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現実と虚構が交錯するSR(代替現実)システムによるパフォーマンス作品『MIRAGE』

October 19, 2012(Fri)|



過去と現実の区別がつかなくなる、今目の前に「見えている」ものが信じられなくなる——?
2012年8月、そんな映画『インセプション』さながらの世界が実現した。理化学研究所が開発したSR(代替現実)システムを用いた、新たなインタラクティブ体験が可能となるパフォーマンス作品『MIRAGE』だ。お台場の日本科学未来館での発表に向けた情報が公開されるや否や、体験予約はわずか数時間で打ち切りとなるなど、最先端のサイエンスとアートの融合に大きな話題を集めた。その刺激的な体験模様をご紹介したい。

Text by Arina Tsukada

以下は『MIRAGE』の紹介映像。



脳機能の研究と身体パフォーマンスの融合



左:タグチヒトシ/右:藤井直敬
『MIRAGE』は、プロジェクトリーダーである社会神経科学者の藤井直敬氏とパフォーマンス集団グラインダーマン・タグチヒトシ氏のコラボレーションによって生まれた舞台作品だ。両氏は昨年10月開催のイベント『ナレッジ・ガーデン vol.3 ソーシャルブレインズ – 関係性の中での脳機能』(http://www.cbc-net.com/event/2011/10/knowledge-garden/)への出演をきっかけに出会い、わずか半年強の期間で本プロジェクトに発展。サウンドデザインには音楽家のevala氏、デバイスデザインに山中俊治氏といった豪華メンバーが集結した。

「脳と社会」をテーマに、サルの社会性などを研究してきた藤井氏は、書籍『つながる脳』(NTT出版)や『ソーシャルブレインズ入門 ー〈社会脳〉って何だろう』(講談社現代新書)をはじめ、2011年のTEDxTokyoに出演するなど、サイエンス以外の領域でも注目を集める話題の研究者だ。こちらのTEDxTokyo出演ビデオを見れば、藤井氏のユーモラスな人柄が伝わるだろう。


TEDxTokyo 2011 – Naotaka Fujii [Whole Brain]

藤井氏が切り開く「ソーシャルブレインズ研究」とは、社会環境や他者との関係の中で機能する脳のメカニズムを解明するというもの。社会的な環境の中で脳がどのように働くかを実験するには、再現可能な「現実空間」—すなわち、双方向のバーチャル・リアリティを生み出す必要があった。そこで生まれたのがSRシステム。このシステムを用いれば、ある環境を再現したバーチャル空間の中でも、現実だと信じてしまう状況が作り出せる。

一方、グラインダーマンのタグチ氏は、これまでも観客を作品の一部に巻き込むステージを作り上げてきたひとり。観客との関係において、更なるインタラクティブな演出を探っていたところ、今回の藤井氏とのコラボに至った。 タグチ氏は「身体」、藤井氏は「脳機能」の視点から、観客がある環境に取り込まれる状況を作り出す。これは、我々の日常生活における環境との関係性を改めて考える機会にもなるだろう。


目の前の知覚が曖昧になる多層世界


さて、果たして『MIRAGE』で何が起こったのかをご説明したい。もっとも、ここから先はあくまで筆者の主観であることを事前にお伝えしておこう。毎回インタラクティブに変化するこの舞台にひとつとして同じ作品はなく、目に映った世界は十人十色だからだ。


撮影:渡辺隆彦

まず、体験者は「エイリアン・ヘッド」を装着する。さすが山中氏が手がけるデバイスだけあって、黒光りするヘッドとシャープなフォルムはSF映画さながらの世界を想起させ、気分も一気に上昇。この目線部分にはカメラが取り付けられ、体験者の視界にはリアルタイムのカメラ映像のみが写し出される。ヘッドフォンを装着しているため、外界の音も聞こえにくい。だが、振り向いたり、手を振り上げるなどして「今、目の前に見えている」ものをしばし確認すれば、外界から遮断されたような不快感はそれほど感じられない。一通り装着状態を確認した後、体験者はひとり舞台上の椅子に腰を下ろす。




写真提供:理化学研究所脳科学総合研究センター

舞台が始まると、ひとりのパフォーマーが立っている。続けてふたりめのパフォーマーが登場すると、次第にパフォーマーが増殖し、目の前には同じ顔の人物が現れ、総勢4人のパフォーマーが思い思いに動き始める。過去に撮影された映像とリアルタイムの映像を組み合わせているのだが、目前の映像ではどれが本物か(どちらも本物なのだが)全く見分けがつかない。全員がこちらをじっと見つめてくる、あるはずのない「視線」を感じる——この時点で、かなりこわい。自分の視覚が信じられないので、体の左右を通り過ぎる感じや足音に耳を澄ませるが、いまいち自信がない。ヘッドフォンからはevala氏の手がけたサウンドが響き、これがまた体の奥を突き刺すような不穏さで(ごめんなさい)、ますます心細くなってくる。この時、ヘッドを外せば相当不安な表情をしていたに違いない。


撮影:渡辺隆彦

後日、他の体験者に話を聞いたが、やはり「こわかった」という感想と共に、「ひとの気配や振動など、聴覚以外の感覚が敏感になる」と語っていた。確かに敏感になっているのだろうが、個人的にはそれすらも信じがたく、不安を増強する一因だった。以前、『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』という暗闇の中を体験するイベントに参加した際は、視覚が頼りにならない分、だんだんと他の感覚が研ぎすまされていく感じが心地良くもあったのを思い出した。しかし、ここでは「見えている」のでどうも混乱する。そもそも、「こわい」という感情はどこから来るのだろうか。「自分になす術がない状態」「目の前のものが信じられない」ことが、不安と恐怖に繋がるのだろうが、逆を返せば、普段認識している世界がいかに主観的で曖昧なものかを教えられるかのようだ。


撮影:金本成生

藤井氏はこの舞台作品を「体験型のプラットフォーム」と呼ぶ。そう、これはやがて訪れるだろう未来の体験装置の序章であり、このようなプラットフォームを用いたアート作品や表現が次々と誕生する日もそう遠くはないかもしれない。ただ、『MIRAGE』は単なる先端科学技術のプレゼンテーションにとどまらず、アーティストの表現と見事に融合したアート作品へと昇華されていることにも賛辞を送りたい。また、研究素材としての側面から見ても、新しい知覚の体験は私たちの社会や環境を改めて考えるきっかけにもなっていくだろう。同時に、専門的なサイエンスの領域がアート表現によって開かれ、一般人への理解を助けることもある。サイエンスとアートの真なる融合は、まだまだ多くの可能性に満ちていると改めて気付かされた本作品。今後の展開に一層の期待が高まる。

Information

MIRAGE 公式サイト
http://mirage.grinder-man.com/

クレジット:
構成/演出=タグチヒトシ(GRINDER-MAN)
振付/出演=伊豆牧子(GRINDER-MAN)
出演=松本大樹、京極朋彦、立石裕美
音楽/サウンド・デザイン=evala(port、ATAK)
サウンド・プログラミング=石井通人(buffer Renaiss)
サイエンスディレクター=藤井直敬(理化学研究所 脳科学総合研究センター)
SRシステム・デザイナー=脇坂崇平(理化学研究所 脳科学総合研究センター)
SRシステム・オペレーション=FAN Kevin/上野道彦/石黒祥生/樋口啓太
舞台監督=浜村修司
照明=藤原康弘
主催=独立行政法人理化学研究所、GRINDER-MAN
共催=日本科学未来館
協賛=株式会社コーチ・エィ、 Shiojiringアートフェスタ
寄付=小澤隆生、川邊健太郎
企画=株式会社イッカク、有限会社エピファニーワークス
制作/運営=ハイウッド


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