デザイン×ビジネス覚書(1):『WEB標準の日々』のピックアップレポート[Category:Kanematsu]
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Whynotnotice inc.の兼松佳宏によるコラム。第一回目は先月行われた『WEB標準の日々』のピックアップレポート。
はじめまして!デザインジャーナリストの兼松です。Thought-Provoking=示唆に富むクリエイティブエージェンシーWhynotnotice inc.で、デザインとビジネスとサステナビリティをつなぐプロジェクトに取り組んでいます。デザイン思考やソーシャルデザインなど、いま「デザイン」の意味が広がっています。元々ワクワクするデザイン的なものが大好きで、ある雑誌からデザインギークスと認定された僕ですが、最近はデザインを社会的な資産と捉えると、どのようなビジネスが実現できるのか、じっくり考えるようになりました。ビジネスといってもガツガツしたものではなく、優れた創造性にフェアな価値が与えられるような、またデザイナーの仕事が領域を拡大していけるような、気持ちいい仕組みづくりだと思ってます。
今回僕が担当するコラムでは、イベントのレビューやインタビューなどを通じて、そんなデザインとビジネスをつなぐ様々な取り組みを紹介していきたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします!
The Day of WebStandards
ちょっと前の話になってしまうが、先月開催された『WEB標準の日々』に行ってきた。昨年開催されたCSS niteの特別版「WEB標準の日」が、二日間の“日々”となって今年も開催。秋葉原を舞台に3会場(夏フェスみたいだ)、「アクセシビリティ/ユーザビリティ」「JavaScript/Ajax」「リッチメディア」「ビジュアルデザイン」など9つのテーマでセッションが企画され、WEB業界のインフルエンサーたちが次から次へと登壇する贅沢なカンファレンスだった。(スピーカーなど詳しくは公式サイトをご参照)
「何やってるの?」「あ、“WEBデザイナ”」とひとくくりできた時代は今や昔。業界の成熟とともに群雄割拠、あらゆるWEB制作者の興味も強みも細分化している中で、「WEB標準」を切り口に“何だか外せないイベント”に仕立てたのは意義深い。論点の幅広いWEB界隈のトピックを何となく俯瞰して、ざっと横断できてしまう今回のボリューム感が何より魅力的だろう。僕自身“WEBデザイナ”出身のデザインジャーナリストとして、いま一番気になっていることは何だろう?と改めて考えるきっかけになったし、知識を横に広げたり、専門性を縦に深めたり、あるいはT型にバランスよく、それぞれの興味が交錯している感がリアルだった。実際、ほとんどのセッションで立ち見(座り見?)が出来るほどの盛況で、まめにノートをとったり、積極的に質問を投げかけたりする姿が目に付いた。
以下、僕が参加したセッションをいくつかピックアップします。今なら『WEB標準の日々』でブログやmixiを検索すると、荒々の内容がちらほらでてくるので、いろいろ調べてみると面白いかもしれません。
- 1日目 12:00~13:30
『デザインパターンによるユーザーインターフェイス革命』
(→参考リンク)まずはソシオメディアの上野さんによるセッションから。デザインパターンとは、もともと建築やソフトウェア開発の用語で、「過去のソフトウェア設計者が発見し編み出した設計ノウハウを蓄積し、名前をつけ、再利用しやすいように特定の規約に従ってカタログ化したもの」(Wikipedia)。ソシオメディアではオライリーの『デザイニングインターフェース』の監修もしており、ウェブサイトからはよいUIデザインのための「UIデザインパターン」を、多く参照できるようになっている。普段見過ごしていそうな当たり前のインタラクションが、実は多くの試行錯誤の上で洗練された使いやすさであることを、改めて実感することができます。
では、なぜ「革命」なのか?デザインパターンは、「デザインのためのデザイン」ということ。「ユーザー集団は多くの一般的な心理属性を共有している」(ジェフ・ラスキン)ときに、目的を達成するためのインタラクションのコアな要素(オブジェクト)を的確に捉えて、いかに“オブジェクトドリブン”にデザインしていくか。抽象的な感覚と具体的なアウトプットのギャップ、あるいはデザイナーとプログラマーの認識のギャップを埋めるためのブレイクスルーが、インタラクションの共有言語としてのデザインパターンということだった。
セッションの前半では、ユーザーセンターデザインやデザインパターン周辺の様々な名言を引用していた。世の中の「あらゆるものがデザインされていて」(クレメント・モック)、デザインは社会、個人、経済などあらゆる文脈の合流点となっていること。そこには「無名の質」(クリストファー・アレキサンダー)とも言うべき、心地よさ、生き生きとした感覚、無我の境地など、生活の豊かさを支える言葉で表せないクオリティがあるということ。そして、ユーザテストは現前する問題解決の糸口となっても、ゼロから何かを革新することはなくい、「テストはデザインの代わりにはならない」(アラン・クーパー)ということ。
つまりデザインの意味が、ここで二重に交錯する。「デザインのためのデザイン」ならば、そして後ろのデザイン=デザインパターンは、コミュニケーションするための言語である。そして前のデザインは、もはや新たな意味(と使命)が与えられた“デザイン”だ。ある程度体系化でき、かつオープンに共有できるデザインパターンと、無名の質に貢献し、社会のあり方そのものにイノベーティブに影響を与える“デザイン”。つくり手にとってその二つのボキャブラリーが、いま問われているのだろう。
- 1日目 18:30~20:00
『INNOVATIVE WEB EXPERIENCE』
1 日目の最後はCBCNET × SEMITRANSPARENT DESIGNが登場。結論から言うと「ウェブの面白さって何だろう?」っていうまっとうな問いかけが自分に戻ってきて、「WEB “非”標準」な方向だって全然あるということを、グサッと思い出させてくれたセッションだった。もちろん、WEB標準を目指す志向とそれは表裏一体で、スタンダードがあるからこそどう外すかが際立つって事なのだけど。
まずはウェブデザインの歴史からスタート。1997年にFlashでベクターが使える喜びに溢れ、1998年にアニメーションたっぷりのイントロムーヴィに心踊り、1999年中村勇吾さんによって、インタラクションの可能性が一気に開けた。21世紀に入ってますますコンテンツはリッチに、いろんなことが試されて今や身近なメディアとして影響力を持っている。振り返れば、僕たちは幸運にもその萌芽の一部始終に参加してきた。栗田くんがエキソニモによるぶっ飛んだMIND THE BANNER企画のSpace in Veda(パソコンがウィルスに感染されたようなデンジャラスな表現で、相当メモリをくってしまう作品)を「パソコンが落ちるまで試したいっすね。」と笑顔で言ってたけど、そういう感覚って誰しも覚えがあるだろう。ありえない表現や画期的な技術をひたすら面白がり、トライ&エラーを重ねて今があるのだ。
そしてセミトラはまさに、そうやって面白がってる人たちとして、僕はリスペクトしている。BEYESのインタラクティブインテリアや表参道の AKARIUM、SONYビルの色を変えるLIVE COLOR WALLなど、ウェブの出来事をリアルと結びつけた大規模なプロジェクトが次々と紹介、いかに「リアルタイムにリアリティを出すか」など、今なお模索するウラ舞台の話が聞きどころだった。
いったんブレイクした後の後半は、最近気になっているウェブサイトをそれぞれ紹介。栗田くんはGoogle AdSenseで儲けたお金でGoogleの株を買い続け、いつか買収してやろうという「GOOGLE WILL EAT ITSELF」、みんなの写真を合わせて3Dモデル化する(って伝わりづらいですね、ぜひデモを!)Misrosoftの「Photosynth」などを紹介。セミトラは、行為自体をオープンソースにしているni9eや、thaがリリースしたイメージブックマーク「FFFFOUND」、始まったばかりの「Googleブックサーチ」などをピックアップ。「FFFFOUND」については「サービスを表現にしているところがすごい」と何気に奥深いコメント。
結局このセッションで雰囲気がよかったのは、セミナー会場にいた数十人、みんなで同じウェブサイトを見ながら、笑いあったり突っ込みあったりしていたこと。普段はウェブサイトってパーソナルなものだけど、こうやってみんなで楽しめるウェブサイトが確かに存在する。突き抜け具合にジェラシーし、やられた感によって、ますます自分も掻き立てられる。結局僕がこのセッションからもらったメッセージは、「ウェブのどこに自分が惹かれたのか」を忘れないってことだ。だから僕はウェブが好きなんだし、ウェブ的なものをもっとを知って、もっとつくっていきたいと思う。兼松佳宏 - Yoshihiro Kanematuクリエイティブディレクター/デザインジャーナリスト。Thought-Provoking=示唆に富むクリエイティブエージェンシーWhynotnotice inc.で、デザイン×ビジネス×サステナビリティをつなぐプロジェクトを展開中。
http://www.whynotnotice.com/