世田谷区上野毛に門をかまえる多摩美術大学造形表現学部は、日本で唯一、芸術およびデザインの教育を夜間に行う美術大学として知られている。都内という立地ゆえ、現役デザイナーやクリエイターが非常勤講師として現場感ある授業を持つという特徴もある。
造形表現学部デザイン学科ではアートディレクター/デザイナーの千原航さんを非常勤講師として迎え『妄想』というユニークな授業が2007年から行われている。
昨年は多くのデザイナーや、編集者、ライターなどが授業参観に足を運び、雑誌やwebマガジンに取り上げられたことで話題となった。その影響でフランスから取材陣が訪れるなど国内外で注目を浴びている『妄想』授業は今年で3年目となる。その実態をこの目で確かめるべく、一参観者として参加してきた。
多摩美術大学造形表現学部
http://www.kaminoge-design.tamabi.ac.jp/
造形表現学部デザイン学科 2008年度・優秀作品
http://www.kaminoge-design.tamabi.ac.jp/campus/sakuhin/2008/
造形表現学部デザイン学科 2007年度・優秀作品
http://www.kaminoge-design.tamabi.ac.jp/campus/sakuhin/2007/
千原航
http://www.kohchihara.com/
学生によるプレゼン風景
『妄想』授業は3年次のDCデザイン演習IIの課目として位置づけられ、学生たちは事前に与えられた複数の課題メニューの中から気に入った1課題を選び、1ヶ月半という短い期間で制作を行う。
具体的には「隣に住んでいる人の名刺、表札、印鑑、年賀状をデザインする」、「行ったことのない国で発行されてる本をつくる」といった課題が出題される。課題は毎年学生の傾向を吟味してマイナーチェンジされ、今年は「イラストレーション」「ブックデザイン」「タイポグラフィ」「アニメーション」「広告」の5ジャンルから計 10課題が出題された。
このように、個人の記憶を素材として制作せざるを得ない課題を出し、独自の解釈をデザインや表現に落とし込むという訓練を通して、自分の体験や発想に自信をつけていくこと、またそのズレを認識していくことを目的としている。
同授業参観はその最終講評会。以下、印象的だった作品を、課題文と、千原さんからの講評コメントと共に、幾つかご紹介
「中国Funk本」 by 佐々木桂
佐々木桂さんはこの課題に対し、文化規制の厳しかったころの中国を妄想により設定し、一冊のFunk音楽雑誌を作り上げた。本の内容は、ジェームス・ブラウンによってFunkが中国に伝えられた、当時の中国の代表的なFunkミュージシャンを紹介するというもの。
彼のこだわりはまず、プレゼンテーションを始める前に、赤い星マークのついた緑色の帽子をかぶるところから見られ、プレゼンの口調もどこか片言。そして、本のデザインはもちろん、紙の色や紙質も選び抜かれており、本の内容の詳細な設定まで見事であった。
【千原さんの佐々木さんへのコメント】
「設定も細かく、質感にもこだわっていて楽しい。しかし肝心の〈中国の〉〈ファンク〉という発明/妄想部分こそオリジナリティの出る部分なので、もっと過剰に表現してもよかったのでは?」
「紙をつかった影文字」 by 加藤崇亮
紙を折ったり、しわをつけることで、その陰影を文字の形として欧文タイポグラフィーを作り上げた加藤崇亮さん。折り目やしわというところで繊細な作品に感じるが、くっきりした陰影がスタイリッシュでシャープな印象もあたえる。
上の画像はプレゼン四日前に加藤くんが提出したという途中経過。「可読性は必須。用紙と光源を統一してやり直し」という千原さんのアドバイスを受けてブラッシュアップした。
これは建物のサインを想定した一使用例。上手くコンクリート壁に馴染んだ形に落とし込まれている。
【千原さんの加藤さんへのコメント】
「短い時間で強いものができたと思う。〈結局グリグリと紙に文字を書いてるだけ〉にみえる部分があるので、自然な紙の折り方とその影によって文字が見えてくるようにもっと気を使って欲しい。使用用途は単なる〈かっこよさげ〉に寄りかからないように慎重に。」
「ふわりんCM」 by 杉野杏奈
おそらく、この日一番参観会場を沸かせたのがこの作品、杉野杏奈さんによる「ふわりんCM」三本立て。かつて好きでよく食べていたという、カバヤから発売されていたお菓子「ふわりん」を題材にし、その「ふわりん」のキャラクターであるピンク色の羽がはえた生き物をフォーカス。限られた情報からキャラクターの設定などを妄想し、アニメーションによるテレビCMを仕上げた。
CMは「サラリーマン編」、「こども編」、「嫁姑編」の三部構成。大人もこどもも「ふわりん」をひとたび口にすれば、心も体も軽くなってしまう、そんな、ヘタウマ調の絵が特徴的なゆるふわCMである。
最後の「嫁姑編」では、ふわりんを食べた姑が空に消えてしまうという不謹慎なオチに、笑いをこらえる人も。完成度の低さを感じさせる節もあるが、確かに鑑賞者の心を掴むような作品だった。
【千原さんの杉野さんへのコメント】
「味や食感は二の次で、癒し系で現実的なふわりんの設定がおかしい。〈何かを変えてくれるお菓子〉というCMは危険なかんじもあるが、是非カバヤにプレゼンし再発運動をして欲しい。」
「カエルが部屋を徘徊するアニメーション」 by 武井悠生
- <
従来のマルチメディアによる「画面」の概念にとらわれてしまっている現代人には、少々難題に感じるこの課題の意図をきちんと踏襲し、秀逸なアイデアで新しい「再生方法」を提示してみせた、武井悠生さんによる「カエルが部屋を徘徊するアニメーション」を最後に紹介したい。
この作品は、まずコマ撮りアニメによって作られた動くカエルのアニメーションを作成し、その映像をプロジェクターで部屋のいたるところに移動させながら投影することで、カエルが部屋を徘徊する様子を表現している。
部屋にある小物などにカエルが反応を示したり、壁への投影角度を垂直にせず映像を歪ませるなど、随所に見せ方の工夫が凝らされていた。それにともなう、哀愁漂うストーリーもしっかりと組み立てられており、千原さんも思わず感心。
【千原さんの武井さんへのコメント】
「たくさんの下準備と試行錯誤があるはずだが、それを感じさせないバランスある仕上がりになっているのが素晴しい。投影される映像と実物の差、つまり再撮影により融合する映像がもう少しハッキリ認識できると尚良いが、確かに照明の調節は難しそう...。」
以上紹介した4作品は、課題の意図を理解してチャレンジした完成度の高い作品ばかりだが、もちろん中には残念な作品も多数あった。しかし、妄想によって生み出された作品は、どれも、ハッと何かを気づかされるような瞬間があり、一個人の脳の中をのぞき見るような、普段あまり感じることのできない新鮮な体験だった。
今回紹介した4作品を含む今年の優秀作品は、多摩美術大学造形表現学部デザイン学科のwebで公開予定とのこと。昨年と一昨年の作品は上記「造形表現学部デザイン学科 優秀作品」ページで見ることができる。
興味を持った方はチェックしてみてはいかがだろうか?
Text by Takahiro Yamaguchi