デザイン×ビジネス覚書(2):セントマーチン"Design Laboratory"[Category:Kanematsu]
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Whynotnotice inc.の兼松佳宏によるコラム。第二回目は「食と科学とデザイン」について。
デザイン×ビジネス覚書(2):セントマーチン"Design Laboratory"
“モレキュラー・ガストロノミー”という言葉を聞いたことがあるだろうか?日本語では「分子料理法」という。「あらゆる料理は物理化学の"式"で表せる」と、うま味を分子の観点から分析し再現可能しようとする新たな科学だ。もちろん冗談ではなく、世界のトップを占めるレストランが採用したことで、グルメなら知らなきゃモグリなことになっている。昨年は世界的なシンポジウムまで開催されたらしく、このサイトによると、どうやら日本独自の“だし”も大きな注目を浴びているようだ。その“モレキュラー・ガストロノミー”を取り入れている超有名店のひとつが、ロンドンの"THE FAT DUCK"である。オーナーシェフは“料理界のアインシュタイン”とも評されるヘストン・ブルメンタール氏だ。予約は数ヶ月待ちという人気ぶり!
いきなり料理の話かよ、と思った方には失礼。今回のコラムは、"THE FAT DUCK"のブランディングを手がけたデザインコンサルタンシーについての話である。その名は"Design Laboratory"。ロンドン芸術大学のCentral Saint Martins College of Art & Designの中にある、CSMの卒業生(しかも優秀な!)だけで構成された精鋭チームなのだ。概要はこちらに詳しいが、ジャガーやインテルなど大手のクライアントに対して、さまざまなジャンルから選りすぐりの人材を集め、領域を大胆に横断したクリエイティブ戦略を提案して いるという。IDEOとスタンフォード大学のd.schoolやコペンハーゲンビジネススクールのDanish User-Centered Innovation LABなど、ビジネス教育の現場に"デザイン的思考"が導入された例は多くなっているが、アカデミックな界隈と直に連携している"Design Laboratory"のあり方がとても興味深い。先日創設者でありディレクターであるブレント・リチャーズ氏が、NIKKEI DESIGN創刊20周年を記念した『デザインイノベーションフォーラム』に来日していたので、基調講演を聞きに行ってきた。
このフォーラムは、「工学・経営・デザインの連携 によるイノベーション」をテーマに、深澤直人氏や山中俊治氏などデザインの現場から、トヨタやリンナイなどの開発の最前線まで、多彩な顔ぶれが登壇し、「高齢化社会への対応や、地球温暖化への取り組みなど、モノ作りに関わるすべての人々が取り組むべき大きな課題」についてオープンにディスカッションしようというもの。リチャーズ氏はそのトップバッターとして登場した。
リチャード氏が最も伝えたいことは、いま「パーセプションのシフト」が起こっているということである。例えるなら、果てがあるとされたフラットな世界観から丸い地球というラウンドな世界観へのシフト。それは現在のマーケットに合わせたジャストインタイムなものづくりではなく、先見の明を持ち、常識の枠を飛び越えろ!ということだ。曰く「発明をニーズに合わせて適応させていくことこそイノベーションである」。1.コロンブスの卵的なアイデアをつくりあげ、2.ニーズを分析して最適化する二つのプロセスにおいて、クリエイティブシンキングを糧とするデザイナーの専門性が、問われてくるということだ。だからこそ"Design Laboratory"のR&Dは、すぐに現状のニーズを理解するための特注型のリサーチになる。そして卒業生のネットワークを活かした生のトレンド情報を分析して未来へのインパクトを予測するフューチャスケイピングを行う。そのネット&フットワークと戦略の正確さが彼らのコンピタンシーなのだ。
それは"THE FAT DUCK"ではどのように生かされているのだろうか。彼らはレストランのことを"Sensory Design"(感覚のデザイン)と捉えた。感覚を分子化することで記憶、香り、音も含めて食の経験となり、スケール/時間/リアリティが緻密に織り成すテーブルのランドスケープが、人間の味覚を大きく左右する。ある魚介の料理では波の音を流すことで、感動のあまり涙したお客もいるとか!彼らが先見していた"Sensory Design"の概念はここ最近で一気に浸透し、企業のセクション立ち上げの相談も多いという。スライドを見ただけで体験なしには真髄はわからないだろうけど、ノスタルジーに依存しない普遍的なアプローチとして、大いに興味をそそられる。(イメージ検索すると結構出てきた)
また、"エクスペリメンタル・プレイグラウンド・キット"と彼らが呼ぶ遊具シリーズ"Snug"も面白い。さまざまな形を子どもたちの好きなモノに自由に見立てられるよう想定したそれらは、子どもたちがストーリー仕立てでイマジネーションを働かせるという、心理学に基づいている。「遊ぶことを教室に」、シンプルなビジョンは自由かつロジカルな強度を持つ。こちらは日本ではコトブキで展開されるようだ。
食と科学とデザイン、教育と心理学とデザイン。現在のビジネス×デザインのトレンドは、様々なバックグラウンドが集まることで生まれるmultidisciplinaryなイノベーションである。まったく新しいパーセプションの時代における個人のユニークなライフスタイルとマスプロダクションの狭間で、ニーズとシーズをつなぐ重要な役割を果たすのだ。単純に言えば、いろんなことを知るのは楽しいし、同じイメージを共有しつつも、違う角度から突込みが入ることで、ラフなアイデアが洗練されてくるということである。デザインによってビジネスを成功させるデザインコンサルタンシーの華麗な活躍は、普段の生活にはびこるいろんな違和感を、近い未来のうちに解消してくれるはずだ。
兼松佳宏 - Yoshihiro Kanematuクリエイティブディレクター/デザインジャーナリスト。Thought-Provoking=示唆に富むクリエイティブエージェンシーWhynotnotice inc.で、デザイン×ビジネス×サステナビリティをつなぐプロジェクトを展開中。
http://www.whynotnotice.com/
[ DATE : October 15, 2007 ]
[ TAG: lifestyle ]