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ヘルツォークからギャロまで、アート・ビエンナーレに迫る変革のとき — ホイットニー・ビエンナーレ2012 キュレーター、ジェイ・サンダース講演録

July 13, 2012(Fri)|



2年に1回、NYのホイットニーミュージアムで開催されるホイットニー・ビエンナーレ(以下WB)は、世界最先端のNYアートシーンの動向が総覧できる展覧会として最も注目を集める展覧会のひとつ。しかし、1932年以来続くこの老舗のビエンナーレにおいても、いま、変革を余儀なくされている——。


ジェイ・サンダース
WB 2012では、2人のキュレーターがチームを組んだ。1人は大ベテランのエリザベス・サスマン、そして、映像・パフォーマンスを中心にアンダーグラウンドなシーンで活動してきたインディペンデント・キュレーターのジェイ・サンダースが抜擢された。サンダース氏は映像、音楽、パフォーマンス、映画、文学など、現代アートに留まらないジャンルのアーティストたちを積極的に招聘。中にはヴェルナー・ヘルツォークやヴィンセント・ギャロといった異例の顔ぶれが揃い、各方面で大きな話題を集めた。(ヴィンセント・ギャロの作品展示は行われなかったが、それは後述にて)

この度、ビエンナーレを終えて来日中だったサンダース氏が、急遽近畿大学四谷アート・ステュディウムで特別講演を開催。 モデレーターに恵比寿映像祭のキュレーター田坂博子氏を迎え、 今回のビエンナーレの挑戦的な取組みや現代のNYアートシーンの動向など、興味深い話が語られた本講演、その内容をレポートしたい。


ギャラリー、オルタナティブ・スペースとの競争により、改革を迫られるミュージアム


photo courtesy: Yotsuya Art Studium

WBの創設は1932年、初期はペインティグとスカルプチュアを順年で展示していたが、’70年代以降からは新進作家を紹介する展覧会として機能するようになる。また、’80年代頃まで固定のキュレーションチームで構成されていたが、2000年代前後から毎回新しいキュレーターが任命されるシステムに移行し、その都度のキュレーションが注目を集めるようになっていった。

一方、500のアートギャラリーが存在する現在のNYにおいて、美術館展覧会規模の企画を打つコマーシャルギャラリーの存在や、主に批評やパフォーマンスが行われるオルタナティブ・スペースなどの拡大は、これまでヒエラルキーの上位にいたミュージアムにも多大なプレッシャーを与えている。ギャラリーは新人作家を紹介する場所としての役割を充分すぎるほどに果たし、常に質の高い作家たちを輩出するべきミュージアムとしての権威は、ギャラリーとの競争を余儀なくされているのが現状だ。また、激しい競争間でオルタナティブ・スペースはどんどんと多目的で自由な活動を見せるなど、三者のパワーバランスが次第に変化していく中、ビエンナーレにおいても美術館制度を融解しようとする動きが見え始めてきた。

Jay Sanders(以下JS)—「僕は元々、コマーシャリズムに傾倒しすぎるビエンナーレが好きではなく、頭でっかちな現代アートシーンにも懐疑的でした。しかし、特定のターゲットに対して展覧会を行うヴェネツィア・ビエンナーレ等のようなフェスティバルと違って、WBの良さは継続的に安定した展覧会が行えること。自身がキュレーターとして参加したことで、新たな意義を感じました。もちろん、ミュージアムには保守的な面もありますが、ビエンナーレは例外的に準備期間がとても短いため、機関への許可取りが必要なく、挑戦しやすい可能性が整っていた。今回、新人作家を紹介する責任から解放されたため、なるべくアートの外の分野にいる人々を集め、映像やパフォーマンスなどの表現へ焦点を当てることにしました。」


展示構成は即興、メインフロアは上映とパフォーマンス、往来の形式を塗り替えたリスキーな展覧会



アメリカ最大の来場者数を誇るこの展覧会において、WBはアメリカのアート動向のステイトメントでもある。 さて、サンダース氏たちが取り組んだ新たな挑戦とは、一体どんなものだったのだろうか。

JS —「ミュージアムの半分以上のフロアにはプロダクトを一切置かず、 パフォーマンスと上映スクリーニングを中心に構成しました。通常、ビエンナーレの観客は雑誌をめくるように好きな作品をチョイスして観賞していきますが、ここではパフォーマーが2週間ごとに交代し、ほとんどの映像作品はループ上映せずに上映スケジュールを設定するなど、ビエンナーレが終わるまでショーの全体像が見えない設計を作りました。こうした美術館形式外の仕組みを取り入れるのは、非常にリスキーなことでした。」

また、展覧会場全ての壁を取り除いたサンダース氏。その理由は2つ。
理由1:決められた導線を作らないことで、鑑賞者に自分と作品との関係性を見出してほしかった。
理由2:予算がなかった。

JS —「一回のビエンナーレで100万ドルのバジェットが与えられるが、当然ながら充分な予算ではない。壁を造作しないことで予算1/4をパフォーマンスなどの作品予算に与えることができ、様々な試みを可能にしました。また、今回は51組のアーティストに数を絞り(初期参加作家は360人)、個々のアーティストに充分なスペースを与えることで、鑑賞者がじっくり作品と向き合える時間を設計しました。」

作品インストールの期間はたったの一週間。展示プランをほとんど作らず、即興でアーティストの設置場所を決めていったという。

JS —「大体のアーティストが新作を作りたがるので、到着するまでどんな作品がやってくるかわかりません。本来は事前に設計するものですが、こうした実験的な試みが許されたWBには改めて感心しました。きっと、ミュージアムが紡ぐ遺伝子の中に、野心的なプロジェクトを許容するDNAが組み込まれていたのだと思います。」


ヴェルナー・ヘルツォークからヴィンセント・ギャロまで、コマーシャルアートとハイアートを越境する


冒頭でも述べた通り、今回のラインナップは異例の顔ぶれだった。特に、商業映画を輩出するヴェルナー・ヘルツォークとヴィンセント・ギャロのセレクトに着目したい。

photo courtesy: Yotsuya Art Studium

ドイツの鬼才映画監督、ヴェルナー・ヘルツォーク。「現代アートの言説や知識がなくとも見られる展覧会にしたかった」と語るサンダース氏にとって、この映像作家の起用は狙いのひとつでもあった。ヘルツォークは現代アートを毛嫌いしていることで有名だったが、何度もLAまで足を運び説得を続けた。結果、ジェイの粘り強い説得が功を奏して短編映像を出品することになる。

ヘルツォークは、ほぼ無名に近い17世紀のオランダ人画家ヘルキュレス・セガースを愛し、はじめて絵画に内面的な表象を取り入れた“近代を代表するアーティスト”として賛美していた。この画家の絵画を映し出した映像作品から、17世紀当時の絵画が今よりも一層現代アート的であるという批判を込めている。


JS —「この異例作には大きなリアクションがあり、精神的なレベルで訴えかける作品として、今回のWBで最も人気が集まりました。厳しい言説で有名な批評家ロベルタ・スミス氏も絶賛し、非常にエモーショナルな賛辞を寄せてくれたことには驚きでしたね。」

また、そのネームバリューから一躍注目を集めたヴィンセント・ギャロ。『Buffalo ’66』『The Brown Bunny』に続く三本目の監督長編映画『Promises written in water』を昨年撮りおろしたばかりとあって、WBではその新作が公開されるのかと期待が高まった。しかし、批評を嫌うギャロの性質と、未だ世界中でどこにも公開されていない秘蔵作だけあって、残念ながらその公開は断念。彼の(強烈なインパクトをもたらす)名前を記録に残すのみの結果となった。

JS —「彼は、’80年代頃からバスキアらと共に活動していた非常に多才なアーティストです。映画監督であり、俳優であり、ミュージシャンであり、アーティストでもある彼の活動は一カ所で捉えることができません。これは、アートの外へと向かう私たちにとっても重要な要素でした。」

(※余談だが、ヴィンセント・ギャロの新作は今冬に東京で公開予定、現在ティーザーサイトのみが立ち上がっている)

上記2人にとどまらず、ロックバンドのインスタレーション参加など、現代アートの枠を超えたアーティストを招聘した今回のWB。通常のビエンナーレやミュージアムには招待されないような作家を積極的に探し出し、コマーシャルアートとハイアートの領域を横断するフラットな視点からは、アートが特定の狭い領域の中に留まる状況や、レールに乗っかったアーティストを排除したいというサンダース氏の強い意志が見て取れた。

サンダース氏の語るアートの閉塞感は、NYに限ったことではない。コマーシャリズムに偏りすぎず、エンターテインメント業界の中で活躍する作家たちも好意的に受け入れるフラットな視野、抑圧を恐れずに既存の形式を塗り替えていくスタイル。これらは日本のアートシーンにおいてもヒントが隠されているはずだ。今後、こうした若いキュレーターの活躍によって改革していくであろうNYのアートシーンに、これからも注目していきたい。


Text by Arina Tsukada

Information

特別公開レクチャー ジェイ・サンダース[Whitney Biennial 2012キュレーター]
http://www.artstudium.org/news/2012/06/_jay_sanderswhitney_biennial_2.htm

ホイットニー・ビエンナーレ 2012
http://whitney.org/Exhibitions/2012Biennial

ジェイ・サンダース|Jay Sanders

2005年から、グリーン・ナフタリ・ギャラリー(ニューヨーク)のディレクターとして活動し、トニー・コンラッド、ポール・シャリッツ等のアーティスト/映像作家の個展の企画や美術館、オルタナティヴスペースで、数々の映像やパフォーマンスの展覧会企画を行う。2012年のホイットニー・ビエンナーレでは、キュレーターの一人として選出され、エリザベス・サスマンと共同キュレーターをつとめた。コラボレーティヴなパフォーマンス集団、「グランド・オープニングス Ground Openings」のメンバーの一人であり、アンソロジー・フィルム・アーカイヴス(ニューヨーク)、越後妻有トリエンナーレ(日本)、MUMOK近代美術館(ウィーン)、ニューヨーク近代美術館などでの大規模なイヴェントに参加。Artforum, Parkett, Texte zur Kunst, BOMBなどでの執筆多数。


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