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知覚と認識の交錯するビジュアル体験 — アートユニットNerhol インタビュー

July 25, 2012(Wed)|



アイデアを「練る人」田中義久と「彫る人」飯田竜太からなるアートユニット・Nerhol。本や印刷物を媒体に緊密な彫刻作品を創作する飯田と、グラフィックデザイナー田中の二人は、アートとグラフィックの境界を横断し、人間の知覚に訴えかける新たなビジュアル体験を生み出し続けている。2012年5月に恵比寿・limArtで開催された「Misunderstanding Focus」は、その先鋭的なインパクトから、各方面で大きな反響を集めた。ここでは、彫刻家である飯田のバックグラウンドから、Nerholが目指すビジュアル・アプローチの姿勢までを伺った。

飯田さんは作家活動の傍ら、青森県の教育大学でも教員として在籍されていますが、その経緯はどこにあったのでしょうか?

飯田:大学では、保育学科で幼児向けの造形プログラムを学生に教えています。元々、大学時代から幼稚園のバイトで同様の造形プログラムで子供たちに絵を教えていたのですが、気が付けば7年以上継続していたこともあって、現在の大学に呼ばれることになりました。ただ絵を描かせるのではなく、現代美術的な視点を織り交ぜた造形プログラムを教えています。

現代美術的な造形プログラムとは?

飯田:とてもシンプルなことなのですが、絵をいきなり描かせるのではなく、被写体への理解や、自分と対象の関係性を持つことから始めています。たとえば、トウモロコシを描くときは、実際に実を一粒ずつむいてみて構造を調べ、一番黄色いところと緑のところを探したり、匂いを感じたりすることで、対象への印象が膨らんでいくような実験をします。自分と対象の間にストーリーが生まれると、絵の主題をどこに定めるかが変わってくる。その関係性ができて初めて、絵を描くことができると思うんです。

対象への観察からスタートするんですね。それは、飯田さんが徹底的に紙のカッティングに打ち込む姿勢とも繋がる気がします。まず、本を媒体に選んだ理由はどこにあるのですか?

飯田:僕は日大芸術学部の彫刻科出身なのですが、在籍時に校舎の改修があって、在庫処分のために大量の本が捨てられていたのを見つけたんです。非常に古い本もたくさん捨てられていて、宝の山が転がっていました。文芸学科もある学校だったため、中には古い英文の詩集や文芸誌も数多くあって。文芸誌というのは再版されることが多く、テキストが版ごとに変わってくるのですが、そこで本と文字の関係にも興味を抱くようになりました。とにかく、目の前にタダの素材が大量にあったので、数回に渡って自宅へ運び込み、作品の媒体として利用するようになったんです。


Nerhol “flower” , 2011
ink jet on paper, 210x210x40mm
Courtesy of Artist / Photo : Yoshiharu Ota
© Nerhol All rights reserved, 2012

そこから何百枚もの紙を彫っていく今の作品に繋がるわけですが、あのストイックさは何を源流としているのでしょう?

飯田:大学時代の恩師、多和圭三さんの影響が大きいですね。彼は、鉄を叩いて作品を作る彫刻家だったのですが、毎日膨大な時間を鉄を叩く作業に注いでいました。行為自体を日々の労働ととらえ、やり続けることが重要であるというのが彼の持論。誰しも作品を手がけるとき、完成に近付く段階になると、ある種の疲労感が訪れる。しかし、その肉体的な疲労からのカタルシスの状態で作品を判断してはいけない、と。作業という行為自体は永続的に続けていくものであって、それ自体に意味を持たせないようにもしています。

なるほど、アスリートのようですね。一方、その行為のプロセスが視覚的に伝わることで、作家の身体性を感じ取ることができるとも思います。
Nerholでは、そこに田中さんのグラフィックデザイナーとしての手腕とアプローチが加わっていますよね。


田中:Nerholにおいて、僕はグラフィック的な視点から作品と鑑賞者間のコミュニケーションを考えます。彫刻物を撮影するときは、なるべく陰影をつけずフラットにしたり、写真自体を大きく引き延ばすことで刻まれた跡を精密に見せるなど、それぞれに理由はありますが、ひとつに飯田くんが制作時に辿った目線を共有させたいという狙いもあります。



新作のポートレート・シリーズ「Misunderstanding Focus」について教えてください。

田中:これは、3分間連続で撮影した200枚ものポートレートを重ね、最初と終わりの各写真で生じた被写体の動きやズレをベースに彫刻を重ねていった作品です。以前の作品で波を撮影したものがあり、そこでひとつに時間を集約させる作品が生まれたんです。それをきっかけに時間をテーマとした作品を考え始め、顔をテーマにすることになりました。

飯田:人間をモチーフにしたとき、肖像画や自画像というものが何を意味しているかを改めて考えました。ある人物を記録した図像において、その背景を読み取ることもできるけれど、果たしてそれが「正しい」顔なのかどうかの確証はない。これまでのポートレート作品にはなかった確実性のあるものを表象したいと試みました。

田中:撮影するにあたって、人間は3分間もぴたりと静止したままでいることはできない。そこで被写体の無意識の動きに着目し、自然と生じてくる各人物の個性を提示しました。写真家はその個性をワンシャッターで留めるのかもしれないけれど、ここでは写真を重ね、彫り込んでいくことでジャンルを超えた表現が可能となる。手法を考えることは、デザイン的な要素でもあります。被写体に引きずられ過ぎないように人種をバラバラにしたり、紙の作品として厚みを保たせるためには何コマ必要かなどを計算するなど、様々な作品のコントロール方法を話し合っていきました。





作品に現れた「顔」と、実際の顔では全く印象が違う人もいますね。

田中:流線の歪みが大きい人は、それだけ3分の間に体がズレていった人でもあります。その時の精神状態も加味するとは思いますが、そこに生まれた歪みは、その人だけが持つ個性であるとも言える。本人も作家も予期できないような肖像がたくさん生まれました。



limArtでは、写真を積み重ねた作品と同時に、それらを撮影した大きなプリント作品も展示されていましたね。あの提示方法のポイントは何でしょうか?

田中:作品の性質を伝えるために陰影をつけて撮影する方法もありましたが、あえてフラットな状態で見せています。立体物の情報を平面上で完全に伝えるのは不可能なので、余計な情報量を増やさず、 作品本来の強さを引き出したかったんです。そこで、平面にしかできないアプローチに切り替えました。粒子が粗く見える部分もあるのですが、それは元写真の方の網点をカメラがとらえていて、印刷物が更に印刷物になる面白さもありました。立体の作品だけが本物なのではなく、プリント作品、カタログ、ウェブサイトなど各媒体が持つ特性を引き出し、それぞれがひとつの作品として見せられるほどの強度を保ちたいと思っています。



Nerholのウェブサイトにも同様のことを感じます。あれひとつでウェブミュージアムと呼びたくなるほどの強さがありますよね。

田中:ウェブサイトはSemitransparent Designの田中さんと萩原くんにお願いし、長い時間をかけて作っていきました。超高解像度の作品画像を扱うことで、ウェブでしか見ることのできない究極の細部が映し出されること、また、拡大し続けると戻れない部分(縮小ボタン(-)をクリックすると「Don’t Look Back」と表示される)は、彫る行為の不可逆性も表しています。一度彫ってしまったら、元には戻れないので。

「彫る」という行為によって真摯に対象へ没頭していく飯田さんの作家性と、デザイン的な思考でビビッドなビジュアル体験を引き出す田中さんのアイデアとのコラボレーションが非常に面白いと思います。

田中:グラフィック的な方法で、作品が目に止まる許容量を大きくしながら、美術のコンテクストにもコミットできるプランを同時に提示したいと思っています。ただ、どのカテゴリーに属するかどうかは実のところどうでもよくって、見る側の人がどのカテゴリーから作品を見るのか、言い換えれば、どのジャンルに属する人でも理解の幅を広げられるようなアプローチを取っています。

今後の展望を教えてください。


左:田中義久 右:飯田竜太
田中:今回、何度目かの展示を終えて、ギャラリー内の展示空間作りを改めて考えるきっかけになりました。作品を空間全体で感じられるものを作りたいですね。

飯田:また、次作の構想もどんどんと始まっています。時間のシリーズで、今度は被写体を自然物に移行したいとも思っています。まだ漠然とですが、映像作品も手がけてみたいです。


ありがとうございました。今後の活動にも期待しています。



Nerhol “Misunderstanding Focus” , exhibition view at limArt
April 10 – May 13, 2012
Courtesy of Artist / Exhibition Photo : Shintaro Yamanaka
© Nerhol All rights reserved, 2012

Information


Nerhol
プロフィール
2007年にIDEAを練る田中義久とI DEAを掘る(彫る)飯田竜太で結成されたアートユニットです。グラフィックデザインを基軸に活動していた田中と、現代美術を基軸に活動してきた飯田が、お互いの分野で得たディシプリンを組み込み、新たな基準を提示することを主として活動している。
http://www.nerhol.com
http://www.facebook.com/Nerhol

Memo
東京大学発のメディア Academic GrooveとNerholのコラボレーション!
TEDxUTokyoイベントに向けて制作された冊子「Sign」は、計10Pに渡ってNerholアートワークを掲載。詳細は以下ウェブサイトをご覧ください。(残部わずかですので、お早めに。)
http://synapse-academicgroove.com/2012/07/09/mini-academic-groove-sign/


参考記事:
アイディアを練る人と彫る人のアートユニット “Nerhol (ネルホル)” による新作展
http://www.cbc-net.com/event/2012/03/nerhol/


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