「ロケット打ち上げを見に種子島に行こうかな」、知人のそんなツイートが今回のきっかけだった。そう、今回打ち上げられるH-IIAロケットには「ARTSAT Project」の超小型衛星「ARTSAT 1: INVADER」(以下、INVADER)が相乗りするのだ。ICCの展示でARTSAT Projectのことを知ってはいた。そのプロジェクトの、彼らが作った衛星がいよいよ宇宙に行くという。これは行かなくちゃ、だ。こうして、本当に種子島に行くことになった。
無音の中に広がる光
2014年2月27日鹿児島空港から、この種子島ツアーは始まった。ARTSAT Projectに携わってきた緒方壽人さんら総勢6名。打ち上げ準備の進捗を確認しつつ、種子島行きのフェリーが出る鹿児島港に向かった。
島に着いたのは22時近く。地元の方に教えてもらった見学ポイントに着いたのは23時頃だっただろうか。そこは、ちょうど発射台の対岸に位置する場所で、遮るものなく見ることができる。すでに発射台に移動されていたロケットを目の当たりにして興奮する一同。そして、ここから打ち上げ予定の午前3時37分まで、4時間強を待つことになる。
南の島とはいえ2月の夜はまだ寒く、コーヒー&ベーグル(平野さんはニセコのベーグル屋さん)で温まる。徐々に人も増えてくる。車で待つもの、寝袋に包まるもの、持ち込んだイスやシートに無言で座るもの、しまいにはトランスをかけて騒ぎだすものも。元旦の初日の出待ちってこんなかなと思い始めた頃、やっと午前3時を迎える。最終のGO/NOGO判断の結果がGOとなり、予定通り打ち上げが行われるとスピーカーにのせてアナウンスが入った。再度テンションが上がり始める。
そこからの時間は速く、(感覚では)あっという間にカウントダウン「10,9,8,7,….」が始まる。そして、いよいよカウント「0」。点火されたロケットエンジンの光が煙とともに見えてくる。数秒間は無音の状態だ。遅れてやってくるエンジン音に、やっと声を出すことができた。といっても、しばらくの間は自分とロケットに向き合うのに夢中で会話にはならない。ロケットが上昇し、点になり、上空から無事見えなくなってようやく興奮を分かち合う感じ。2月28日午前3時37分、H-IIAロケット 23号機が打ち上げられた。
無事にロケットの打ち上げを見ることができ、高揚感とともに満足していた私たちだが、実は緒方さんにとってはここからが本当の正念場だった。INVADERの分離と軌道への投入、さらには無事にアンテナが展開されるか、INVADERからの電波を地上で受信できるのか。データ受信を確認できて、はじめて「成功」なのだ。
「ARTSAT Project」とは?
ここで、ARTSAT Projectの全体像を振り返ってみよう。ARTSAT Project(衛星芸術プロジェクト)は多摩美術大学と東京大学による共同プロジェクトだ。従来のサイエンスミッションの衛星とは別に、芸術の分野で活用するための専用の衛星を自分たちで打ち上げようというもの。久保田晃弘さん(多摩美術大学)と田中利樹さん(東京大学)が出会ったことで発生したプロジェクトだ。
地球を周回する「宇宙と地上を結ぶメディア」としての衛星を使って、 そこからインタラクティヴなメディア・アート作品やサウンド・アート作品など、 さまざまな芸術作品の制作を展開していくプロジェクト
(http://artsat.jp/より)
人工衛星から地球に送られてくるデータを芸術の分野で活用することは、これまでにももちろんあった。しかし、彼らが考えたのはそのもう1つ先なのだ。自分たちで自分たちの衛星を運用し、そこで取得できるデータをメディアアートに活用する、データを公開し、より多くの人たちに活用してもらう。さらには、衛星をインタラクティブにアートに組み込んでいく、それにより新しい表現を生み出そうと、より主体的に関わることを目的としている。
プロジェクトが始まったのは2010年。2012年には、ICC「オープンスペース2012」にて展示が行われたので、(私もそうだが)記憶にある人も多いのではないか。しかし、これらの展示がゴールではなかったのだ。
ARTSAT Project
http://artsat.jp/INVADERからの最初の声
打ち上げが無事に成功すると、衛星はロケットから分離され、周回軌道に放出される。その後、自動的に電源がONになる仕組みだ。電源が正常に入ると、次に通信用のアンテナの展開。正常にアンテナが開かなければ、INVADERからのデータは地上に届かない。すでにご存知のとおり、INVADERからの最初のデータ(CWビーコン:生存信号)は無事、地上局に届いた。このときの地上局の様子を伝えるユーストを、緒方さんは種子島のファミレスで食い入るように見ていた。ご自身がブログ(http://www.takram.com/lab/artsat1-invader/)で書かれているように、緒方さんは熱構造系チームでこのアンテナの展開機構の設計に関わっていたからだ。
その様子を背後から見ていて、地上局にも行ってみないとこのプロジェクトの始まりを見たことにはならないと思った。
以下がINVADERからの最初の受信データだ。
運用準備が着々と進む地上局
打ち上げからおよそ10日経った3月9日、久保田さんに話をお聞きするために多摩美術大学八王子キャンパスに設置された地上局(ARTSAT TamabiGS)を訪れた。部屋にはアナログモデムのような受信音が響いている。ちょうど、CWビーコンを受信しているところだったのだ。地上局では屋上に設置されたアンテナを介して衛星間通信を行う。前述のように、衛星が「生きている」ことを示すのがCWビーコン、衛星はこの信号をつねに流している。ちなみに、このCWビーコンはモールス信号で送信される。衛星との通信はアマチュア無線の帯域が使われており、アマチュア無線の無線機があれば聞くことができる。事実、各地のアマチュア無線家の方たちからの情報提供も多いそうだ。
この地上局でINVADERと交信できるのは日に2回。「パス」と呼ばれる、衛星が地上局の可視範囲の上空を通過する間だ。地球の自転の影響もあり、交信できる時間帯およびその時刻・時間(概ね10分間弱だという)は毎回異なるという。衛星が見える位置に入ったときに地上局側からコマンドを打って、インタラクティブな通信を行う仕組みだ。地上局が果たす機能は、衛星へのコマンドやバイナリの送信、衛星からのデータの受信およびそのデータの解析作業、サーバおよび衛星APIを介したデータの配信となっている。
軌道を計算して算出されたパスの予定時間は公式のFacebookページ(https://www.facebook.com/artsat)で随時公開されている。今日の2度目のパスではデジトーカ(音声合成チップ)の運用を試すという。こちらから送信するコマンドに応えてデジトーカが音楽を鳴らすか。しかし残念ながら、この日の周回がノイズの多い大陸側だったためか、デジトーカからの音を確認することはできなかった。
このように現在は、日照の時間、衛星側の温度、バッテリー、海側の周回なのか大陸側の周回なのか、さまざまな要因を検証しながら、INVADERとの通信(衛星の機能)を試している。「まだ衛星の回転が速く、姿勢が安定していないので、向きによってアンテナの受信が強くなったり弱くなったり、そういう状況です。1つ1つ衛星の機能を確かめつつ、4月頃から安定的に運用できるようにしていきたいというところです」(久保田さん)。今後、INVADERからのデータはARTSAT APIを通して配信される。そのフォーマット作り、安定してデータを供給するための準備を進めている段階だ。
プロジェクトはどこに向かうのか?
ARTSAT Projectが目指すところ、可能にすることは何だろうか? 延べで、およそ70〜80人が関わっているという、このプロジェクト。きっかけは2010年夏に遡る。
かつて40年前、コンピュータが新しいメディアとして登場しコンピュータアートやデジタルデザインが始まった。いまの時代、それにあたるものは何か? たとえば宇宙テクノロジーのようなものが新しいメディアアートにとっての表現の可能性になるのではないかと考えていた久保田さんと、サイエンスミッションや天文学のための衛星を作ってきたがもう少し身近に貢献できるようなことがやれたらと考えていた田中さんが出会い、「ハイエンドなDIYとローエンドな衛星がつながったら、そこにすごく新しい可能性が生まれるんじゃないか」と、そのあたりがうまくシンクロしたのだという。
衛星から取得できるデータはさまざまだ。衛星の温度、あるいは明るさ(太陽電池の発電量)、ジャイロ(姿勢)、磁気であったり……。サイエンスミッションにおいてはまずこうしたデータは「理解すること」が先にある。そうしたデータにもしふれることができたとしても(もちろん、それらの一部は公開されている)、その意味するところを理解することは私たちには難しいだろう。理解できないデータにふれたとして、それは、私たちに何の感情も起こさない。しかし、こうしたデータを使って、たとえば衛星を自分を重ね合わせることができる作品があればどうだろうか。そういった作品から、「今日は(宇宙は)暑いね」だったり、「明るいね」、「暗いね」といった表現を受け取ることができれば、私たちは何らかの感情を喚起されるだろう。そして、宇宙を、地球を回るINVADERをもっと身近に感じることができるのかもしれない。いま「自分が」地球を回っていたらこんなに寒いんだ、こんなに速いんだとか、90分で回るというのはこういうこと、意外に速いんだと。つまり、作品の表現に使われることで、その作品を通して、私たちは、リアルなINVADERの存在を共有することができるのだ。
多摩美の制作チームは、6月7日から始まる東京都現代美術館での展示に向けて、INVADERからのデータを使った作品作りに取りかかっているという。もちろん、ARTSAT APIの運用が始まれば、そこから配信されるデータを使ってたくさんの人たちがいろいろなものを作るだろう。だが、まずは多摩美チームとして今回のプロジェクトの象徴となるようなものを作ることを目指している。まだミーティングを始めたばかり。今まさに軌道上に衛星がいるということを表現したいという話をしているという。実際に衛星が宇宙に行って、衛星と交信しているリアリティを表現したいと。
2号機となる深宇宙彫刻 「DESPATCH」の外観
「やってみておもしろいなと思ったのは、全部がつながっているんですね。衛星の設計からデータ配信するところまで。どれか1つ作ればいいということではない。全部を作らなきゃいけない。だから、ハードだ、ソフトだとは分けられないんです。書類書きからすべて。そこが難しいけど、おもしろいところ」という久保田さんの言葉が心に残った。
ARTSATのようなプロジェクトが乗ることで、遠いものだった人工衛星が格段に身近に感じられるようになった。これまでロケットにかかわりのなかった私でさえ、種子島に行ってしまうほど。こうした超小型衛星の技術が普及し、これまで人工衛星が進出していなかった新しい分野に組み込まれていく。遠い「宇宙」が、私たちの普段の生活の中で身近なものになっていく。もう、そんな未来がすぐそこまで来ているのだ。
(大内 孝子)
Information
ARTSAT Projecthttp://artsat.jp
Facebook Page
https://www.facebook.com/artsat