みなさん、はじめまして。今回からこちらで連載をさせていただくことになりました、国際メディア研究財団の徳井直生です。今回は連載の第一回目ということで、自己紹介と今後の連載の内容についてお話したいと思います。
作品紹介
まずは自己紹介から。最近の作品を中心に、自分の活動について書いていきます。
徳井直生とは何者か。自己紹介でいつも困るのは肩書きです(笑) 自分のやってることを一言で表現するうまい肩書きがなかなか見つからないのですが、最近では「デザインプログラマー」とか「メタクリエイター」といった言葉を使うこともあります。前者は、慶応SFCの田中浩也さん(国際メディア研究財団の同僚でもあります)やtakramの田川欣哉さんが使われいる「デザインエンジニア」という言葉に触発されて作った言葉です。プログラミングによる実装をツールとして、問題解決のためのデザイン的思考を行うプログラマーといった意味合いになるでしょうか。もちろん、ほとんどのプログラミングにはデザイン的な要素が含まれているはずですから、この言葉自体は大して意味をなさないのかもしれません。むしろ後者の方が自分の活動を的確に表しているように思います。メタクリエイターをわたしは次のように定義しています。
ソウゾウ(=創造と想像)のためのツールやプラットフォームを作るクリエイター。
これを説明するには、わたしのバックグラウンドにさかのぼるのが手っ取り早いかもしれません。学生時代、わたしは工学系の研究室で人工知能の研究に従事していました。ただ、人間の知能をコンピュータによって代替することにはまったく興味がなく、人間の知的な活動、特に創造性を高めるためにコンピュータを使えないか、というのが当初からの問題意識でした。その背景には、ちょうどそのころDJを中心に音楽活動に夢中になっていたということもあるでしょう。その後、応用の対象が音楽に向いたのは自然な流れでした。
SONASPHERE - スクリーンショット
SONASPHERE
上のスクリーンショットは、わたしが最初に作った音楽用のソフトウェア、SONASPHEREです。SONASPHEREでは、仮想的な三次元空間で、特定の機能をもった「ノード」をつなげて「音響効果」をプログラムすることができます。ノードのパラメータ(音量、再生スピード、フィルタのカットオフ周波数などなど)を三次元空間における座標と連動させることができます。また、この仮想空間には重力や空気抵抗があり、ノード間のつながりにバネのような特性をもたせることができるというのが、このソフトウエアのポイントです。ノード同士、ノードと環境との相互作用によって、複雑な動きが創発され、それが座標と連動するパラメータの変化に翻訳され、出力される音にも複雑な変化がもたらされます。
ユーザは個々のノードをひっぱったり動かしたするか、環境パラメータを変えることができるだけで、系全体の振る舞いを完全にコントロールすることはできません。こうしてカオス的な音の変化が、ユーザの「意図を超えて」生まれる点に存在意義があります。
コンピュータの中にある種の自律した系をつくることでインタラクションにゆらぎをもたせ、それが新しい気づきをユーザにもたらす - SONASPHEREでは、こうした「生成的インタラクション (Generative Interaction)」(わたしの造語です)の可能性を提示しました。
その後、SONASPHEREはインスタレーションなどにも発展しました。また、SONASPHEREをつかって作った音源をもとに、楽曲の制作も行っています。2003年にはファーストアルバムをリリースしました。
SONASPHEREのインスタレーション - ICCにて(2004年)
SONASPHERE以降、わたし自身の興味はネットワーク上のコミュニティーから創発する創造性とでもいうべきものに移っていきます。
Massh!
そんな中、昨年はマッシュアップのためのWebアプリケーション Massh!に取り組みました。これは、ネット上で見つかるmp3音源などからループを抽出し、Webブラウザー上でそれらを組み合わせて、マッシュアップを作ることができるというものです。
マッシュアップは、複数の異なる曲を組み合わせて一つの曲を作るという音楽制作の手法のひとつです。ラッパーJay-Zの「Black Album」とビートルズの「White Album」を組み合わせた「Grey Album」(DJ Danger Mouse)などが有名です。日本でもニコニコ動画などを中心に、吉幾三をつかったマッシュアップが人気を集めています。
ソフトウェアの高機能化、PCの高性能化などを背景に、(比較的)手軽に作ることができるマッシュアップの流行は、KORG KAOSSILATORやDS-10といったいわゆるガジェット楽器の人気と同様に、音楽における「創造性」の新しいかたちを体現する現象といえます。そこでは、音楽の制作と消費の区別は非常にあいまいです。A. トフラーの言う「第三の波」の時代における「消費=生産者」(プロシューマー/prosumer)の典型的な例としてもとらえることができるでしょう。
わたしがマッシュアップを取り上げたのは、ネット時代において音楽を制作する意味を問い直してみたかったからです。お手軽マッシュアップ制作の方向性を極端に押し進め、マッシュアップの制作がiTunesでプレイリストを作るのと同じくらい簡単だったら、どんな現象が生まれるのかという点に興味がありました。このプロジェクトはまだ完結していません。iPhoneにプラットフォームを移して継続中です。いずれこの連載でも取り上げられたらと思っています。
ここまで、音楽に関連する二つのプロジェクトを紹介しました。個々のクリエイターがそれぞれ創造力を発揮するためのツールやプラットフォームを作ることで、創作活動の意味やあり方を問い直すという意識が活動の根底にあります。自分を「メタクリエイター」と呼ぶ意味が少しは伝わったでしょうか。
ここでもう一つ、作品を紹介します。2005年から2006年にかけて携わったPhonethica(フォネティカ)プロジェクトです。このプロジェクトは、アーティスト遠藤拓己さん(現Dividual Inc.代表取締役)の発案によるもので、「同音異義語」をピボットに世界の言語と文化をつなぐことを目標にしています。
たとえば、フランス語の「ça va?」(元気?)と日本語の鯖。まったく意味も由来もなんら関連性はありませんが、音だけは似ていますよね(vとbの違いはありますが...)。調べてみると、こうした音の偶然の一致はけっして珍しくないことがわかります。ちょっと調べただけでも、サバ/サヴァという音をもつ言葉が、ロシア語(ふくろう)、トルコ語(朝)などで見つかりました。自分たちが普段使っている単語をまったく違った意味で使っている人がいる。ちょっと面白くないですか?
こうした同音異義語をあつめた検索エンジンがPhonethicaの中心です。2007年の1月には、Phonethica Desktop for Mac OS Xをリリース。Mac上で単語の検索ができるようになりました。

Phonethicaデスクトップ - スクリーンショット
Phonethica
2006年には、Phonethicaシステムを拡張したインスタレーション作品「Rondo」を制作しました。Phonethica Desktopのインタフェースを大幅に書き換え、天井から吊るした直径5mのリング上に自走式のスピーカーユニットを備え付けました。画面上で単語を検索すると、スピーカーがその言葉が話されている地域の方向に動き、単語を発音します。つまり、スピーカーのずっとずっと彼方に、その単語を実際に使っている人たちがいるというわけです。同様に、2007年には日本科学未来館の巨大な地球儀 ジオ・コスモスの周囲にスピーカーを並べ、回転にあわせて各国のラジオ放送がリアルタイムに流れるサウンドアート作品も制作しています。
Phonethicaプロジェクトでのキーワードは、「想像力」です。
地球上には人種や文化の異なる60億もの人びとが日々の生活を送っています。そんな他者の存在に想いをめぐらす、そのきっかけとして、同じ音をもつ単語を使っているわけです。この地球上には5000から6000の言語が存在すると言われています。どこにあるのかも知らない国の聞いたこともないような言語であったとしても、自分が使っている単語と同じ音をもつ単語を普段使っていると聞くと、たとえ全く違う意味をもっていたとしても、いや違う意味をもっているからこそ、その言葉を話す人びとの生活に興味が出てきませんか。もしかしたら、あなたの名前がその国の言葉では「花」という意味だったり、もしくは「太陽」を意味することだってありえます。辞書にかかれた意味を超えて世界の言葉をつなぎ、そこに小さくても確かな想像の種が生まれる。そんな作品を目指しました。
Phonethicaインスタレーション 「Rondo」 - ICC (2006年)
Phonethicaインスタレーション 「Rondo」操作画面 - ICC (2006年)
Phonethicaインスタレーション 「Voice Cosmos」 - 日本科学未来館 (2007年)
連載について
さて、前置きが少々長くなりすぎました。ここまで自己紹介を長々と続けてしまいましたが、ここからはようやく連載についてです。
この連載のお話をいただいたときに唯一与えられた条件。それは「自分が今、興味をもっていることについて書く」でした。二つ返事で連載をお受けしたときには、すでにコラムに書く対象は決まっていました。
それはこちら。AppleのiPhoneです。

2008年7月11日に発売されたiPhone 3G(以下、本連載ではiPhoneとします)。みなさんもよくご存知ですよね。メディアなどでも大きく扱われ、「携帯電話業界の黒船」などと騒がれたのは記憶に新しいところです。タッチスクリーンを使ったインタフェースやGPSなどの各種センサー類などの特長をもつデバイスと、App Storeのような専用アプリケーションを配布/販売できるシステムを組み合わせた先進的なプラットフォームです。
わたし自身、iPhoneはケータイ業界だけでなく、コンピュータ/IT業界全体の行方を考える上で大きなヒントとなりうるエポックメイキングな製品だと思っています。もっというと、ウェブ以降の社会のあり方をiPhoneを通して考えることもできるでしょう。といっても、iPhoneのみが特別なわけではありません。今年中に日本にもお目見えするであろうAndroidなども見逃せませんね。
いずれにしても、iPhoneのようなプラットフォームは、ビジネス的な観点からだけではなく、クリエイターにとっても非常に面白いプラットフォームであることは間違いありません。そこで、本連載ではiPhoneを中心に次世代モバイル端末上での新しい表現の可能性について、実例を通して探っていきたいと思っています。こうした新しいプラットフォームが社会に与えるインパクトといったメタな視点もキープしつつ、具体的なお話をしていくつもりです。
次回は実際にわたしがリリースしているiPhoneアプリケーションについてお話します。Audible RealitiesというiPhoneアプリケーションを開発するプロジェクトを友人とともに展開し、すでに4つのアプリケーションをリリースしました。プラットフォームはMacからiPhoneへと変わりましたが、ここでもポイントは同じです。
創造力を発揮するプラットフォームを作る
想像力を誘発するきっかけを与える
上で自分の過去の作品をくどくどと説明したのも、こうした点を理解していただきたかったためです。結局、創造/想像するのはアプリケーションのユーザーであり、アプリケーションはそのお膳立てをしているにすぎません。ここでもわたしはメタクリエイターに徹したいと考えています (本来、あらゆるアートにはこういった要素が含まれているはずですが、デジタルコンテンツに限って言えば、どうもこの点が見過ごされている気がします)。
自分がiPhoneアプリケーションを作る際に理想とした作品がひとつあります。それは、オノ・ヨーコさんの「グレーププルーツ・ジュース」です。この詩集(?)の各ページには命令形で書かれた数行の言葉が書かれています。
「地球が回る音を聴きなさい」
「月の匂いを嗅ぎなさい」
たったこれだけの言葉で想像力が解き放たれる、その快感。この快感をテクノロジーを使ってより多くの人に届けることこそが、わたしのiPhoneアプリケーションの最大の目標だと言ってもいいかもしれません。
iPhoneのどこがプラットフォームとして優れているのか? なぜiPhoneなのか? そうした疑問への答えは次回以降のお話の中で徐々に明らかになっていくはずです。次回をお楽しみに。