2014年3月12日〜23日、青山のスパイラルガーデン エスプラナードにてサイネージをテーマとした「インタラクティブ・クリエーション・キャンプ 」成果発表展が開催された。
「インタラクティブ・クリエーション・キャンプ 」
とは、ユッシ・アンジェスレヴァ氏、近森基氏、筧康明氏など、現代のメディア環境に精通するクリエイター18名を講師に迎え、サイネージの制作に取り組むハッカソンスタイルのワークショップだ。
このプロジェクトは、プロダクション数社によって運営されているクリエイティブ・アライアンスI.C.E(アイス)が、街中でノイズ化しつつあるサイネージを見直し、社会により良い効果を生み出せるサイネージを、という目的のもとに主催したもの。
コンピュータが発明された60年代の後半には、既にインタラクティブアートのようなものがつくられていたというが、その存在が顕著になってきたのは1980年代の中頃。そして1990年にはPrix Ars Electronica(アルス・エレクトロニカ賞)にインタラクティブアート部門が設立され、1995年には「World Wide Web」というインターネット関連部門が設立された。(現在はネット関連のカテゴリーはインタラクティブアート部門とデジタルコミュニティ部門に集約)インターネットが登場した90年代以降は、インタラクティブアートとインターネットはつかず離れずの関係にあり、共に歩んできたといえるだろう。
今回のワークショップが、インタラクティブコンテンツやWebの制作に携わるプロダクションによって企画されたということにも、ひとつの時代の流れを感じた。
同展には、一般公募から選出された若手デザイナー / プログラマー 29名が5つのチームに分かれ、「ソーシャルグッド」をテーマに制作したサイネージが並んだ。「ソーシャルグッド」とは、一般に社会貢献活動を促進するソーシャルサービスの総称、または、そうしたサービスを通じたとりくみのことを指すが、このワークショップでは、サイネージを通じて街中により良い効果を生み出すコミュニケーションデザインを目指したという。ワークショップは今年の2月から約1ヶ月に渡って開催されたが、サイネージの制作は約3週間という短いタームの中で行われたという。それにしてはクオリティの高い作品が揃い、3週間で制作されたとはとても信じられなかった。ここでは、2日間にわたって行われた講評会とシンポジウムの模様をお届けする。
サイネージをもっと使えるものにするためには?現場に立つディレクターがアドバイス
3月22日(土)は、インタラクティブデザインの現場で活躍するディレクター陣が揃い、講評会を開催。単なる評価にとどまらず、現実的なアドバイスがよせられた。
講評メンバーはベルリンから来日したユッシ・アンジェスレヴァ氏(ART+COM)、小池博史氏(イメージソース)、村田健氏(ソニックジャム)、築地Roy良氏(BIRDMAN)、木下謙一氏(ラナエクストラクティブ)、 阿部淳也氏(ワンパク)。

てあらいかがみ
想定環境:アミューズメント施設等のトイレ、幼稚園
手洗いゲームを通して、子供たちに正しい手の洗い方を伝えるサイネージ。手洗いジェルのポンプの下に圧力センサーが仕込まれており、ポンプを押すとゲームがスタート。ディスプレイ上に自分の手と泡、バイキンなどが映し出され、手洗いゲームが楽しめる。手の動きはLeap Motionで読み取り、インストラクションの通りに手を洗うと、ゲームをクリアできる。

Katsufumi Matsui, Eri Nishihara, Yuta Takeuchi, Tomo Kihara, Wataru Ito, Yuta Kato
アンジェスレヴァ氏は「ビジュアライゼーションがうまくいっていて、楽しさがあるのがいい」とコメント。子供たちに人気があり、リピートする子供も多かったそうだ。実際に体験してみると、ゲームをクリアする感動があり、かなり完成度が高い。木下氏は「この場で手が洗えるともっと良かったのでは。次のステップとして、ぜひそういうところまで考えてみて」と言及。阿部氏も「洗面所という設定だとしたら、ひげ剃りや歯ブラシが出てくるなど、もっとバリエーションが広がる。もう一つステップを加えればメーカーに売り込めそう」とコメントをよせた。
Look at Me!
想定環境:駅構内
“歩きスマホ”をしている人に注意喚起を促すサイネージ。キネクトセンサーで通行人を検知し、指向性スピーカー(限られた範囲のターゲットに限定して音を発するスピーカー)で「前を向きなさい」と呼びかけ、ディスプレイに近づいていくと、モザイクのかかった女性の姿が徐々に鮮明になり、女装した男性の姿が現れる。最後のオチには、ユーモアで注意喚起をやわらげようというねらいがある。

Wakana Goto, Masanori Yoshii, Kazuma Kousaka, Nagomu Sugimoto, Yuki Anai, Kentarou Tetsuka
このサイネージは「指向性スピーカーが凄い」と一部で話題を集めていた。たしかに街を歩いている時、いきなり耳元でささやかれるように話しかけられたら、気にならずにはいられないだろう。モザイク状の映像が魅力的で、最後にオチをつけるというアプローチも好評だった。
築地氏は「サイネージに指向性スピーカーを使うという着目点はいいかなと思いました。個人を特定するような呼びかけをするともう一つ次のステップに行ける」とコメントした。
自分販売機
想定環境:街頭
「3Dプリンタが一般化したら、自分の3Dデータが自動販売機で買えるようになるかもしれない」という発想から生まれた自販機型サイネージ。キネクトセンサーでユーザーを3Dスキャンし、ディスプレイに4つのテクスチャの3Dデータを表示。ユーザーは好きなデータを選び、SNSやメールなどで共有できる。

Koki Nomura, Kanako Takehara, Kenta Watashima, Mai Nakagawa, Kazuma Suzuki, Ryota Okawa
講評陣から「こんな自販機が実現できる未来も、そう遠くはないかもしれない」と評価されたサイネージ。制作メンバーは、「3Dデータが婚活や就活に使われるようになることもあるかも」という未来を見据えてデザインしたそう。今回は展示スペースの関係でキネクトセンサーを1台しか設置できなかったというのが残念だったが、3Dスキャンの精度が高まればぐっと面白く、現実的になりそうなアイデアだ。
Cloud Sending
想定環境:空港
旅行者が自分のスーツケースの空き容量を“寄付”し、支援物資の運搬に貢献できるサイネージ。飛行機の搭乗券をスキャンし、秤の上に荷物をのせると、ディスプレイに荷物の空き容量と行き先から決定した支援物資が表示され、その間に印刷されたレシートをカウンターに持って行くと、支援物質を受け取れる。旅行者の移動と共に世界中へ支援物資が届けられる。

Naoya Iwamoto, Yoshinori Takeuchi, Natsuko Miyazaki, Yuki Yoshida, Arata Uesugi, Yu Nakamura

アフォーダンスを意識したというこのサイネージは、何とも心地よいナビゲーションに驚かされた。アンジェスレヴァ氏は「アイデアもデザインもとてもいいと思う。ただ搭乗券を受け取った後にこのシステムを利用するのは現実的ではない。サービス自体は他の方法で行い、このディスプレイはサービスを可視化するプロモーションに利用してもいいかもしれない」とコメント。さらに村田氏は「インストラクションムービーが自然に入って来るのがいい。例えば被災地に支援物資を送る体験ができるサイネージなど、ひとつの作品として発表してもいいのでは」と評価した。
スマホリウム
想定環境:カフェ、モバイルキャリアショップなどの施設
街中でのスマートフォン充電システムのためのサイネージ。それぞれの機種に対応した棚から充電を始めると、ディスプレイに植物が芽吹き、充電時間とともに成長。専用アプリをインストールすると、生成される植物のキーカラーが選べるなど、+αのサービスが楽しめる。今回の制作ではキーカラーの搭載までにとどまったが、スマホリウムの位置情報を通知するサービスなどを想定。

Aki Aoki, Tomonori Mizutani, Kazuki Sakoh, Wan-seok Ryu, Shotaro Ito
このサイネージは女性をターゲットにデザインされており、木製の充電ドックが丁寧につくられていた。築地氏からは「専用アプリに可能性を感じた。いっそのことこのディスプレイはやめて、スマートフォンの画面に表現をフォーカスさせてみては」とコメントがあり、アンジェスレヴァ氏もその意見に同意。最適なディスプレイを選択する必要性に気づかせられた。
最後に、今回のプロジェクトの発起人でもある小池氏が「今回は『ソーシャルグッド』というお題に応えることで、皆さん作品を成立させる最低限のライン、もしくはそれ以上のところまで行くことができたと思います。今回は縦型モニターという縛りがありましたが、メディアはそれだけではありません。ここからさらに発展させ、社会的問題を解決するインタラクティブデザインの存在を盛り上げていきましょう」とコメントし、会を締めくくった。
ユッシ・アンジェスレヴァ、近森基、筧康明、大内裕史、Saqooshaが語った
インタラクティブメディアの今、そしてこれから

3月21日(金)には、今回のワークショップに講師として参加したクリエイター陣を迎え、シンポジウムを開催。登壇者はユッシ・アンジェスレヴァ氏(ART+COM)、近森基氏(plaplax代表取締役)、筧康明氏(plaplax / 慶應義塾大学准教授)、大内裕史氏(WOW)、Saqooshaこと小山智彦氏(カタマリ)。ファシリテーターは岡田智博氏(NPOクリエイティブクラスター)。
前半はデザインチームART+COMの副クリエイティブディレクターであり、ベルリン芸術大学の名誉教授でもあるユッシ・アンジェスレヴァ氏によるプレゼンテーションが行われた。
アンジェスレヴァ氏の代表作といえばBMWミュージアムのプロジェクト「kinetic sculpture」。この日のプレゼンでは、彼の出身校であるロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)時代の作品から「kinetic sculpture」に至るまで、そしてベルリン芸術大学でのプロジェクトなどが紹介された。
Bodyscanner from Jussi Ängeslevä on Vimeo.
「私がデザインを学び始めたころは、インタラクションデザインという分野はなく、当初はコンピュータだけで作品をつくっていたのですが、RCAではフィジカルな要素が大切だということを学びました。『BODYSCANNER』(2001)は、体の中を見ることができるという非常にシンプルな作品ですが、私のインタラクションのキャリアに大きな変化をもたらしました。この時から、目で見ることだけではなく、体で感じるということを重視するようになりました。」

2002年にRCAを卒業したアンジェスレヴァ氏は、2003年に Prix Ars Electronicaにて「Honorary Mention」(栄誉賞)を受賞し、2004年にART+COM のクリエイティブディレクターに就任。以降は、ART+COMとアカデミアの間を行き来しながら様々なプロジェクトに関わるようになる。プレゼンでは、現在教鞭をとっているベルリン芸術大学デジタルメディアデザイン学科のプロジェクトから、興味深い事例の数々を紹介してくれた。
下の動画は出生前診断検査にフォーカスしたプロジェクト「therefore I am」(2014)。母親の血液を分析することによって胎児のDNAを読み出し、その人のライフストーリーを予測しプリントアウトするというものだ。
therefore I am from Michael Burk on Vimeo.
「therefore I am」Digitale Klasse, Berlin University of the Arts, Prof. Joachim Sauter, Prof. Jussi Ängeslevä
ほか、ベルリンの街を走る自転車が舗装の悪い道を走ると“Complain”(文句)を記録し、その記録を政治家に送るという作品「Auto-Complain」や現在取り組んでいるという3Dプリンタで指輪をジェネレートするプロジェクト「Ciphering」などを紹介。社会にコミットする政治的なものや、哲学的な問いを投げかけるものなど、思慮に富んだ作品が揃っていた。
後半は登壇者によるディスカッションが行われ、それぞれが今回の展示について、総評を述べた。

Saqoosha:どの作品も完成度が高いと思いました。ソーシャルグッドというテーマは僕からの提案だったんですけれど、どの作品も技術だけになっておらず、きちんとテーマにはまっていたと思います。
岡田:技術的なイノベーションだけではないことをしないと、本当に価値のあるものはできてこない。これからは新しいテクノロジーだけではなく、テクノロジーと付き合う物語をつくっていくことが必要ですね。
筧:今回参加した方たちは、何の文脈もない白い壁の前にストーリーをつくっていかなければならないという難しい競技に挑まなくてはなりませんでした。そんな中、サイネージが置かれている場所を想起させられるような作品が揃い、デザインが機能していたと思います。本当はこの後に、実際に適した場所に、適したタイミングで置いていくという作業があると思うんですが、そこまで行けそうな作品が並んでいたと思います。

近森:デザイナーとエンジニアが一つのグループで作品をつくり、ゴールを切れた意味は大きい。でももう、インタラクティブというだけで「いいね」と言われる時代は終わりつつある。今回はインタラクションをつくるということがテーマの一つにあったけれど、ここで大事なのは、どうインタラクションをつくるかということだけではなく、それがどういうストーリーの中で成立し、どんな意味をもっているか、ということだったのではないでしょうか。
筧:狭いインタラクションではなくて、広い意味での関係性を見るということ。
大内:ここで終わらせるにはもったいないものばかり。着眼点はすごくいいと思うので、次のステップを期待してしまいます。本当に酷いサイネージが多い中、つくる僕らも責任を感じています。今回並んだ作品のような、日常に「あったらいいな」というクリエーション、僕らは意外とやっていないんです。次はそういった日常的な欲求にフォーカスしていこう、社会にコミットしていこう、という段階にきている。そんな中、今回のようなワークショップが開催された意味は大きい。ここから社会に落としこめたらいいですよね。お金を投資して下さる方がいたらいいですけど(笑)。
アンジェスレヴァ:短い時間の中、ここまで作品のクオリティを高めたことはすごいことだと思います。今回のワークショップはテクノロジーよりも、皆さんが何を学んだかということが大事です。テクノロジーを理解する必要はありますが、実際にものをつくる時には、どこにフォーカスをおくかということを考える必要がある。つくることの意味を考えずに、テクノロジーだけにフォーカスしてしまうと、最良の結果は得られないと思います。私自身の制作でも、多くのことはやっていません。私の挑戦は、一つのことにフォーカスしていくということです。
シンポジウムは熱のこもったトークが展開され、やや時間を押して閉会した。
今回のプロジェクトを通して見えてきたのは、サイネージをどこに、どのように設置するか、という次なる課題と、サイネージをつくることは、住環境や都市環境に関わってくるということだということ。下の写真は、アンジェレヴァ氏が興味深いリファレンスとして紹介してくれた写真だが、サンパウロの美化運動の一環として発令された屋外広告禁止条例(2007年施行)によって、町が様変わりした様子を写している。

source:
Sao paolo passed a law forbidding Advertisement billboards few years back. The city looks pretty eerie these days
https://secure.flickr.com/photos/tonydemarco/sets/72157600075508212/
サンパウロの街の様子は、少々抑圧的な感も否めないけれど、街に最初から看板やポスターが無かったら、それはそれできれいかもしれない。もし本当にそうなったら、その時そこに何をインストールしていくのか、インタラクティブメディアには不可視なものを可視化していくポテンシャルがあるということも加味しつつ、改めて考えてみたい。
Text by Yu Miyakoshi
Information
「インタラクティブ・クリエーション・キャンプ 」成果発表展http://i-c-e.jp/icc2014/
会期:2014 年 3 月 12 日(水)〜23 日(日)
会場:スパイラルガーデン エスプラナード(スパイラル M2F)
主催:一般社団法人インタラクティブ・コミュニケーション・エキスパーツ
会場協力:株式会社ワコールアートセンター
助成:平成25 年度文化庁メディア人材育成支援事業
講師
Jussi Ängeslevä ART+COM 副クリエイティブディレクター / ベルリン芸術大学名誉教授
近森 基 ( 株 ) プラプラックス メディアアーティスト
筧 康明 インタラクティブメディアデザイナー / 研究者
大内裕史 WOW ビジュアルアートディレクター
岡田智博 NPOクリエイティブクラスター クリエイティブプロデューサー
小池博史 ( 株 ) イメージソース クリエイティブディレクター
富永幸宏 ( 株 ) エイド・ディーシーシー エグゼクティブプロデューサー
遠崎寿義 ( 株 ) ザ・ストリッパーズ クリエイティブディレクター
村田 健 ( 株 ) ソニックジャム チーフプロデューサー / テクニカルディレクター
築地Roy良 ( 株 ) BIRDMAN クリエイティブディレクター / アートディレクター
北村 健 ( 株 ) ベースメントファクトリープロダクション クリエイティブディレクター
木下謙一 ( 株 ) ラナエクストラクティブ クリエイティブディレクター
阿部淳也 ( 株 ) ワンパク クリエイティブディレクター
澤邊芳明 ( 株 ) ワン・トゥー・テン・デザイン クリエイティブディレクター
小山智彦 ( 株 ) カタマリ テクニカルディレクター / Flashディベロッパー
藤牧篤 ( 株 ) イメージソース アートディレクター
北村博朗 ( 株 ) イメージソース テクニカルディレクター
坪倉輝明 ( 株 ) ワン・トゥー・テンデザイン プログラマー / メディアアーティスト