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視線を通じて世界と繋がる YCAM LabACT vol.1「The EyeWriter」レポート

November 17, 2011(Thu)|



山口情報芸術センター[YCAM]にて、視線による描画装置「The EyeWriter」を体験できる展覧会が開催されている。
本展覧会では、「The EyeWriter」プロジェクトの全容を紹介するとともに、エキソニモとセミトラによる、そのシステムを応用した新作インスタレーションを体験できる。また関連イベントとしてシンポジム「The EyeWriterをめぐってー開発と共有の先に見えるもの」とオリジナルワークショップ「Eye2Eye(アイ・トゥ・アイ)」も開催された。

今回は実際に展示とワークショップへ参加してきたので、その模様をお届けしたい。


YCAMの展覧会シリーズ「LabACT(ラボ・アクト)」ではメディアアートの技術的な側面に着目し、科学とアートの対話が生み出す創造性について、社会的な意義を含む幅広い視点から紹介していくプロジェクトで、今回の企画が第一回目となる。

※今回のLabACT Vol.1の展示は12月25日まで開催されおり、また次回のLabACT Vol.2は12月4日からスタートするので、その期間は両方が体験できる期間となっている。LabACT Vol.2の詳細は最後に


「The EyeWriter」はALS(筋萎縮性側索硬化症)で体が麻痺したアメリカのグラフィティアーティストTempt1が「再び絵を描けるように」という願いをきっかけに、2010年に始まったプロジェクト。アーティストやエンジニアをはじめ、世界各地の多くの参加者によって、オープンソースソフトウェアと手軽なデバイスによる、目の動きだけで絵を描く装置が開発され、現在も改良が進められている。

プロジェクトメンバーにはプログラミング言語C++をベースにしたフレームワーク「openFrameworks」の開発者であるザック・リーバーマン、テオ・ワトソン、クリス・サグリュのほか、Free Art and Technology (FAT)やGraffiti Research Labの活動などでも知られるエヴァン・ロス、ジェームズ・パウダリーが参加している。

昨年、アルス・エレクトロニカにてゴールデン・ニカ賞を受賞し、今年の文化庁メディア芸術祭でも展示をされていた。
以下はEyeWriterプロジェクトの紹介ビデオ。


CBCNETでも以前何回か紹介しているので合わせてご覧頂きたい。 (CBCNET内の記事はこちら


シンポジウムでは、阿部一直(YCAM)、伊藤隆之(YCAM InterLab)をモデレーターに、ザック・リーバーマン、エキソニモ、セミトラによるプレゼンテーションと、安藤英由樹(大阪大学工学部准教授)を交えたディスカッションが行われた。

ザック・リーバーマン

病のため体の自由を失ってしまったグラフィティライターTempt1のために、目の動きだけで絵を描くシステムを開発できないかという経緯で始まったこのプロジェクト。商用の視線認識システムは既にあったが、高額なうえ、機能も限定されていた。それに比べ、EyeWriterはオープンソースなので、やる気があれば、安価な材料で誰でも開発可能。

また今回の展覧会は、YCAMの伊藤氏が1年間ザックのもとで研究していた時、EyeWriterの改良に携わっていた経緯などがあり実現した。最初のバージョンではカメラが付いている眼鏡を装着する必要があったが、EyeWriter 2.0では赤外線カメラを利用することにより眼鏡は必要なくなり、より自由度が増している。



EyeWriterの仕組みとしては赤外線カメラが2つ前方に設置されており、そのカメラで瞳孔の位置をリアルタイムに検出する。まず体験する上で大事になるのが瞳孔の検出とその位置を調整するキャリブレーションだ。個人差によって綺麗に検出できるときとそうでないときもあるうようだが、数回やっているうちに慣れてきて、システムの調整はさほど難しいものではなかった。


今回は展示ではこのシステムを使いエキソニモとセミトラによる新作インスタレーションが展示された。

エキソニモ 「EyeWalker(アイウォーカー) 」 






館内の様々な場所にモニターとカメラが設置されている
エキソニモによる「Eye Walker」は、視線の動きによって、視覚の跳躍を体験することができる作品。YCAMの至る所にモニタとカメラが設置されていており、モニタには館内の様子が映っている。体験者はブースの中で館内の様子が映っている映像を見るのだが、画面中のモニタを凝視すると、それがクローズアップされ、そのモニタの内の映像に切り替わる。つまり、モニタからモニタに渡り歩いて(館内を探索するような)構造になっている。そして、次第にモニタ以外のものにもクローズアップしていき、予想不可能な展開となっていく。

エキソニモによるシンポジウムでの言葉を借りれば、「モニタの中のモニタを見ると そのモニタの映像がこのモニタの映像になる。」ということだ。

完成したばかりで、まだうまく整理できていないということだったが、この作品の背景には「自分のいる世界、モニタの中の世界、移動する事、移動しない事、フィクション、ノンフィクション」といった興味深いキーワードがでてきた。



最初は、例えばテレビを見ると映像がつくとか、噴水を見ると水がでるというような、魔法のようにみえる作品案もあったらしいが、EyeWriterシステムには間に必ずモニタが必要で、モニタを通してしか向こう側の世界を見る事はできない。自分が見ているのはモニタであって、存在するのはモニタを見ている自分だけ、という事実にクローズアップしたことで出来た作品だという。

EyeWriterは『選ぶ』という行為のインターフェイスの役割を担っているが、同時に視線は当然『見る』ことが本来の機能である。その『見る』と『選ぶ』の間を行ったり来たりさせる、中間地点にある違和感、心地悪さを体感できるエキソニモらしい作品となっていた。

セミトラ 「eyeFont(アイフォント) 」 




セミトラは2009年にYCAMにて「tFont/fTime」展を開催しているが、今回の作品も「eyeFont」と題されたフォントプロジェクト。(展示レポート


体験者が描いた軌跡でフォントが構成されていく
EyeWriterシステムによって、任意のアルファベットを描くのだが、オリジナルのEyeWriterはポイントを打って線を描いていくのに対して、セミトラの作品では視線の位置がそのまま線として描かれていく仕様になっている。これがなかなか難しく、最初はとんでもない方向にポインターがどんどん移動していってしまう。

描かれた文字は、軌跡の情報とともにサーバ上にアーカイヴされ、即時に専用Webサイトで閲覧できるようになっており、画像としてダウンロードも可能。
また、エキソニモによって作られたwebサービスWearable Webよって、Tシャツにできるという機能もついている。

一見、EyeWriterそのままの機能のようだが、視線で文字を書くという非日常的な行為は、大人でも子供でも修練の差がなく、膨大な量の軌跡から何が見えてくるのかという観点から作られている作品でもある。

http://eyefont.semitra.com/


(左) ガイドとなる枠に沿って描いていき、視点を少し止めることで次の文字へ遷移していく。
なるべく描きやすくするため細かい調整があったという。
(右) Wearable Webを使ってTシャツ化できる。Tシャツ化するとグラフィカルな作品にも見えてくる。




YCAMオリジナルワークショップ「Eye2Eye(アイ・トゥ・アイ)」



YCAMではワークショップなどの教育プログラムにも力をいれており、今回はじめて参加することができた。今回のワークショップでは、EyeWriterのシステムを使い、視線というものを再認識するプログラムとなっていた。


ライトの方向を視線で操作
photo by zach lieberman
7台のEyeWriterシステムがシンクロし、体験者の視線が一つのスクリーンで共有されたり、大型プロジェクターを使ったゲームなど、充実した内容はYCAMの熱心な取り組みと設備/技術力のクオリティーの高さを感じられる機会となった。
(※12月4日に同ワークショップの最終回が開催されます)


7名の視線を同時に共有する、それぞれの視線が自分のポートレイト写真になったりも。この視線を共有する感覚はとても新鮮なものであった。
photo by zach lieberman


最後となるが、「EyeWriter」というプロジェクトは、昨年多くのアート関連の賞を獲得するなど、それ自体が作品として大きな評価を得たものだ。今回はそれを「ツール」として新たなアーティストが利用して、作品に落とし込んでいる。それを体験したとき、この作品をどう捉えたら良いのか困っている自分がいた。

更にはワークショップなど多面的にそのコンセプトを掘り下げ、「科学とアートの対話が生み出す創造性」について探求している企画となっており、既存の「メディア・アート」という解釈では収まらないアプローチを感じることができる展覧会であった。

展示は12月25日まで開催されているので、ぜひ機会があれば足を運んでほしい。

text by Yosuke Kurita
photo by cbcnet
assistance byTadahi





視線を通じて世界と繋がる。― 視線入力技術
LabACT vol.1「The EyeWriter」

http://www.ycam.jp/art/2011/03/labact-vol1-the-eyewriter.html
CBCNET内展覧会概要:http://www.cbc-net.com/event/2011/09/ycam_the_eyewriter/
日付/時間 :2011-10-01(土)-2011-12-25(日)10:00-20:00(作品体験は11:00-17:00)
場所 :ホワイエ /
料金 :入場無料
出展作家:The EyeWriter 開発チーム(ザック・リーバーマン、エヴァン・ロス、ジェームズ・パウダリー、テオ・ワトソン、クリス・サグリュ、TEMPT1)、エキソニモ、セミトラ





アーティストプロフィール


The EyeWriter 開発チーム
アーティストやデザイナー、プログラマーとして活躍する6人の初期メンバーを中心に活動。メディアアーティストであり、プログラミング言語C++をベースにしたフレームワーク「openFrameworks」の開発者であるザック・リーバーマン、テオ・ワトソン、クリス・サグリュのほか、Free Art and Technology (FAT)やGraffiti Research Labのメンバーとして活躍するエヴァン・ロス、ジェームズ・パウダリーが参加。それぞれに、アルス・エレクトロニカFuture lab(リンツ)やEyebeam(ニューヨーク)などのメディアアートを専門とする施設にも所属。同メンバーのグラフィティライター、TEMPT1(テンプト・ワン)は、雑誌の発行人や活動家としても活躍し、「The EyeWriter」によって、グラフィティライターとしての創作を再開している。
http://www.eyewriter.org/

エキソニモ|exonemo
怒りと笑いとテキストエディタを駆使し、様々なメディアにハッキングの感覚で挑むアートユニット。1996年、千房けん輔と赤岩やえでウェブ上で活動を開始。2000年よりインスタレーション、ソフトウェア、デバイス、パフォーマンス、イベントプロデュースなど幅広い活動を展開。デジタルとアナログ、ネットワーク世界と実世界を柔軟に横断しながら、テクノロジーとユーザーの関係性を露にする、ユーモア溢れる切り口と新しい視点を携えた実験的なプロジェクトを手掛ける。2006年には「The Road Movie」で、アルス・エレクトロニカネット・ヴィジョン部門でゴールデン・ニカ賞受賞。2010年には、「ANTIBOT T-SHIRTS」で、東京TDC賞RGB賞受賞。YCAMでは、2006年に個展を開催するほか、多数の作品を展示している。
http://exonemo.com/

セミトラ|Semitra
ネットワークとリアルスペースを連動した独自のデザイン手法を開拓し、カンヌ国際広告祭、クリオ賞、One Show、New York ADC、D&ADなどの広告賞を多数受賞しているクリエイター集団「Semitransparent Design」(メンバー:田中良治、菅井俊之、柴田祐介、佐藤寛、萩原俊矢、柏木恵美子)から生まれたアートユニット。 ビジュアル、プログラム、ネットワーク技術を駆使して、ウェブ、インスタレーション、写真、映像など、メディアの形態を選ばず多岐に渡るアイデアの作品を発表している。独自に開発した時間軸をもったフォント「tFont」を使ったインスタレーションやワークショップも展開。YCAMでは、2010年に個展「tFont/fTime」を開催し、新作インスタレーション4作を同時発表した。
http://www.semitransparentdesign.com/





12月4日から開催されるLabACT vol.2ではアーティストの三上晴子(みかみ・せいこ)による新作イン
スタレーション「Eye-Tracking Informatics(アイトラッキング・インフォマティクス)~視線のモルフォロ
ジー」が発表される。

LabACT vol.2 「Eye-Tracking Informatics~視線のモルフォロジー」


本作は、2人の体験者が、3次元仮想空間内に可視化された自身の視線の動きを通じて、コミュニケーションや空間内のナビゲーションをおこなっていくという、三上の 90年代の代表作のひとつを、最新の技術動向を反映しYCAMで再制作した作品となっている。

2011年12月4日(日)~2012年3月25日(日)11:00-17:00
会場:山口情報芸術センター[YCAM]スタジオB
入場無料 ※受付順に2名ごとの体験となります
休館日:火曜日(祝日の場合は翌日)
出展作家:三上晴子

主催:公益財団法人山口市文化振興財団
後援:山口市、山口市教育委員会
協力:多摩美術大学情報デザイン学科情報芸術コース
共同開発:YCAM InterLab
企画制作:山口情報芸術センター[YCAM]
サウンドプログラム:evala
ビジュアルプログラム:平川紀道
キュレーター:阿部一直(YCAM)
テクニカルディレクター:伊藤隆之(YCAM InterLab)

http://www.ycam.jp/art/2011/03/labact-vol2-molecular-informat.html




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