトカメラ」(PhonoCam)を取り上げます。

tokui03_01.jpg

オトカメラ
オトカメラ」は、簡単に言うと、音つきの写真を撮るためのアプリケーションです。Audible Realtiesの中で一番実用的なアプリケーションでしょう。

tokui03_02.png onappstore.png

実際には「録音したサウンドファイルに写真がジャケットとして付加される」アプリと言ったほうがいいのかもしれません。撮った音はPCのiTunesに取り込んでカバーフローで楽しむことができます。音を撮る、写真を録る。音を視て、写真を聴く。そんな不思議なアプリです。

PhonoCam Demo #01 Using iTunes CoverFlow

そもそものアイデアは視覚メディアと聴覚メディアの性質の違いに思いを馳せるところから生まれました。対象に対して外部からある側面を選択的に切り出して提示する視覚に対して、聴覚は対象の中に入って対象を非選択的・包括的に捉えます。双方の感覚/メディアのおもしろさを組み合わせられないだろうか。こうしてオトカメラが生まれました。

具体的には、シャッターを押して写真を撮る直前の数秒間の音が記録されます。繁華街のざわめきや、気のおけない友人とのおしゃべり、吹きすさぶ風の音、波の音。もしかしたら、雪が降りつもった朝の静寂が閉じこめられているかもしれません(雪国に生まれ育った人にしかわからないかな)。鉄道マニアなあなたなら、電車の発車音なんてのもいいですね。

実際には、オトカメラの用途はわれわれが思っている以上に幅広かったようです。子供のギターの練習の記録を取ったり、写真にボイスメモを付けたりと、さまざまな目的で使われている方がいらっしゃいます。iPhotoのスライドショーとビデオの中間のような不思議な映像も。

オトカメラで撮ってみた!Part.2(ついでにImovieで編集してみた!。笑)

いずれにしても、音として伝えられる情報から、人はさまざまな情景を想像します。(上のムービーのお好み焼きがジュージューいっている写真なんか、ソースの匂いまで伝わってきそうです。yummy!) 視覚メディアとしての写真と聴覚メディアとしての音の「かけ算」から生まれる感覚です。動画を見慣れている目には、「動かない動画」はとても新鮮です。一瞬何らかのエラーかなという錯覚すら覚えます。

オトカメラは、カメラのフレームからはみ出て切り捨てられてしまった世界、撮影者の「背後」に広がる世界を写真の中に取り込むととらえることもできます。といっても、Googleストリートビューなどで使われる全方位カメラで撮られる写真とは全く異質な感覚を見る人に与えるはずです。

私は常々Audible Realitiesは「クール(Cool)」なメディアを再提案するプロジェクトだと考えてきました。ここでいうクールは、Cool Japanなどというときのカッコいいとか、クールな男を演出!なんてときの理知的でちょっと冷たい感じとかいう意味ではもちろんありません。

「クールなメディア」、それに対置される「ホット(Hot)なメディア」という考え方は、メディア論の大家マーシャル・マクルーハンに由来します。ホットなメディアとは、情報が高精細度(ハイファイ)で伝えられるメディア、逆にクールなメディアは低精細度(ローファイ)なメディアを指します。ホットであれば、与えられる情報量が多いため受動的に受け取るだけでよいのに対して、クールなメディアの受け手は欠けているものを補うために頭を働かせる必要があります。

以下に、ホット/クールなメディアの例をそれぞれ挙げてみます。この区分はあくまで相対的(例: テレビとラジオを比較するとテレビはよりホット)なものであることに注意してください。

ホット クール
テレビ ラジオ
活字 話し言葉
写真 マンガ
電話 チャット
PlayStation 3 ファミコン

(マクルーハンとホット/クールメディアについてはテレンス-ゴードン著 「マクルーハン」(ちくま学芸文庫)を参考にしました。難解なマクルーハンの理論が絵入りで分かりやすくまとまってます)

もうおわかりかと思いますが、上記の全方位カメラの写真はホットなメディア、オトカメラの写真はクールなメディアです。

これまでメディアの歴史は、テクノロジーの進化とともによりホットへホットへと流れてきています。現代も例外ではありません。電器屋の店先にところ狭しと並べられる大型テレビや実写とみまごうばかりのCGを売りにするゲーム機などはその象徴とも言えます。果たして、わたしたちの生活にこれ以上ホットなメディアが必要なのでしょうか。もちろん、ホットなメディアでのみ表現されることがあるのはよく分かっています(全方位カメラといえば、この波/チューブの映像にはやられました。Flashでぐりぐり視点を動かせます。これは音では体験できない領域ですね。)。しかし、メディアの時代、情報過多な時代に生きる私たちは、ホットなメディアに囲まれる生活に疲れてはしないでしょうか。

ケータイのメールやTwitterなどの流行はクールなメディアが現在も必要とされていることを示していると考えることができるでしょう(これらも使い方によってはホットになりそうですが...)。YouTubeでみる手作り感たっぷりの粗い動画が面白かったり、ファミコンの8bitゲームに夢中になったりする経験は、メディア体験の豊かさと情報量の多さ・精細度の高さは相関関係にないことを教えてくれます。

こうした「メディア温暖化問題」に対するアンチテーゼを投げかけることが、Audible Realities、そして私の会社Qosmoの存在意義の一つだと考えています。現在におけるクールなメディアの持つ意味について、次回以降も引き続き掘り下げて考えていきたいと思います。

オトカメラの実装は永野が担当しました。AIFFファイルのヘッダにジャケットの情報を書き込む方法をハッキングするために、Hexエディタとかなり格闘したようです。おつかれ! 他のAudible Realitiesのアプリについては、ウェブサイト (http://audibles.jp)をご覧ください。

サイトをみれば一目瞭然なのですが、我々のアプリはインタフェースの(見た目の)デザインやプロモーションはどうしてもおざなりになってしまっている感はいなめません。そういう意味でiPhoneアプリ開発のお手本とは言いかねる部分も正直あります。もちろん見た目が大事ではないと言うつもりは全くありません(実際、Audiblesと私の会社Qosmoではグラフィックのできる方を募集してます。われこそはと思う方は、ぜひご一報ください。)。「コンセプトをかたちにすること」を重視したいというスタンスは今後も変わらないのですが、見た目がよくないと中身の良さも伝わらないという当たり前のことを今更ながら痛感している次第です。

クールを気取るのもいいですがほどほどに、といったところでしょうか。男は中身で勝負!といっても、世の女性はなかなか振り向いてくれないですしね。

いよいよ来月上旬にはApple Worldwide Developer Conference(WWDC)が開催されます。iPhone OSの一年ぶりのメジャーアップデート iPhone OS 3.0の正式発表などが予定されています。iPod機能へのアクセスなど見逃せないポイントが満載、といった感じになりそうです。リリースされる3.0には最終的にどのような機能が追加されることになるのでしょうか。私自身、今年も初夏のサンフランシスコに飛んで世界中から集まるiPhone開発者たちの熱気に触れてきます。3.0の要点もWWDCのレポートを絡めてご紹介したいと思っています。お楽しみに!


告知

tokui03_yumemiru.jpg 先日、「ユメみるiPhone-クリエイターのためのiPhoneプログラミング入門」を出版しました。初回にご紹介した「iPhone×Music」に続く二冊目の本ということになります。

「iPhone×Music」がiPhoneというレンズを通して眺める音楽の未来を語るのがテーマで、おはなし的な内容だったのに対して、今度はiPhoneアプリケーションを作りたいと考えている方に向けたiPhoneプログラミングの入門書という位置づけになります。とはいえ、表紙のイラストからも分かるようにかなり変化球的な入門書なのかもしれません。

特にプログラミングの知識がなくても、「簡単に」「短いコードで」「面白い」アプリを作れるように、細心の注意を払って構成しました。「クリエイターのための」との副題にもあるように、FlashやMax/MSPなどとの連携でつかえるネットワークプログラミングなどについても触れています。逆に一般的なテーブルなどのインタフェースに関する記述は一切ありません。開発キットに関する網羅的な情報が欲しい方は他の本にあたられるといいかと思います。

本連載で書いているようなiPhoneアプリ開発における発想のエッセンスも随所にちりばめたつもりです。iPhoneアプリ開発を始める最初のキッカケとして、みなさんのお役に立てればうれしいです。

本の詳細、ページのサンプルなどはこちらをご参照ください。
http://www.sonasphere.com/books/dreaming_iphone/

Information

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