初めまして、現在東京でフリーのグラフィックデザイナーをしている弓場と申します。これから六回に渡って、グラフィックデザインに関係するトピックを自分の経験や出会ったデザイナーの人々の声も含めて掘り下げていきたいと思います。只今グラフィックハグ(http://graphichug.com/)というデザインブログを主にアメリカのサンフランシスコ、ニューヨーク、ボストンのデザイナー仲間と一緒にやっていてることもあるので、アメリカの若いデザイナーの視点も積極的にこのコラムを通じて発信したいと思います。
とは言いながら第一回は少々限定的なトピックになりますが、アメリカでのグラフィックデザイン留学についてを取り上げたいと思います。僕自身日本の大学卒業後、ロードアイランド芸術大学(以下リズディ)のグラフィックデザイン専攻に学士課程に編入した経験があるので、学校選びから願書応募のプロセスまで一通り、留学の手引きという感じで紹介していきたいと思います。アメリカとグラフィックデザインという点に絞りますが、今海外で学びたいと思っている人にも少しでも参考になればいいと願っています。
グラフィックデザインが学べる大学:
アメリカの大学でグラフィックデザインを学べる大学はコミュニティカレッジを含めると多々あるが、ここでは比較的よく知られている代表的な大学を10校程度ピックアップしたい。
まず西海岸ではキャルアーツ: California Institute of the Arts、アートセンター: Art Center College of Design、アカデミー: Academy of Art University。中東部ではミシガン州にあるクランブルク: Cranbrook Academy of Art。東海岸では、イエール: Yale University School of Art、リズディ: Rhode Island School of Design、ニューヨークのプラット: Pratt Institute、SVA: School of Visual Arts、パーソンズ: Parsons the New School for Designなどがよく知られている。クランブルクは学士課程がそもそも無く、修士課程のみである。そして、所謂グラフィックデザイン専攻は2Dデザインと呼ばれている。イエールは、学士での芸術専攻はなく芸術大学院にグラフィックデザイン専攻がある。*学校名の日本語は普段アメリカ人も使う学校の呼び方です。正式名称ではないのであしからず。
グラフィックデザインに限らずどのような美大が一般的には知られているのだろうか。その為にUS News Rankingsを一回見てみるのも悪くはない。陶芸、グラフィックデザイン、インダストリアルデザイン、マルチメディア/ビジュアルコミュニケーション、絵画、写真、プリントメイキング、彫刻、以上の専攻に関して、オンラインでトップ10の大学院が紹介されている。それ以上のランキングの閲覧は有料となっているようだ。オンライン版はすぐ買うことが出来るのでとても便利である。US News Rankingsはアメリカの大型書店ではよく見かける雑誌なので、もし海外に行くチャンスがあり興味があれば買っておくといいかもしれない。大体一年ごとにランキングは改訂されるが、毎年そこまで大きくランキングは変動しない模様である。しかしこのランキング、何によって、どのように決められているのだろうか?同サイトにあるよくある質問という項目を見れば一通り説明してある。簡単に要約すれば、研究者やそれぞれの分野で仕事をしてる人々にそれぞれの教育機関に、生徒や教師の質、そしてその教育が卒業後どのような影響力を持ったか等の項目に関して五段階で評価を下してもらい、その統計の数値を総合的にランクに反映するといったものである。なるほど。
US News Ranking 2009年版、アメリカの大型書店ボーダーズには必ず置いてある。(http://grad-schools.usnews.rankingsandreviews.com/grad/finearts.html)
それぞれの美大の特色を掴むことが、自分に合っている学校を選ぶ鍵になるとも言えよう。例えば、イエール、リズディは伝統を重んじ、アカデミックな基礎教育に力をいれているのに対し、ニューヨークのプラット、SVA、パーソンズなどは、教授陣に現役のデザイナーが多く、より実践的なデザインの教育に強い面がある。僕の行ったリズディは田舎の大学町といった感じで、勉強に集中できる環境がとても整っていたように思える。他方、後者の学校は地理的な理由もあって、豊富なネットワークを生かした就職活動にも強く、卒業後の進路指導、ポートフォリオ制作の指導も充実してると聞く。例えば、サンフランシスコにあるアカデミーでは学校が費用を負担し、ニューヨークのAIGAのイベントに学校もしくはクラス単位で行き、多くの学生が東海岸での就職のチャンスも得るといったような積極的な就職支援をしているようだ。これらのことを考えれば、いかに地理的な要素、学校の特色が学校選びに重要になってくるか分かってくるだろう。また、一年を通して気候のいい地域にある西海岸の学校と、冬は寒く夏は暑くなる地域にある東海岸の学校では当然過ごし方が変わってくる。
さて、インターネットを使って簡単に出来る大学のリサーチは、日本の留学支援サイト、大学比較サイト、或は留学体験記のような個人ブログを見て大まかな情報を片っ端から見ることである。恐らく、これは一番手っ取り早い初歩的なリサーチだろう。ただ、例えばMBA留学と比べてアート、デザイン系の留学情報は極めて少なく、中々自分の考えてる大学の情報にたどり着くことが難しい。僕自身アメリカの美大の情報集めは日本のサイトだけでは不十分で大変手間取った記憶がある。
まずはそれぞれの大学のサイトに行って、応募を考えている学部のページを見てみて、雰囲気をつかむことをお勧めする。例えば、アプリケーションの締め切りや、応募の規定など細かい情報は年によって変わる可能性があるし、実際自分で調べるのが一番である。勿論、ウェブサイトのデザインの出来で、行くか行かないかを判断するのは少々早合点だが、特に色使いやホームページのレイアウト等に学校の伝統が反映されていることがあるのも事実である。恐らく美大に応募する動機のある人はそういったビジュアル面で敏感に反応することがあるかも知れない。数年前までは、どこに何の情報があるか分かりにくい美大のサイトが多々あった。が、ここ一年で多くのアメリカの美大のサイトは以前より分かりやすくリニューアルされてきたと思う。ただ、あくまで内容をしっかり読むようにしたい。サイトによっては文字がやたらと多く、英語に普段から慣れ親しんでないとしたら、自分の知りたい情報を得るには結構な忍耐が必要である。辞書を引きながらでも、少しづつ各大学の最新の情報を整理していくのが大事である。出来れば調べた情報をチャートにして、簡単に各項目を比較できるようにすると後々便利である。
もっと大学を知るために:
では日本に居ながら留学を考えている大学のことをもっと知るにはどうしたらいいだろうか。一番いいのは、行きたいと思っている大学にいる日本人の人とメール等で連絡を取ることである。どこの大学にもインターナショナルオフィスといった留学生専用の事務所が存在する。そしてそこには主に留学生の面倒をみているアドバイザーという人々が必ずいるので、メールで相談に乗ってくれそうな日本人がいるか、アドバイザーに聞いてみることをお勧めする。例えば、プラットのインターナショナルオフィスの情報はここ(http://www.pratt.edu/international_affairs#)に載っている。検索する言葉さえ分かっていれば、どこの大学の連絡先もすぐに見つかるはずである。僕自身この方法を使った訳ではないが、デザインのみならず、留学の際にこうしたメールでのやり取りで現地の詳しい情報を聞くことを出来たという留学生を多く知っている。大抵の場合、一人や二人の連絡先を教えてくれるので、聞きたいことがあればメールをしてみるといいと思う。例えば、入学後にも連絡をとってたことで、初めの生活の準備などのことをたくさん教わることが出来る。相談相手だった人がルームシェアの相手になることもよく聞く話である。大学にもよるが、日本人がある程度の在籍している大学では、必ずそういった役目をしてくれる人がいるはずなのでまずは聞いてみよう。住まいの探し方や送金の仕方、手に入る食材など、現地にいる留学生の目線を通してしか分からないこと、事前に知っていたら役に立つことを把握しておくことはとても大事である。
無論アドバイザーに直接問い合わせてみることも何ら問題ない。僕は以前ある大学に直接連絡をとると、「ホームページに全てのことが載っているのでそちらを見て下さい」とあっさり断られたことがある。しかしそういうことはよくあるので、気にしないで他の方法を考えるのが最善である。簡単ではなくとも国際電話をかけたり、学部の教授にメールしたりすることも手である。聞きたいことがあれば積極的にどんどん質問しよう。最低限のマナーと誠実さがあれば、必ず聞きたいことを教えてくれる人にたどり着くはずである。
もっともっと大学を知るために:
日本にいながら出来る大学の調査は確かに限られている。もしとても気になる大学があれば、大学が主催している夏のプログラムに参加してみてはどうだろう。例えばよく知られているところでSVAのサマープログラムがある。この場合、大体三週間にわたって、授業料1800ドルくらいで現地で専門分野の授業が受けれるのだ。夏のプログラムのいいところは、応募に必要となるTOEFLの点数が低く設定されていて、基本的にお金と時間さえあれば誰にでも受けれるようなシステムになっているところである。自分の好みの授業があるかどうかチェックすることを忘れてはならないが、実際に現地で住み、勉強する経験が得られるので、大学を知るためには格好のプログラムである。大学によってはクラスに現役の学生が混じってる場合もあるので、話しかけたりして大学生活の様子も簡単に伺うことが出来る。そして、普段教えている教授陣が夏の授業も教えている場合もいいチャンスである。通常のセメスターでやっている、具体的なクラスの内容等を詳しく説明してくれるはずである。また、夏のプログラムで受けた授業の教師から、大学受験の推薦状を書いてもらうことも可能である。行きたい学校にいる教授からの推薦は心強いものがあるので、コミュニケーションが上手くとれてきたらプログラムの終了近くにでもお願いしてみてはどうだろう。大抵の場合彼らは嫌な顔一つせず手伝ってくれるはずである。
アプリケーションの準備:
さて、行きたい大学が決まったとしたら次に必要なのはポートフォリオ等のアプリケーションに必要な作品、書類を集めることである。一般的には、20点くらいまでのポートフォリオ(作品集)、各学科に課せられている課題のドローイング、推薦状(三通くらい)、自己アピール作文、TOEFLのスコア、高校や大学の成績証明証、銀行の残高証明等が美大応募の際に必要である。各大学、専攻、課程によって異なるのでホームページを見てよく調べておこう。
まず日本人にとって大きな壁になるのは、TOEFLの点数である。アメリカの美大では一般的に、TOEFL CBT(コンピューターベース)で213点から250点が、TOEFL iBT(インターネットベース)では79点から100点くらいが最低点として外国人留学生に課される。当然難関大学の方が要求する点数が高いのでTOEFLの勉強し始める前に必ず志望校のTOEFL最低得点を必ずチェックしたい。2006年に移行したiBTではスピーキングが加わり、多くの日本人には以前の方式より点数が取りにくくなったテストになったと言われている。美大とはいえど入学後は一般教養があるし、授業ではプレゼンやグループワーク等で円滑な英語でのコミュニケーション能力が必要とされる。試験の英語と実際使う英語は多少違えども、授業を最大限に生かすためにも渡米前にしっかりとした基礎英語を叩き込んで入学に備えたいものである。日本で点が取れないとしても、TOEFLの最低点が低いコミュニティカレッジで勉強しつつ、点数が取れ次第編入での入学を目指すのもよくある道である。僕の知っているアメリカ人のクラスメイトにも、コミュニティカレッジで授業を取りながら、ポートフォリオの質を高めつつ応募をして入学していた人が何人かいた。*TOEFLのテストの予約は時期によっては混んでくるので、早めに予約しておこう。オンラインで予約状況が常に確認できる(http://ac.prometric-jp.com/toefl/jp/online.html)。願書の締め切りから逆算して早めに点数を取っておくことがとにかく大事である。
推薦状はそれぞれ異なった分野からの人に書いてもらったほうが効果的であるように思える。というのも学校側は、人はどう志願者を見ているか、異なった目線から総合的にどういう人物として評価されているかを知りたがっているからである。前述の通りもしアメリカに短期留学したり、夏のプログラムを受けたことがあるならば、そこの先生や教授にお願いするといいかも知れない。また、自分の専門外で取った大学の授業の教授にも、書いてもらうに越したことはない。推薦状も、頼んで書いてもらうものなので、失礼の無いように余裕をもって前々からお願いしておこう。日本語の推薦書は英語に翻訳もしなければならないので、ある程度時間がかかると思っておいた方がいいだろう。
僕の考えでは、ポートフォリオは専攻に限らず出来るだけ色々な表現を見せれるようなものにしたほうがいいと思う。また、少々荒削りでも他の人にはないアプローチやタッチを持った作品があるとアピールに繋がるはずである。実際学校側も決してスタイルが固まったアーティストを発掘しようとしてる訳ではないと思うので(もしそうだったらすみません!)、全体の作品が統一的であるかどうかはそれほど気にしなくてもいいのである。美大にすでに行ってる人は環境的にポートフォリオ作りには問題ないだろうが、もしそういった教育を受けてない人でも諦めないでほしい。型ににはまっていない、自分のやり方で作った作品含んだポートフォリオは必ず魅力的に映るはずである。少し肩の力を抜いてみよう。
最後に、作文もとても大事な要素である。いい作品だけ見せていれば受かるということはまず無いであろう。作品の質に伴い、しっかりとしたその人の考えが作文に凝縮されているかどうがか鍵である。文章を書く際は、特に英語の作文特有の論理構成に気を付けたい。まず明確なメッセージを先に伝え、それを補足する事例や体験談を付け足して書いていくといいだろう。基本はTOEFLのエッセイ対策と全く同じ考えである。内容に関して言えば、少し下手な表現になっても、自身の具体的な体験談等を積極的に語ることが大事である。日本に住んでるからこそ考えられる動機や、アメリカで勉強する意義を上手く伝えることが出来れば大丈夫である。無理矢理に色々な話をするよりは、とにかくシンプルでも筋が通っている文章にすることを心がけよう。