去年cookedに誘われて文フリに出した初小説集「テキストを撃て」で一番人気だった短編作品を貼っつけとくよ↓
気に入ったらいいね押してもらえるとうれしいっす。




Re: 勇者

ある朝、僕がメールソフトを立ち上げると、未読数が25万とんで25通と表示されていた。
大体いつも来るメールの数は25通くらいで、そのうちほとんどがスパムフィルターをかいくぐって来たスパムメールだけど、今日の場合も”とんで”の25通は24通がスパムメールで、残りの1通は最近ケータイを買ってメールを覚えたての母親からの「おはよぉ」という一言だけのメールだった。
そして残るところの25万通だけど、それがほぼすべて同じような内容だった。

25万通すべてを平均すると大体こんな内容だった。

件名:親愛なる勇者へ

初めまして。
私は○○という王国に遣える司令長官の××と申します。
実はこのたびあなたを本物の勇者と見込んでお願いしたいことがあります。

去る△△月□□日、姫が魔王によってさらわれました。

つきましては姫の救出をお願いしたくメール差し上げました。
無事救出された場合には姫との結婚を約束しましょう。
姫の美貌はこの世界の**位であり、あなた様のおめがねに叶うことでしょう。

ではでは
ご検討の程よろしくお願いします。

○○王国 司令長官××


大体が同じような文面で、上の○○とか□□とかにはそれぞれバラバラな数字が入っていて、姫の順位という**には1~25万までが万遍なく入っていた。つまり世界の美女の1位から25万位までを網羅しているらしい。

唐突なこのメール群の襲撃に、まともに対応できる人間なんていないだろう。内容だっていったい何だコレは。非常識も甚だしい。だいたいこんなに大量に同時にくるか普通?そんな悪態をつきながらも、正直戸惑っている自分がいた。

5年前にドラゴンを倒して以来、その手の仕事は引き受けて無く、ブランクがあることは事実だ。だけど、それを差し引いても僕がまだまだ世界トップクラスの勇者であることも間違いない。

5年間仕事を引き受けなかったのは理由があり、それは勇者の世界で最も恐れられていたドラゴンをたった一人でいとも簡単に倒してしまったからである。あまりにもあっさりと倒されたドラゴンは最後に断末魔を上げるでもなく、僕のことを一瞥し、ため息を漏らし昇天した。その時まだ若干25歳だった僕は、人生の目標を失い、魂の抜け殻のようになり、普通の生活がしたくなりウェブ制作会社に就職し、以後細々と暮らしていたのだ。

実に平和な5年間だった。

今年で三十路を迎え、それまで勇者という仕事に反対で疎遠だった母親とも仲良くやってるし、まだ彼女はいないがそれなりに好意を寄せる女性もいる。最近は仕事も楽しくなってきた。
それでもそのドラゴンの快挙の噂は、5年の間絶えることなく、いや、それどころか話に尾ヒレが付き、もはや自分の手柄とはほど遠いファンタジーへと進化していた。その噂自体がドラゴンと化し、僕を苦しめ始めたんだ。ときどき勇者業界のパーティに出席すると皆の態度が変わっていた。知らない人が目をキラキラと輝かせながら近づいて来た。そして夜には誰のだかわからない名刺の山と格闘した。本当のメールアドレスはウェブ業界の人間にしか教えてなかったし、勇者の世界のヤツラにはフリーメールのアドレスを教え、そこは全くチェックしてない。

5年の間に忘れたこともある。

つい去年、部屋の片付けの時にぽろりと出てきたエクスカリバーを鏡の前で振りかざしてみた。以前よりずしりと重く感じたその伝説の剣は、少々出た腹との相性も微妙に悪かった。その時、鞘からドラゴンの髭の切れ端が転がり出てきた。自分が殺めてしまったにも関わらす、そのドラゴンに会いたいという感情がわき上がり、不覚にも泣いてしまった。
「アイツがバーサークすると手が付けられねえ」と恐れられていた以前の僕からすると、想像も出来なかった感情の発作に戸惑い、即座にエクスカリバーを押し入れの一番奥に封印した。

もう勇者は辞めよう。

そう決心してからも時々、野営中にゴブリンに寝込みを襲われたときの夢を見て、汗だくで布団から飛び起きた。まだまだ年齢的には勇者のキャリアの半ばではあるが、勇者であるにはそれなりの犠牲も伴うし、とにかく今の自分にはその気力が無い。たしかに今の仕事にもクライアントというモンスターとの格闘はあるが、一度勇者の世界を体験した者としては、そんなのは昼間に遭遇する巨大ラットくらいのもので、むしろそこで四苦八苦している自分がほほえましくもあった。

時々、公園で「勇者ごっこ」をしている子供達がいると、つい剣の持ち方などを指導してしまう自分がいた。ただ子供達はこんな中途半端なおじさんには教わりたくないと言わんばかりに、ものの5分ほどで走ってどこかへ去ってしまうのだが、それが逆に心地よくもあった。過去の栄光にしがみつき、老いさらばえた勇者を何人も見てきたが、あれほど醜いものはない。若い勇者達はそんな老人を表面上は尊敬しつつ、内心は自分の方が上だと必ず思っているものだ。そういうつまらない駆け引きとも、もう関わり合いたくない。

そう言いつつも、時々立ち読みする「勇者ジャーナル」を見るところ最近の勇者事情はぱっとしない。以前の勇者はもっと戦闘を、命をかけることを心底楽しんでいた。今の若い勇者達は自分の勇姿を記録に残し、メディアで発表することに命をかけている。なんとビデオカメラを忘れたら目の前にモンスターがいても闘わないのだ。そんな事情もあって最近の冒険スタイルは勇者、魔法使い、盗賊、僧侶、そして記録係というチームで行動するのが定番になっているらしかった。記録係のレベルがアップするとウェブに生中継も出来るようになるらしい。やや知能の高いモンスターは真っ先に記録係を倒し、チームの戦意を喪失させる作戦に出るらしい。さらにはモンスターと共謀して迫力のある戦闘シーンを撮影し、話題性を狙う策士も現れてきているらしい。そんな見かけ倒しの勇者に本物の仕事が発注され、任務が果たせずに犠牲になった姫達も1人や2人ではない。

それに比べたら、今の僕の方が数段ましだ。

僕が倒したあのドラゴンとの戦闘は記録などされていない。もしかしたら奴の最後のため息は記録されなかった事への失望だったのだろうか?いや違う。あれは俺にしか見せなかったドラゴンの素顔だったのだ。奴は何万という数の勇者を倒し、恐れられていた。世界一獰猛なドラゴンとして名を馳せていた。そんな奴は弱い部分を中途半端な勇者には見せなかったのだ。本物の勇者である僕に出会ったときに、やっと自分の仕事から解放されたのだ。奴は僕に殺される一瞬前にドラゴンという仕事を退職した。最後の最後のため息は「やっと終わった」そんな安堵のため息だったのだ。そしてそれは僕だからこそ見せた、見せたかった表情なのかもしれない。その時、僕も今まで持っていた勇者という役割の限界に気づいてしまったのかもしれないが。

僕は踊らされていたんだ。

そのドラゴンを憎いと思ったことは一度もない。ただ勇者としてドラゴンを倒すべきだと思っていたし、ドラゴンも勇者を見たら攻撃していただけなのだ。だから本当のところでは二人は似たもの同士だったのだ。出会う場所が違っていれば、友人だったかもしれないし、すれ違いそのまま二度と会わない運命だったかもしれない。最初に会ったときの奴の雄叫びの優雅さには内心嫉妬したし、僕もエクスカリバーをいつもより格好良く構えそれに応じた。そこには背負った役割という責任があったのだ。
ドラゴンが死の直前まで、僕以外の人間には弱いところを見せず、職務を全うしたように、僕も僕に課せられた職務を全うするべきなのかもしれない。僕もいつかはあのドラゴンにとっての僕のような存在に出会い職務を全うできるかもしれない。究極の魔王と戦い、その中で伝説の勇者にならなければならない。25万の魔王との出会いが約束された今、その時が来たのかもしれない。

そう、これからも踊っていくしかないのだ。

まず僕は真っ先に母のメールに「おはよう。」とだけ返信し、迅速に作業に取りかかった。
25万通のメールを2ヶ月かけて読んだ僕は、送信先に全アドレスを設定して一斉にメールを送信した。

Re: 親愛なる勇者へ

ご無沙汰しております。
姫の救出は私にお任せください。
つきましてはこの件に関しまして
25万ゴールドの報酬を
頭金10万ゴールド、成功報酬として残り15万ゴールド用意してください。

さらに必要なものとして
● 魔王のメールアドレス
を教えてください。

よろしくお願いします。

本物の勇者より



そしてその後、半年にわたり25万の魔王のメールアドレスをまとめた僕は、ウェブ業界で知り合った凄腕のハッカー達の集うBBSにカキコした。


件名: 魔王祭り開催

ついに魔王ハケーン
↓こいつらフルぼっこたのむわ
http://xxxx.xx/ooo/maou_list.zip

↓報告はまとめサイトへ
http://xxx.xx/ooo/maou_wiki.cgi

おまいら勇者になれるお

ゆーすけ@伝説の勇者


今の時代の勇者はサイバー攻撃を駆使するのだ。久しぶりに魂が煮えたぎってきた。この感覚だ。続々と報告が上がってきている。まだ姫は救出されていないが、すでに50人の魔王から敗北宣言が出されている。僕は久しぶりに押し入れの奥からエクスカリバーを出してきて天に掲げ、得意の左回し斬りのモーションを繰り出す。エクスカリバーは鈍い音を鳴らしながら空気を切り、キーボードのエンターキーをヒットした。すると、まとめサイトの画面がリロードされ敗北宣言のカウンターが一気に25上がり、姫の救出カウンターに1という赤い数字が踊った。

また一つ、新しい勇者伝説が始まっているのだ。