2015年9月3日から5日間の日程で開催された、2015年のアルスエレクトロニカフェスティバルが閉幕しました。
ここ数年、アートのもつクリエイティビティを社会の中でどう活かしていくか、という方向へ大きく変化してきたアルスエレクトロニカのステートメントが、はっきりと輪郭を得た年になったように感じます。
今年もフューチャーラボのアーティストである小川秀明さんへのインタビューを中心に、前編後編の2回に分けて、その流れをたどってみたいと思います。
前編のインタビュー本編に続き、後編では過去の小川さんのインタビューも振り返りながら、今年のフェスティバルの背景について考えます。
Article by Haruma Kikuchi (UNIBA INC.)
Images from Ars Electronica
「アートシンキング」を社会の力に
2015年のフェスティバルは、それを目にした多くの人にとって、現在のアルスエレクトロニカの目指す方向がよりはっきりと実感できる機会になったかも知れません。小川秀明さんが2014年のインタビューで語っていたひと言に、その方向性が端的に表現されているように思います。
「アートが刹那的な飾りやエンタテイメントでなく、未来を切り開くための力であることを実践してゆく」
ー 2014年9月9日 CBCNET内記事 : 小川秀明 インタビュー 前編
アートのもつクリエイティビティを社会の中でどう活かしていくか、というテーマは、「アート・テクノロジー・社会」を志向するアルスエレクトロニカにとって、重要な位置を占めるものです。特にここ数年、アートの領域以外のパートナーと積極的に協力関係を築いたり、フェスティバル全体のテーマとして社会性を強調するなど、いっそう力を入れてきているように見えます。
そして、アルスエレクトロニカが外部を志向して、サイエンス(科学)やインダストリー(産業)とより深い関係を持っていく中で、自身の価値を「アートシンキング」にあると自覚していくプロセスがありました。2014年のインタビューで、小川さんがその言葉との出会いを紹介しています。
「アートシンキングは、『現在』というよりは『未来』のためのものと考えています。そもそも、自分たちは何をしているのか。世界、社会は今後どうなってゆくのか。そして、そもそも『人』は一体何を考えているか。」
ー 2014年9月9日 CBCNET内記事 : 小川秀明 インタビュー 前編
「アートシンキング」は、私たち自身が誰で、どこにいるのかを問いかける、アートのもつ力の重要な側面です。その力が、社会の現在地について言及し続けるアルスエレクトロニカの取り組みを支えてきました。
そして社会(人類?)にとって未知の課題をとらえ、解決を目指すためにはアートシンキングが必要だ、というのがアルスエレクトロニカのスタンスです。アートのもつ問いかける力と、社会を建設する実践とが一緒になってはじめて可能になることがある。アルスエレクトロニカが産業の中にコラボレーション相手を求める理由はそこにあるのでしょう。
その戦略は、アートとインダストリーの互いに異なる発想法を合わせることによって、価値を生み出そうというものです。「アートシンキング」と、社会を実際に形づくる力(「デザインシンキング」)を結ぶ軸の上に、アルスエレクトロニカと企業との共同プロジェクトをイメージすることができるでしょう。
なにより「アートに触発された企業が形づくる未来」というヴィジョンが、現在のアルスエレクトロニカを動かしているように見えます。それは、人間の創造性に信頼と期待を寄せる、素晴らしくスリリングで、楽しげな未来についての提案だと思います。
アートとインダストリーの橋渡し
社会を「実装」している主役が企業だとすれば、企業の思い描くヴィジョンが、未来の社会を直接形づくることになる。アルスエレクトロニカは、そこにインスピレーションを与える存在になろうとしているように見えます。企業に対して思考のフレームやインスピレーションを提供することで、アートとインダストリーが相互補完的な関係をつくっていく戦略です。
2015年のフェスティバルに登場したメルセデスと博報堂は、その戦略に共感したアートとインダストリーの越境者たちと言えるでしょう。
メルセデスとのコラボレーションは、2014年に開始しています。今年はその成果として同社のオートノマス・ビークル(自動運転車)のコンセプトカー「F015」が、コミュニケーションの問題に焦点を当てる存在として、未来のモビリティ(移動)というテーマ展示に加わりました。
Ars Electronica FuturelabのMartina Mara氏のプレゼンテーションによれば、メルセデスはオートノマス・ビークルのコミュニケーション上の課題を、「車と搭乗者」「車と環境」「車と他の移動体(自転車や歩行者など)」の3つ関係に分類し、それぞれ研究していると説明しています。
例えば、歩行者に対してこれから静止して道を譲る意志があることを、人間の運転者が乗る車であればジェスチャーやアイコンタクトで伝えることができます。しかし、オートノマス・ビークルがそれらを伝えるための「言語」は、現在の交通マナーの中にはまだ存在しません。あるいは、人が手のひらを前に突き出す「止まれ」のジェスチャーに機械が反応するだろう、という期待(交通社会における規範)は、まだ確立していません。
2012年からFuture Labによって開発が続けられている、Spaxels(スペクセルズ)という群体クアドロコプターとその関連技術が、メルセデスとのコラボレーションにおいて重要な役割を果たしています。Spaxelsはタンジブルインターフェイスの流れを汲む、ビットとアトム(情報空間と物理空間)のあいだを新しい方法でつなぐメディアとして研究が続けられてきました。物理世界のフィードバックを情報空間へ返すという操作や、その反対のことを、数十機のクアドロコプターが群体飛行によって空中で実現します。
そのFuture Labの技術が、オートノマスが社会に登場する様子をシミュレートし、検討するために活用されています。
今年のフェスティバルで行われたFuture Labのデモンストレーションでは、地上走行するタイプの(より現実の都市を走る自動車に近い)新しいオートノマスマシン「Shared Space Bots」が紹介されました。複数のマシンが互いの状況を認識しながら、それぞれの目的に応じて走行し、未来の交通環境をシミュレートします。
注目すべきなのは、これらが実際に走行するマシンとして実装されることで、「人」と「オートノマス」のあいだでインタラクションを行う環境全体をシミュレートできるようになる、という点です。オートノマスが「交通状況を把握」して「人にシグナルを送り」、そのことによって「マシンが人に道を譲ることができる環境」を実現する。その新しい規範の開発に、タンジブル・インターフェイスが応用されています。
日本で新しく規制の対象になったドローンの問題は、ドローンとその周辺環境のあいだにコミュニケーションを行う成熟した言語がないために、飛行自体を制限せざるを得なかったという面があります。ドローンの可能性をひらくためには、危険を減らし、ドローンが社会に受け入れられるための準備を進めていくしかありません。
メルセデスは、自社の製品が将来の交通規範に受け入れられるようにするための準備を、自ら進めようとしています。そして、その研究に最も適したパートナーとして、アルスエレクトロニカを選んだのでしょう。
未来を生きるのための「キット」開発
私たちがさまざまな新しい難局に出会ったとき、それを柔軟に解きほぐし、受け入れていくために頼れるものは何なのか。それを生み出すためのアルスエレクトロニカの取り組みは、日本の博報堂をパートナーに展開してきています。
博報堂とアルスエレクトロニカのコラボレーションは、2013年の「Future Rock Show」という実験的なプログラムに始まり、現在まで「Future Innovators Summit」と名前を変えながら継続してきています。また2014年には「FUTURE CATALYSTS」というアルスエレクトロニカと博報堂の継続的なパートナーシップも発表されました。アルスエレクトロニカのもつ資産を活かしながら、日本の企業や地域とともにイノベーションを起こしていくためのコラボレーションです。
※Future Rock Show、Future Innovators Summitについては、2013年、2014年の記事を参照
2013
CBCNET内記事 : Ars Electronica Festival 2013 「The Future Rock Show」レポート & 小川秀明氏インタビュー
2014
CBCNET内記事 : 小川秀明 インタビュー 前編
CBCNET内記事 : 小川秀明 インタビュー 後編
※プレスリリース 博報堂、世界的なクリエイティブ機関「アルスエレクトロニカ」と提携
この一連の取り組みの最初期から、未来をつくるには「問いかけ」が重要になるというテーマが一貫しています。
Future Innovators Summitの重要性は、3年のうちにほぼフェスティバルのミッションと重なり合うまでに大きくなりました。2015年のFuture Innovators Summitは「Post City Kit」というフェスティバルと同じテーマを冠し、未来を生きるための「Kit」を開発しようというゴールを設定して実施されています。
「Kit」を開発しようという今年の提案は、ここ数年をかけてたどり着いた、未来を生きる方法のデザインの、ひとつの到達点なのではないかと思います。重要な点は、「Kit」というあり方それ自体が、繰り返し活用できるフレームとしてデザインされていることです。未知の課題に対応するために「Kit」を活用しながら生きていく、という振る舞い方のモデルとして提案されている。そして、そのモデルに対して「Interface」でも「Solution」でも「System」でもなく、「Kit」という呼び名を採用することで、いくつかのイメージを避けようとしているように見えます。
例えば「Interface」をモデルにして人と街(人々が住む場所)を考えると、街と人の「あいだにある何か」を作っていくというイメージが強くなる。あるいは、「System」をモデルにすると、人が何か「大きな全体」に属していて、その全体を最適化していくイメージになる。一方「Kit」では、人が主役として、課題に取り組む最前線に出ていくことになる。「Kit」は誰かに所有されなくてはいけない、だから個人がその主体として前面に出てくるというイメージです。
ひとりひとりが新しい課題に直面しても前進できる判断力と実践力を持ち、多くの人たちの力を合わせることで大きな課題を解消していくイメージが、「Kit」という呼び名に込められているように感じます。
小川さんのインタビューで重要なキーワードとしてたびたび登場する「触媒(カタリスト)的なアート」という在り方が、このモデルをデザインするに至る背景として重要でしょう。まず人がいて、人と人をつなぐもの(触媒=カタリスト)がある、という世界のありようは、個人が持つ小さなツール群が、ひとりひとりを行動に導き、新しい状況を皆で受け入れていくための力になる、というヴィジョンでもあるように思います。
2011年の時点で、小川さんがカタリストについて語っています。
「僕流に言うともう『メディアアート』ではなくて、もしかしたらメディアラボでもなくて、『カタリストラボ=触媒研究所』ってことを最近考えています。 間違えて、大爆発おこしちゃう事もあるかもしれないけど(笑)。」
ー 2011年9月 Interview with Hideaki Ogawa @ Ars Electronica Festival 2011, Linz
アート作品が、どんな新しい世界を見せ、その世界とどう対話していこうとしているのか。特にメディアアートは、新しい「技術的な事態」によって私たち自身が変化していくことを示してきたように思います。その意味で、メディアと人との関係に焦点が当てられてきました。そして、メディアアートが、モノと人のあいだ(インターフェイス)について語り尽くしてしまった時点がある。2011年のインタビューはその飽和感が背景にありました。
モノと人のあいだを問題にする「インターフェイス」ではなく、人と人のあいだを問題にする「カタリスト」として取り組もうとしたとき、人や課題を一般化せずに、個別の事態を扱うことが重要になってきます。カタリストは、具体的な人と人のあいだにこそ、何かを起こさなくてはならないからです。人とテクノロジーを対立的に捉えるのではなく、人とテクノロジーが溶け合った中で全体が機能することを目指したときに、新しいモデルである「Kit」への道のりが始まったのではないでしょうか。
「カタリスト」の活躍する世界は、そこに暮らすひとりひとりが、自分自身の「Kit」を持つことによって、主役となって社会を形成していく世界でしょう。その「Kit」は、取り組む課題や、人の個性によって、さまざまなバリエーションを持たざるを得ないし、そうであったほうが良い。その意味で、インターフェイスよりも、「Kit」がより有効になってきます。
メルセデスと博報堂のケースはその始まりであり、今後、より多くの課題にフォーカスが当たっていくことになるのでしょう。社会が自らの変化を受け入れるときに、必ず葛藤が起こる、その乗り越えのために、アートの力を応用しようというアルスエレクトロニカの取り組みは、企業だけでなく国連や政府などもパートナーにしながら、広がっていくはずです。そのありようそのものが、いまの時代にカタリスト的な状況をつくりだすカタリストのように見えます。
そのプロセスのただ中で活動をしてきた小川さんは、今後半年間、博報堂との共同事業である「FUTURE CATALYSTS」に注力し、今年のアルスエレクトロニカで起こったことを日本でも実践に移していきたいと語っています。引き続き注目したいと思います。
Profile
UNIBA INC.
ユニバ株式会社は、”さわれるインターネット(Embodied Virtuality)”の会社です。
インターネットとコンピュータを、道具ではなく、見て、触れて、遊びたおすためのメディアととらえています。
メディアアートとオープンテクノロジに根ざすプロダクションとして、その楽しさを追求しながら、ブランディング、キャンペーン、プロモーションの制作をしています。
http://uniba.jp/