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太刀川英輔(NOSIGNER)×田川欣哉(takram design engineering)対談

July 27, 2012(Fri)|

デザインとエンジニアの垣根を越えて活動を続けるtakram design engineeringの田川欣哉と、「見えないものをつくる」をコンセプトに既存のジャンルにとらわれない活動を続けるNOSIGNERの太刀川英輔。彼らの共通点ともいえる、分野を越境したものづくりの姿勢から、この時代における「Re-invention」を生む秘密が見えてきた。

(※注 本稿は香港のデザインマガジン『Design360°』誌面用に行われた対談を元に、日本語記事として執筆したもの。360°編集部から与えられた対談テーマ「Re-Invention」に基づいて会話が進められた。
Design360°: “http://www.sandu360.com/design360en/360design_en.php” )


デザイン、エンジニアの垣根を越える――Intergrationはどこにあるか?



太刀川:今日は時間をとってくれてありがとう。takramはデザインとエンジニアの垣根を取り払うという理念に基づいているよね。そこで起きるInventionとは何だと思う?

田川:僕は工学部出身で、エンジニアを学べばものづくりができると思っていたのだけれど、現場に入ってみると、どうやらイメージとは違うことがわかった。ものを生み出す行程におけるエンジニアの位置づけは具体的なリアライゼーションにあって、仕事が依頼される時点では、その手前のアイデアやコンセプトが既にできあがった状態になっていることが多い。そのような状況に対して、デザインとエンジニアの専門性を同時に持った人間になることで、コンセプトを生み出すことと、それを実現することの両方に関わることができるようになるのではないかと。二つ以上の専門性を持つことは、複眼的な思考を持つことに繋がるし、自分のアプローチについても客観的に考えることができるのではないかと思う。

デザインの仕事が来た時点で、僕らが解決すべき課題にはいくつかのバイアスがかかっている。でも、プロジェクトにおける「問題」とは本来、雲みたいなもので、デザインだけが解決策ではない場合もある。そうしたとき、複数の専門軸を持っていることで、ベストなアプローチについて考えを巡らせることができるのではないかと思う。

太刀川:いくつかの領域を横断的に超えて集合的に開発するには、何をもってゴールとするか、問いの共有が重要になる。大きな組織内での開発の場合、デザインの課題に落ちてきた時点で、すでに専門性がふるいにかけられている場合が多いから、そのままでは問いが共有できないし、正しい問いを設計できないことがあるよね。

田川:成功の定義はモノによって違うから、一般解を見つけるのは難しい。たとえ、「Invention」を生み出したからといって成功するわけではない。ものを生み出したときに、一般の人にも受け入れやすいストーリーを同時に提示することも必要。作り出されたものがなぜ良いのかという評価軸についても考える必要がある。


[DRIP GLIP] by NOSIGNER…*1
Photo: HATTA
太刀川:デザインが機能していると感じるのは、レバレッジが効いている状況がある。なるべく最小のものや、その場に自然とあるものを用いて、デザインにおける「記号」をできるだけ少なくしつつ、効果を最大限に発揮する方法を見つけて、そこに生じる関係の比重をできるだけ大きくしたい。
エンジニアリングが介入することは、時にモノの要素や記号を増やすことでもあるけれど、その技術が関係を飛躍させる瞬間だってもちろんある。足し算にならない、ホリスティックな視点でのエンジニアリングの導入が大切だね。

田川:テクノロジー自体はニュートラルなものだから、使い方次第。そのテクノロジーをいかに効果的に意義深い形で活用するかは、エンジニアも経営者も考えているし、デザイナーだけの問題でもない。

太刀川:ひとつの要素が様々な関係を生み出すデザインが作られている場合は、Integration(統合)の魔法が生まれていると思う。たとえばiPhoneは20個のセンサーを板状に統合したデバイスだけど、ソフトを他の人が開発できるプラットホームを作って、様々な関係が自律的に生まれるエコシステムを作ったことで、成功したとも言える。

[OVERTURE] by takram design engineering…*2
 

田川:いま、僕らの生活に必要なものは既に揃っていて、エジソンの時代における「Invention」とは意味が変わってきている。現代的なデザイナーに求められる役割として「Integration」があるが、その言葉の定義については注意深く考えたいと思っている。「Intergration」は要素群の組み合わせによって、ひとつひとつの要素とは違う次元に価値がシフトしたり、全く違うコンテクストが成立することだと思う。巷で「Integration」と言われているものの中には、「Editing」と言った方が正しいものも多い。「Editing」というのは、要素の見せ方や配合比率の調整によってベストの状態が生まれるように工夫すること。実は、社会に必要とされているのはこの「Editing」である場合も多いと思う。

太刀川:無数のEditingを繰り返すことによって、ある物事が「Integration」の状態にジャンプする瞬間があるね。そのジャンプの瞬間は感覚のひらめきなのか、状況が生み出したものかわからないけれど、確かに方法はあると感じてる。
僕は最近、「発想を生み出しやすい状況」が何なのかについてよく考えている。たとえば、50人のマクドナルド店員が話し合うよりも、違う店の従業員や、お客さんや、様々な人種が50人集まって話した方がいい答えが生まれるよね。ある文脈をひとりではなし得ないときに、チームアップによって生み出されることがある。僕のオフィスにも、デザイナーや建築家、デザインリサーチャーなどがいて、こうした集合知によって、創発的に生まれてくるものに期待しているんだ。

田川:ストラクチャーが固まりすぎている日本の風土において、新しいものが生まれにくくなっている状況がある。takramというチームは何かの専門家であるという呪縛から逃れるべく、分野横断を積極的に進めている。デザイン、開発、販売などの問題を専門職ごとに解決するのではなく、全体を見通した提案を考えたい。


越境するデザイナーの役割――「T」型タイプの発想とものづくりへ




Artwork by Bryan Christie, with organ rendering by takram design engineering


Photograph by Naohiro Tsukada



Shenu: Hydrolemic System from takram on Vimeo.


[Shenu: Hydrolemic System] by takram design engineering…*3
© 2012 takram design engineering with Moon Kyungwon and Jeon Joonho. Original concept development by Motohide Hatanaka, Ph.D., Project Leader (until 10/2011, ex-takram)


太刀川:「デザイン」の定義が広がりを持ったことで、アウトプットを通した全体像の課題に対するソリューションもデザインだと思われるようになってきた。これまでコンサルティングファームに任せていたところをデザイナーが担うようにもなってきてるよね。

田川:既存のコンサルティングファームが新しい製品コンセプトを生み出しにくくなっている理由のひとつに、情報の均質化があると思う。インターネット以前には、良質な情報や素材をサプライヤーから入手できる人間や会社が強かった時代もあるけれど、情報が瞬時にグローバルで伝搬しえる現代では、情報はフラット化する傾向にあり、誰もが同じ情報を持つようになった。同じ情報を元にロジカルに発想していくと、同じようなコンセプトに到達する。他とは違うオリジナルな製品を生み出すためには、論理的思考に加え、同時にクリエイティブに発想する必要がある。そういった意味では、デザイナーには、企業を継続的に発展させていくための抽象度の高い役割が求められ始めていると思う。

太刀川:ある専門からスタートして、だんだんと抽象度の高い、越境的な仕事を担うT字型の人間が求められているし、実際に増えてきているよね。全体的な課題へのソリューションをするには、何が本当の問題なのかを見直し、問いの再設定をする必要がある。専門性を超えてIntegrationを起こすには、「強い問いの設計方法」と「問いの共有方法」が鍵となる気がする。

田川:「T」の横棒(=ジャンル横断的なあり方)というのは職業として定義がないし、もちろんデザイナーだけの特権でもないが、そのような横断的な視点が必要だという意識や、そのような人々の仕事のプロセスが社会のコモンセンスとしてシェアされ始めたということについては歓迎したい。

太刀川:いまの時代において、ある専門職を突き進めていくことと、Tの横軸を広げていくのは極めて近いスキルだと思う。何かを突き詰めるとき、どれだけ周囲の情報を把握できるかどうか、複合的な視点が求められていく。

田川:あまりにも構造が縦割り化し、横断的な視野が持ちにくくなってきていたために、全体を俯瞰できるT字型の人間が急激に求められ出した。専門職的なキャリアパスに対して、T字型のロールモデルがもっと増えていけばいいと思う。T型と専門家はどちらが重要かどうかということではなく、それらがどちらも一定数以上いてバランスが保たれていることが大切だと思う。専門家の本質に突き刺さるまでの深度を持ったモノや考え方は本当に素晴らしい。

太刀川:圧倒的なクオリティの高さでだけ、突破できる問題もある。それには、職人的な専門家からクオリティラインを学び、継承することが重要だね。

[Design For Freedom] by NOSIGNER…*4

[The Moon] by NOSIGNER…*5

田川:最初の話に戻るけれど、「デザインとエンジニアの垣根を越える」とは、どっちつかずに寄り添うようなことではなく、互いの専門性の高さによってテンションの高い状態を維持することが最も重要だと思っている。相容れないふたつのものが拮抗し合い、どれだけテンションを維持できるかがクオリティを担保する鍵となる。また、いまのものづくりの現場では、InventionやInnovationに重きが置かれ過ぎている気もする。そもそも、Inventionする必要がなくてもうまくいく状態もあるし、それがInventionかどうかは後からわかることもある。そうした自己暗示のような制約から解放され、常にニュートラルな立場でものづくりをしたいと思っている。

太刀川:僕の立場では、Inventionを求められることも多い。でも、創発が起きる状況作りや、探し続ける方法の発見によって、モノの価値がジャンプする瞬間は必ず生み出せると思っている。世界中のそこかしこで起こっていることだよね。いま、「Design for Freedom」という新興国におけるプロダクト開発のプロジェクトに取り組んでいるけど、これは、インドやマレーシアのおじいちゃんなんかが生み出した発明にフォーカスを当てて、その製品化やデータベース化、普及を助けていく試み。人々の生活の中にも知恵やアイデアが豊富に溢れていて、発明は至るとこにで起きている。InventionやIntegrationを探し続けることに躊躇してはいけないね。


Text by Arina Tsukada


WORKS


*1 [Drip Grip (KDDI design prototype)] by NOSIGNER
水滴の形を模した携帯電話用滑り止め。普段、そのカタチを意識することのない自然な形(=水滴)を取り込むことで、人とモノの関係をシンプルに、自然な状態へと近付けたデザイン。

*2 [OVERTURE] by takram design engineering
水の入った約100個のLED電球が吊るされた空間インスタレーション。LEDライトが球内の水面を照らし、床面にやわらかな光の痕跡を描き、電球に触れると、球内のタッチセンサーが反応して内側から脈拍のような鼓動が伝わってくる。2009年のミラノサローネTOSHIBA展にて、「次世代のあかり」を美しく表現した作品。

*3 [Shenu: Hydrolemic System] by takram design engineering
「100年後の汚染された地球」をテーマに、未来の衣・食・住のあり方を各参加作家が提案した、ドイツ・ドクメンタ出品中のプロジェクトワーク。「食」を担当したtakramは、様々な方法による水の獲得方法を考案。栄養素と水分を含んだ卵型のカプセルや、動物の発汗機能に着目した首輪型体温調整機、尿をろ過する装置などを発表した。
Vimeo: http://vimeo.com/43956767

*4 [Design For Freedom] by NOSIGNER
インド、スリランカ、ネパールなどの新興国において、現地の人々の中で自発的に生まれた名もなきイノベーションの数々をデータベース化し、世界に広めるプロジェクト。世界を変える可能性を持った現地の発明を先進国の情報源と繋ぐことで、新興国の課題解決におけるスピードを上げるためのデザインを考案していく。NOSIGNERと株式会社グランマの共同企画。

*5 [The Moon] by NOSIGNER
JAXAの衛星「かぐや」が観測した月の3Dデータを元に、精巧な満月を再現したLEDライト。

PROFILE

田川欣哉 / takram design engineering
1999年東京大学工学部卒業。2001年英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。帰国後、リーディング・エッジ・デザインに参加。デザインとエンジニアリングの二つの視点を活かした多角的なアプローチで、インタラクティブなアート作品からソフトウェア、ハードウェアまで幅広い製品を手掛ける。主な作品に、親指入力機器「tagtype Garage Kit」、レーザードローイングツール「Afterglow」、NTTドコモ「iコンシェル」「iウィジェット」のユーザインタフェースデザインなどがある。2007年Microsoft Innovation Award最優秀賞、独red dot award: product design 2009などを受賞。
http://www.takram.com/”http://www.takram.com/


太刀川英輔 / NOSIGNER
「見えない物をつくる職業」という意味を持つデザイン事務所NOSIGNERの代表。デザイン主導によるイノベーションを生み出す組織。新領域の商品開発やコンセプトの設計、ブランディングを手掛ける。経済活動としてのデザインのみならず、科学技術、教育、地場産業、新興国支援など、社会的意義を踏まえたデザイン活動を続けている。被災地で役立つアイデア・デザインをwikipedia形式のwebで共有する「OLIVE PROJECT」代表。
http://www.nosigner.com/”http://www.nosigner.com/


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