前回のコラムに関してメールをくださった人々ありがとうございました。まだまだ美大留学情報が一般的に少ないことを思い知らされます。ということで、第一回の留学準備編(思いっきり後づけ)に続き、今回は、入学後編にすることにします。以下、ロードアイランド芸術大学(以下RISDと表記)のグラフィックデザイン科の生徒の四年間大まかな流れを一通り触れておきたいと思います。それぞれの学校で行われる授業の内容は大きく変わると思いますが、アメリカの美大では大体こんな感じのことが行われているといった雰囲気を掴んで欲しいと思います。自分自身Transfer(編入)だったので全部の授業を受けた訳ではないので、中には一般的な説明しかできないのでそこは悪しからず。それ以外は文章だけではどうしても分かりにくいものもあるので、僕自身が学校で制作した作品を例に主なクラスの授業内容を具体的に説明していきます。
Freshman (一年) :
一年目はFoundationコースといい、美術の一般的な基礎知識を包括的に学ぶことに費やされる。アメリカの美大の授業は大きくStudioとLiberal Artsに分けられる。Studioのクラスはその名の通りアトリエ(Studio)で実際の制作を学ぶクラスであり、Foundationではドローイング、2Dデザイン、3Dデザインという主に三つがある。ドローイングの授業ではモデルを使ってデッサンを行い、2Dのクラスでは、ガッシュ(不透明水彩絵の具)での二次元的な構成、色の基礎的な理解に当てられることが多い。その内容を敷衍して学期末の授業には自分の感情を色で表現し、お互いディスカッションをするとか、ショートムービーの制作などより表現に近いプロジェクトが盛り込まれる。3Dデザインでは講師にもよるが、美術館にある立体彫刻をデッサンし実際に複製を作ったり、大きな段ボールの一枚のシートを使い折り紙の要領で椅子を作る課題などがよくある。尚これらの授業は全ての一年生の生徒が受ける授業であり、自動的に複数のクラスに振り分けられるようになっているので基本的に教授を選べないようになっている。
その他Liberal Artsは所謂一般教養科目でこれも四年間通してStudioを平行して勉強していくことになる。基本的には美術史、英語は必須であり、それぞれ3〜4つのレベルの授業があり卒業までにそれら全てを消化しなければならない (これらのクラスには難易度が高いものもありかなり厄介である)。Foundationでは時間的にも結構な時間をこれら非Studioのクラスに当てることになる。RISDの場合、近くにあるブラウン大学と提携していて、そこで取得する一般教養の単位を移行することも出来る。ブラウン大学(http://www.brown.edu/)は、質のいい教育が評判の学校であり、外国語では日本語や中国語などをはじめ、他にアカデミックなクラスが豊富にある。美術大学だけでは学べない科目をカバーする教育環境になっている。
キャンパスにあるRISD Museumはドローイング、美術史の授業、イベント等多くの機会に活用される。
授業でのディスカッションの様子。
Sophomore (二年) :
グラフィックデザイン二年次必須科目。
Typography I - 3 credits
Typography II - 6 credits
Form + Communication - 6 credits
History of Graphic Design - 3 credits
Setting the Site - 3 credits
*RISDのサイト(http://gd.risd.edu/www/programs/undergrad_curriculum/)からの転載。
一年から入った生徒は二年目から自分で選択したメジャーに入ることになる。また、ほぼ全学部通してTransfer可能なのが二年からである(一部三年次から編入可能)。専攻のStudioに対して、非専攻のクラスはNon-Major Studioと呼ばれ、こちらも二年次から数単位必須になってくる。グラフィックデザイン科の生徒でも写真学科の授業や、工業デザインの授業も取ることが可能である。ただしNon-Majorの場合、基礎的なクラスしか受けられないようになっている。どうしても受けたい授業があれば、事前に担当の講師を訪ね許可を取っていなければならない。
さてここからグラフィックデザインの授業の詳細をいくつか見ていきたい。
Form&Communicationでは週二回の授業で、一学期間一人のメインの講師につきつつ、週一回は八人の講師を三週間ごとに輪講し異なったプロジェクトをこなしていく授業である。授業の内容的には主にFreshmanの2Dデザインの延長に近い、雑誌を切り抜きコラージュし、意図したストーリーを説明させるものや、図書館にあるアーティストブックを選びそれを元にポスターを作るなどといったような課題(*1参照)が含まれる。
*1 Thomas OckerseのThe A-Z Bookを元にしたポスター
Typography Iでは基本的なタイポグラフィ用語、歴史、書体の成り立ちなどを勉強する。
Typographyとは何かという基礎知識を勉強する。あるクラスでは鉛筆で大きな藁半紙にアルファベットを手書きすることを反復していた。細かな部分も大きく描くことでディティールを強く意識することなる。これが後期のTypography IIになると、Typographyをもっと色々な場面で使ってみてTypographyとは何かの理解を深めることに時間が割かれる。例えば、ニューヨークタイムズ紙の切り抜きをコピー機で拡大、縮小、スキャンしたりして、構成したコンポジションにパソコンの文字を加えたり。或は、16"x16"のサイズを三枚という紙面を与えられ、任意にタイポグラファーを一人選びその代表的な書体を使いレイアウトをつくる課題などがあった。このクラスでの二年最後の課題(*2)は、与えられたトーマス ピンチョンの"競売ナンバー49の叫び"の文章を一次テキストとし、二次テキストを自分で選び、それらのタイポグラフィがビジュアル的に繋がるような本を作れというものだった。 Typography IIは最も課題が多く、最もタイポグラフィに浸ることの出来る授業の一つである。
*2 Thomas Pynchon "The Crying of Lot 49" x Ludwig Wittgenstein "Philosophical Investigations"
*3 18世紀の木口木版画家
Thomas BewickのポスターHistory of Graphic Designではクラスの半分が教科書を使ったグラフィックデザイン史の勉強に与えられ、計7回くらいテストもあった。早朝から行われる講義は二時間くらい続くが、その後はクラスに戻って担当の講師とデザイン史に基づくプロジェクトを制作するというものであった。例えば、一人一人に違ったデザイン史のキーワード(運動名、作品名、アーティスト名含む)を渡され、その題を元に8.5"x22"の変則サイズポスターにするといった課題(*3)があった。単なるリメイクのアプローチでは無いが、元の作品の雰囲気は失ってはいけないという指示もあって、非常に長い時間手を拱いたプロジェクトだったと記憶している。
Junior (三年) :
グラフィックデザイン三年次必須科目。
Color - 3 credits
Visual Systems - 3 credits
Typography III - 3 credits
Making Meaning - 6 credits
個人的に二年次のクラス群が一番中身が濃いと思えるのだが、三年に入るとよりコンセプトやプロセスを重視し、ビジュアルの出来というよりは、プレゼンテーションの方が重要視されていたように思る。生徒によっては、一般教養科目が全部取り終わってるものもでてくるが、逆にStudioのクラスに集中してた人は数々の筆記テストに追われることもある。そうならない為には自分の専攻を決定した直後から前年度、前々年度の授業カリキュラムを参考にして四年までの単位取得計画を具体的に立てることが大事である。
Colorはグラフィックデザイン科の授業の中でも恐らく最も一般的な授業であろう。一年次でやったようなガッシュでの作業が延々と続く。混色して原色、二次色、三次色を作ったり、グレースケールをひたすら作ったりである。この一連の作業が終わると、パソコンで作成しプリンターで出力した色を作ったガッシュの色をマッチさせることになっている。何度も微妙にCMYKの違う色のスウォッチを大量にプリントし、色の判定を自分の目で日常的に出来るようにするのが目的である。
Visual Systemsは元々、黄金比等の決まったシステムを元にデザインを構築する練習をする実験色の強い授業であった。三連のポスターに共通するルールを構築し、出来るだけ厳しくそのルールの中でビジュアルを作るといった課題もあったが、自分のクラスは若い講師によってやや違うことをすることになった。例えば、11"x17"上の紙にコピー、ペースト、拡大、回転等の単純動作を機械的に反復してビジュアルを作ったり(*4)、数週間で簡単なProcessingの時計を制作する課題とかがあった(*5)。古くからの伝統が残る学校に於いてはこういった若い講師による新しい授業の提案がなされるのが興味深い。講師ごとに少しづつ異なるプロジェクトをしていると、生徒同士お互い興味をもって話掛け合ったりするし、新しいアプローチの是非は学期末に教師の評価をするアンケートで必ず学科全体にフィードバックされるからである。
*4 lower case x constellations
*5
Typography IIIになると、課題に関する大きな取り決めは少なくなった。IIIではある意味好きなことを出来るように比較的オープンな内容の課題が多かったように思う。中でも自由にデザイナーを選び、そのデザイナーに即した本のレイアウトを考えるといった課題(*6)があり、皆それぞれ全く違うような作品を作っていた。ただプレゼンでは勿論皆が分かるような説明をしなければならない。この頃から、卒業制作を意識し始めるのでそういう意味では、コンセプトを出来るだけロジカルに説得的に説明するトレーニングを積めるいい機会でもある。そしてMaking Meaningでも主なテーマになるのだが、narrative(ストーリー)をいかに作品にこめるかが、他の生徒に自分の意図がより伝わるかどうかを左右する重要なキーになっていたと思う。logicとnarrativeをしっかり持った作品はしばしば講評に於いてstrongだと言われる。
*6
Senior (四年) :
グラフィックデザイン四年次必須科目
Senior Studio - 6 credits
Degree Project - 6 credits
BGD Studio II - 6 credits
Professional Internship - 6 credits
四年次のSenior Studioで初めて、グラフィックデザイン科の生徒は商業的なグラフィックデザインらしき課題に取り組むことになる。それが遅すぎるのかどうかは別として、このような実践的な教育がどうしても後手になりがちなのはアカデミック色が強い美大の宿命である。
Senior Studioは八名くらいの講師による輪講であったが、それは近年変わりつつあるらしい。RISDがあるプロビデンスから電車で約30分離れたボストンから、数名の現役のデザイナーを講師として呼び、彼らが実際に関わった題材を使って、地元のフェスティバルのパンフレットや、CDブックレットのデザインとかを作る課題(*7)があった。各課題が大体二週間程度で方向性の提案から実際のデザインの仕上げなど全てを終えなくてはならないので、短い時間でテーマに沿った作品を上手く仕上げることが要求される。
*7
さて学部最後の課題は卒業制作である。しかし、僕が行ってた年では実質四年の最終学期の一学期間しかその時間に当てられていなかった。講師陣の理解は、卒業制作(*8)もたくさんある課題の一つであるということであった。四年次が始まってすぐにプロジェクトを綿密に計画し始めるといった人々もほとんどいなかったように思える。だが、多くの生徒は最後の課題ということで、リサーチやテーマを選んだ意図の選択に相当な時間をかけていた。授業といっても自分のテーマを発表し、進捗状況を逐一クラスメイトに報告しながら、アドバイスをもらうといったことが大半で、ディスカッションというより皆で伝わっている所、そうでない所を見つけ合いとても為になった。一ヶ月ごとくらいに、作品を持ち込み細部に渡って短いプレゼンテーションも行うが、学期の最後に複数人の講師、教授陣を前にプレゼンするのが最終審査である。外部のデザイナー、アーティスト含め最大六人くらいに対して、二十分程度で作品のコンセプトからプロセスまでプレゼンテーションする。
*8 Helmut Schmidへのオマージュをこめた六枚の手描きポスター
恐らく日本の美大の四年生と決定的に違っていたのは、就職活動に対する認識である。何度も大都市に行っては面接を受け、就職先を見つけるような人は中にはいるが数は少なく、仕事先が未決定のまま卒業する人が三分の一から半分くらいいたように思う。アメリカでは年齢、性別等のバックグランドは問えないし、履歴書に写真を貼ることも無い。新卒という枠などそもそも無いことが日本と大きな違いを生んでいるのであろう。友達を見ていると比較的ゆっくりと卒業後も時間をかけて、ボストンやニューヨークに移住するなりして仕事先を探すのが一般的であった。もちろんこれも学校によりけりである。ニューヨークあたりの美大ではもっと早くから意識をもって積極的に就職活動しているとよく聞く。
大学院での授業 :
以上のようにアメリカの美大の四年間を大体追ってきましたが、大学院の様子は特に取り上げませんでした。少し説明を加えると、例えば、RISDのグラフィックデザインの大学院には学部で違う専攻してきた人々の為の三年間のプログラムと、同じ専攻の学士過程を終えた人々の為の二年間のプログラムがあります。前者は学部の二、三年生がやっているような授業を一年目でやり、二年目から後者の生徒と合流していく感じです。その後は、一般的に大学院専門の授業をやりつつ、最終年には卒業制作をひたすらやるような流れになっているみたいです。Form + CommunicationやColorなどのクラスでは院生と学部が重なることもあり、大変刺激も受けることが多いです。編入で入った人々にとっては年齢が近いこともあると院の生徒とより仲良くなる機会が多くあると言えます。僕自身も彼らとやり取りの中で授業以上に勉強になることが多々ありました。
この二回をもって留学の手引きシリーズは一応終わりにします。メールでも頂きましたが、英語能力をどうつけるかがまず鍵でしょうか(すごい話が戻ってしまって申し訳ない)。やっぱりTOEFL iBTが鬼門でしょうか。僕は英語攻略法なんぞ到底書けませんが、前もちらっと言及したようにコミュニティカレッジに行きながらTOEFLの点数を上げていくのも手です。そしてコミカレでは希望大学入学後に単位を移行できるクラスを取りましょう。入学したい学校を入念に調べればどういった内容の一般教養科目が必要か分かるので効率的に時間は使えます。後は日本で出来ることは日本でかなり完璧にしておいて、スピーキング系を渡米後に頑張るといった計画があれば理想的です。それが無理なら、何度も同じ参考書をやって、英語のラジオとか聴きまくって脳みそに刷り込みましょう。反復に勝るもの無し。ここまで読んでくれた受験生頑張れ。