第一回目の前回は、「想像力」と「創造力」をキーワードに自己紹介と連載の内容の簡単な説明をしました。第二回目の今回は「なぜiPhoneなのか? 」という点をじっくり考えてみます。ほとんどの方はiPhoneをすこし触ってみただけで、iPhoneが「新しい何か」を体現していることを感じるはずです。その「何か」を少し突っ込んで考察したいと思います。
iPhoneとは何なのか。世の中では新しい「ケータイ」という位置づけになっているようですが、本当にそうなのでしょうか? iPhoneのデバイスおよびソフトウェアの持つ機能、登場にいたるまでの歴史性、実際のユーザの間での受け入れられ方などを総括すると、iPhoneには次の三つの構成要素があると言えそうです。
1. 携帯電話
2. iPod
3. インターネット端末
1, 2は言わずもがなですが、3のインターネット端末は、インターネットにつながる小型のパーソナルコンピューターといった意味合いです。昨今のNetbookの流行にも呼応しています。さらに、この三つの土台として、iPhone SDKやApp Storeを含むアプリケーションの開発/配布プラットフォームの存在は見逃せません。最初の三つはiPhone自体の要素ですが、最後のプラットフォームはiPhoneを取り巻くビジネスモデルなどの、システムを含んだ見方です。

続いて、デバイスの機能面からiPhoneの特徴をあぶり出してみましょう。iPhoneに詳しい方にとっては冗長に感じられる内容かとは思いますが、この後の話の展開を考えてあえて再度確認したいと思います。
Phone 3Gの特長
- 1. 3Gネットワークと常時接続
- 2. 各種センサー
- 3. GPS
- 4. オーディオ
- 5. タッチスクリーン
- 6. カメラ
- 7. サイズ
1. 3Gネットワークと常時接続
iPhone 3Gは、その名前の通り第三世代の携帯電話通信方式(3G)の高速通信に対応しています。2Gの初代iPhoneに比べて最大で2.8倍程度の通信速度(下り)が出ます。通信速度以上に大きいのは、常時接続を実現している点です。iPhoneのパケット通信量は通常の携帯電話の10倍から20倍とされています。それだけの通信量を(割高感はあるものの)定額で提供できる通信基盤システムが整ったという側面も大きなステップと言えます。
2. 各種センサー
iPhoneには次の三つのセンサーが実装されています。
- 本体の傾きをとるための「傾きセンサー」(加速度センサー)
- 周囲の光量によって画面の明るさを調整する「環境光センサー」
- 本体正面への物体の接近を感知する「近接センサー」
この最後の近接センサーの存在は気づきにくいかもしれません。通話時に画面に耳や頬がふれることによる誤動作を防ぐために画面がロックしますが、これが近接センサーを使っている例です。傾きセンサー(加速度センサー)は本体の向きを検知し、Safariなどの画面の向きを調整したり、iPhoneで撮影した写真の正しい向きを得るために使われています。SDKを通して一般の開発者も傾きセンサーの値にアクセスできるため、iPhone本体を「傾ける」「振る」という行為をある種の入力情報として用いる例が多数見られます。本来、基本機能を実装するために用意されたものが、開発者の自由な発想で全く新しい用途に応用されたという良い例ではないでしょうか。
3. GPS
初代iPhoneとiPhone 3Gのデバイス上の違いの一つがGPSの搭載です。これによって、より正確にユーザーの位置を測定できるようになりました。GPS以外にも電話の基地局やWIFIホットスポットの位置情報などから、位置を推定する仕組みも実装されています。GPSなどを用いて得た位置情報をネット上の情報と組み合わせることで、ユーザーの現在位置にあわせたテーラーメイドの情報を提供するサービスは今後一層の成長が見込まれる分野です。
4. オーディオ
携帯電話という機器の性格上、iPhoneにはマイクとスピーカーが用意されています。iPhoneに附属するイヤホンにも通話用の小さなマイクがついています。音楽やビデオの音を再生するためのスピーカーが通話に使うスピーカーとは別に用意されている点も特徴的です。
5. タッチスクリーン
iPhoneの最大の特徴してメディアなどで最も喧伝されたのが、マルチタッチのスクリーンをつかったインタラクションでした。iPhoneとiPod touchのすべてのモデルで画面サイズが全く同じ(320 x 480)であるため、デバイスごとの調整/最適化が必要ないという点も、開発者にとってはうれしいところです。
6. カメラ
200万画素のカメラが搭載されています。日本の一般的な携帯電話のカメラの画素数と比較すると物足りない気もします。ただ、多数のカメラ画像を使った魅力的なアプリケーションの存在は、少ない画素数を補って余りあるほどでしょう。撮った写真を加工するタイプのアプリケーションが多いようですが、サウンドや各種センサーの機能と組み合わせることで、まだまだ新しい可能性を切り開くことができそうです。
7. サイズ
高さ 11.55cm。横幅 6.2cm 厚さ 1.23cmで重さが133グラムと、一般的な携帯電話よりは大きく、スマートフォンとして平均的なサイズです。これ以上小さいとマルチタッチの操作や本体を傾ける操作が難しくなりかねないので、両手で持てるiPhoneのサイズはちょうど良いと言えるかもしれません。
ここまで見てきた通り、デバイスの特長を個々に取り出してみるとそれほど目立つものはありません。いずれもすでに他の携帯電話で実現している機能ばかりですし、スペック的には先行する他社のモデルに見劣りするものもあります(カメラなど)。むしろ、iPhoneの際立った特長は、個々の機能ではなくこれらを一つのデバイスとしてポケットに入れられるサイズにまとめた点にあるのかもしれません。
App Storeというグローバルなアプリケーションの配布プラットフォームも含めた、一つの「パッケージ」としてのまとまりがiPhoneの最大の魅力と言えるでしょう。
iPhoneを構成する製品要素と細かいデバイスの機能、その双方からiPhoneの本質について考えてきました。さまざまな要素を含むパッケージとしてiPhoneの全体像をとらえたときに気づくのは、iPhoneが機能の「足し算」ではなく「かけ算」によって構成される製品だということです。
それを説明するには、App Storeでダウンロードできるアプリケーションをいくつか試してみれば十分でしょう。前回紹介した拙著iPhone×Musicに書いた通り、音楽アプリケーションにそうした例が多数見られます。例えば....
iPodの後継としてのiPhoneという歴史性、マイク入力、加速度センサーからの入力を組み合わせて、新しい音楽作品のかたちを提示する「RjDj」や「RjDj Shake」(http://www.rjdj.me/)。マイク入力とヘッドフォンの間に、さまざまな仕掛けをはさむことで、マイクは単なる電話の受話口ではなくなり、街の音をサンプリングして再生する楽器へと変貌します。2009年4月13日現在、RjDjは期間限定無料配布中です。まだお持ちでない方は、ぜひ今のうちにお試し下さい。
楽器演奏にネットワークの要素を付加。ネットワーク上に演奏者の共有空間を作り上げたオカリナ。このアプリでは、タッチパネル上に指穴を設けることでマイクは今度は楽器のマウスピースに早変わり。
http://ocarina.smule.com/

別にこれくらいのことだったらあたり前じゃないの、Nintendo DSやPSPでもできるでしょ、と思う方もいらっしゃるのでしょうか。おっしゃるとおりです。同じような機能をもつものを作ろうと思えば、他のプラットフォームでもすぐに実現できるはずです。
でも、ちょっと待ってください。オカリナ for PSPとかRjDj DSがパッケージで売られてたとして、はたして誰が買うでしょうか。RjDjやオカリナの成功は、安価に世界のマーケットに対して販売できるApp Storeの存在によるところが大きいことは言うまでもありません(iPhoneのあとを追うように、Nintendo DSもDSiショップでアプリケーションのダウンロード販売をはじめたことは象徴的です)。App Storeの存在が「かけ算」によって生まれる新しい領域をテストする余地を生んでいるといいかえてもいいでしょう。多機能主義から脱却して、優れたアイデアをシンプルに実装したソフトウェアが売れるという、App Storeならでは現象にも注目すべきです。
同じことは、最初に紹介したiPhoneの三つの製品要素についても言えます。携帯電話にiPodの機能を足した、あるいは携帯電話にインターネット・アクセスの機能を「足した」わけでは決してありません。個々の機能がかけ合わされることで、元々の要素が全く別のものに変化している(少なくとも、変化の余地を残している)ことに注意する必要があります。多機能化が進んだ日本の携帯電話ですが、はたしてどのくらい機能のかけ算ができているでしょうか。ケータイにTVとmp3プレイヤーを足しただけになっていませんか。いろんな料理をつめこんだだけの幕の内弁当になっていないでしょうか。僕はお弁当よりもカツカレーの組み合わせの妙の方が好きです(すぐれたシェフなら全体の調和を考えて弁当を作るのでしょうが...)。
先日、iPhone OS 3.0の仕様が公開されました。その中で特に目を引いたのは、サードパーティー製アプリケーションからiPodの音源へのアクセスが可能になった点です。iPodと何を「かけ算」するのか。たくさんのアイデアが生まれる中で、Walkman、iPodと続くポータブルオーディオの歴史に新たなブレークスルーが起きるのかもしれません。
次回は、私が手がけたAudible Realitiesのプロジェクトを題材に、こうした「かけ算」「化学反応」の例を挙げたいと思います。それではまた。
(今回の記事のアイデアは澤井妙治氏との議論から着想しました。澤井氏に感謝!)