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ストリートアーティスト・スウーン

May 11, 2012(Fri)| text by 大山エンリコイサム



1 – スウーンとブルックリン


 「スウーンの個展が東京で行なわれる」——ニューヨークにいた僕はそのニュースを聞いて、東京に戻ってもまたすぐにブルックリンの空気を肌で感じられるであろうことに興奮した。その期待は裏切られなかった。東急田園都市線の駒沢大学駅から徒歩15分ほどの新スペースSnow Contemporaryで行なわれた日本での初個展「Honeycomb」は、ブルックリンとは似ても似つかない東京のごくふつうの住宅街のなかに、それでもストリートアートがごくふつうにそのあたりのギャラリーで展示されているあの空気感をしっかり再現させていたように思う。いや、「再現」という言い方は正しくない。駒沢大学でブルックリンの空気を再現することはできないだろうし、する必要もない。ただ少なくとも、ブルックリンからやってきたスウーンというストリートアートのトップランナーが、その実力と魅力を存分に発揮することができるだけのポテンシャルを展示空間がもっていることは確かだったし、そのようなことすらこれまで東京ではなかなか実現されてこなかった。もちろん2007年にワタリウム美術館で開催されたバリー・マッギーの展覧会や、2008年にラフォーレ・ミュージアムで開催されたアーロン・ローズ企画の展覧会「ビューティフル・ルーザーズ」などの先例はある。それでも、既存の美術館や商業スペースではなく、住宅街の古い建物を改装した広いオルタナティブ・スペースでスウーンの展示を見るという経験は、つい数週間前まで僕自身が滞在していたブルックリンの感覚をどこか思い出させるものだった。


スウーン個展「Honeycomb」オープニングの様子。

 ところで繰り返しブルックリンという単語を出したのは、スウーンというアーティストについて考えてみるとき、その土地が一定の指針を与えてくれるように思うからだ。文脈的にストリートアートと密接な関係をもつグラフィティが70年代のニューヨークで花開いたとき、それがどのエリアでまず始まったのかを特定するのはむずかしい(おそらく、どちらかというとブロンクスやマンハッタンの北部であった可能性が高いとは思う)。しかし、現在ストリートアートとして世界的に認知されているムーブメントが大きく動き出したのは、少なくともニューヨークではブルックリンだったと考えてよいだろう。地価の高騰やジェントリフィケーションによってアーティストの自由な場が徐々に減少していたマンハッタンから、ユニオンスクエアまで地下鉄で10分もかからないブルックリンの西北・ウィリアムズバーグへとアーティストが少しずつ移動していったのは90年代半ばから2000年頃にかけてと言われる。デヴィッド・エリス率いるバーンストーマーズがウィリアムズバーグに登場したのが2000年前後であり、マンハッタン内ではもっともウィリアムズバーグに近接するイーストヴィレッジでアーロン・ローズ主催のアレッジド・ギャラリーが閉廊するのが2002年であること踏まえれば、この時期のストリートアート(とのちに呼ばれるようになったもの)のアクチュアルな現場のひとつがマンハッタンとブルックリンの接地点にあったと考えても問題ないだろう。その後2012年現在にいたるまで、もっぱら若手のストリートアーティストたちが舞台に選ぶのはブルックリンであるといっても過言ではない。現在もブルックリンを拠点にするスウーンがニューヨークへやってきた1998年は、そのような意味で、ブルックリンのストリートアート・シーンがまさに産声をあげはじめた聡明期にあたる。

2 – グラフィティとストリートアート



ニューヨークのグラフィティ。
ERUPTOという名前が車体にかかれている。
撮影:大山エンリコイサム(ニューヨーク、2011年)
 実際にアーティストとしてのスウーンを特徴づけるものは、ストリートアートというジャンルそのものと密接に結びついている。たとえば、おおよそ同時期から注目を集め始めた英国のバンクシーやロサンゼルスのシェパード・フェアリーといったアーティストは、もちろん単にグラフィティ・ライターであるというよりも、多彩な表現手法をもつストリートアーティストであると言わなければならないが、それでもある重要な点でグラフィティという文化のエッセンスを受け継いでいる。これについては説明が必要だろう。グラフィティは基本的に、スプレー塗料やマーカーを主なツールとしてストリートに自らの名前を拡散的にかき残していく営みであり、その過程でボミングの量やレタリングのオリジナリティといった当事者間の競争性を誘発するクリエイティブな要素があるものの、それらの知覚には高いリテラシーを要するためコミュニティ外のオーディエンスには理解されづらい。また、それは「公共空間に名前をかき、不特定多数に自分自身の存在を認知させる」というルールから大きく逸脱することは少ないと言える。他方でストリートアートという言葉は、そのようなグラフィティ文化を経由しつつも、より広い社会的・政治的メッセージ性、都市・建築などへと介入する空間意識、現代美術のコンテクスト、さまざまな素材やテクニック、アイディアなどを取りこみながら実践される一連の文化的動向を指す、一言でいえばストリートにおける表現の総称として捉えることができ、グラフィティのリテラシーをもたない幅広い層にも受容されうる側面をもつ。



バンクシーによるステンシルのグラフィティ。
 先に挙げたバンクシーやシェパード・フェアリーは、ステンシルやペイスティングなど新しい手法を用いてストリートでの表現を始めた先駆的存在として知られている。これらの手法は、その場でゼロから即興的にかかれる従来のグラフィティに対し、スタジオで時間をかけて型紙やポスターを制作し、最後にそれらをストリートへと配置することで、それまでなかったような複雑な絵柄や手のこんだメッセージ性を打ち出すことを可能にした。この点で、同じく緻密な切り絵をストリートに貼りつけるスウーンも、しばしばバンクシーやフェアリーと同列に語られることもある。そして、それはある程度までは説得的な見方だろう。とはいえ、バンクシーやシェパード・フェアリーがその最初期の実践から今現在にいたるまで、自らの名前を公共空間に残していくというグラフィティの信条に多かれ少なかれ忠実であることは疑いえない(フェアリーは自らのタグネームであるOBEY GIANTの名をポスターで世界中に何万枚も貼りつづけている。バンクシーは一見すると、この署名の問題に固執しているようには見えないかもしれない。しかし彼に関して非常にしばしば強調される匿名性のコンセプトは、明らかにグラフィティにおける署名性の反転として、バンクシーという固有名を逆説的に強化している)。

3 – ストリートアーティスト・スウーン


 ところがスウーンは、グラフィティにおけるこの名前のコンセプトをほぼ一切もちあわせていない。彼女の活動は一貫して、自らの名前を不特定多数に見せつけるのではなく、社会の表舞台に登場することの少ない匿名的な不特定多数の姿をこそ、繊細かつ力強い切り絵でストリートに表現することへと捧げられてきたように思える。これはつまり、バンクシーやシェパード・フェアリー、ゼウスといったアーティストが、まずはグラフィティ・ライターしてストリートの世界へと飛びこみ、のちにストリートアーティストとして頭角を現したのに対し、スウーンはその出発点からしてすでにストリートアーティストであったということに他ならない。このささやかに見える差異は、しかしながら、グラフィティからストリートアートへといたる文脈上の変遷を考えるとき、小さくない意味をもっているだろう。誤解を恐れずに言うならば、これは画家が現代美術家になる瞬間とパラフレーズすることもできる。画家が絵画というスペシフィックなメディアの問題圏で思考するのとは対照的に、現代美術家は自らの思考を実現するためにキャンバスをその一手段として選択しうる。同様にスウーンは、グラフィティ・ライターだからストリートにかくのではなく、自らの表現に適したメディアのひとつとして、ストリートをもその実践の場としているのではないだろうか。


スウーンによるストリートの作品。


 実際に現在のスウーンは、ストリートに切り絵をペイスティングする初期のスタイルをさらに発展させ、ホワイトキューブでの巨大インスタレーション作品や、仲間と一緒にニューヨークのゴミを使って巨大ボートをつくり、スロヴェニアからアドリア海を海岸沿いにヴェニスまで進むプロジェクト「The Swimming Cities of Serenissima」を行なうなど、二次元から三次元、さらにはコミュニケーションに根差したプロジェクト・ワークにまでそのクリエイションを広げている。言い方を変えれば、正確な意味でストリートでの表現に分類できるのは、スウーンの活動のごく一部に過ぎない。このことはおそらく、アートに携わるもの全般にとってストリートアートという手法、あるいはその文脈が、ごく当たり前のこととして手元にあるような環境を反映しているのだと言えるかもしれない。そのような環境は今や、ブルックリンに限らずグローバルに息づいている。


スウーン「The Swimming Cities of Serenissima」(2009年)
http://www.swimmingcities.org/
Photos by Tod Seelie


4 普遍性との交差点



アルブレヒト・デューラー「農民の踊り」(1514年)
 不特定多数の姿をこそ表現の対象として俎上にあげること——他方でそれは、けっして真新しいことではないばかりか、きわめて古典的な問題設定だろう。スウーンが初期に取り組んだという版画の技法は、ルネッサンス期にドイツのアルブレヒト・デューラーや、ミケランジェロ経由でそのデューラーの手法を研究したイタリアのマルカントニオ・ライモンディといった巨匠によって美術表現として確立されたが、それは絵画芸術の知的で高尚な内容を複製して広く一般大衆に届けるのみならず、「農民の踊り(Peasant Couple Dancing)」のような大衆の姿そのものを描いた作品をも生み出した。その後19世紀になると絵画芸術も、たとえばやはり版画家であったオノレ・ドーミエのようなアーティストによって、社会の底辺を生きるアノニマスな人びとの姿を映し出すようになる。

 安易に並べて語ることはできないにしても、スウーンの眼差しもこれら歴史上のアーティストたちに通じるところはある。異なるのは、2000年前後のブルックリンでは版画や絵画以上にストリートアートがより直接的な表現手段としてアクチュアリティをもっていたということだろう。そのことは、国家指導のもと体制的に押し進められたかつての社会主義リアリズムや、そうではなかったとしてもやはり大文字の革命と結びつきながら文化政策として興ったメキシコ壁画運動からも遠いところに、ストリートアーティストとしてのスウーンを置いている。あらためて確認すれば、スプレー缶ひとつで誰でも平等に自分の名前をストリートにかきつけうるというグラフィティのボトムアップな成り立ちと、そこから多様に展開した現在形のストリートアートという文脈——そのひとつのあり方として、自らの名前を不特定多数に見せつけることから、匿名的な不特定多数の姿をこそ表現の対象にすることへのパラダイム・シフト——が、この美術史上の普遍的なテーマに交差するユニークな地点にこそ、スウーンは立っているのだと考えてみたい。

5 世界に関わる表現者として


 「Honeycomb」のオープニングで、彼女と短い会話を交わすことができた。「ストリートでの活動とギャラリーでの展示にはどんな違いがある?」と聞くと、笑いながら「ギャラリーでやるときのほうが時間に余裕があるかな」と答えたあと、すぐに「でも、ホワイトキューブかストリートかという二項対立ではあまり考えていない」とつけ加えた。「ある意味で、サイト・スペシフィックということだよね」と返すと、「そう!ホワイトキューブでも、ストリートでも、どんな場所でも、その場のポテンシャルを活かした最大限の表現をするだけ」という。マルチ・サイト・スペシフィシティ?——いや、コンセプチュアルにそうある、というよりは、はじめから自然なこととしてそういうスタンスをもっているのだろう。個展タイトルには、環境汚染によって蜂の大量死が相次いでいることに対する危機感がこめられているという。そう言えば、アメリカを代表するもうひとりのグラフィティ・アーティストBNEが最近、発展途上国にきれいな飲み水を提供するためのNPOを設立したことを何となく思い出した。環境や社会に対する彼らの意識は、広い意味で今の日本が抱えている原発の問題とも無関係ではないだろう。


「Honeycomb」オープニングでのスウーン。


 オープニングの数日後、僕は東日本大震災の被災地・岩手県大船渡市へと向かった。津波が生み出したがれきを使って高さ4メートルほどの小屋をつくり、そこにソーラーパネルを設置して自家発電をするというプロジェクト「KESEN TRANSPLANT」に参加するためである。「気仙芸術発電所」と名づけられたこの小屋が生み出す電力は、そのすぐ横に設営された「くっつきハウス」というもうひとつの家に供給され、そこでは被災者をふくむ地元の人びとやイベントに訪れた観客、アーティストらが交流する場として機能する。発電所の壁面に壁画をかく予定だった僕は、3.11をめぐるこのプロジェクトにスウーンが関わってくれたらと思い、壁画のコラボレーションに誘った。急な打診であったため現地に赴くことは叶わなかったが、それでもコンセプトに理解と共感を示し、ペイスティング用の作品をふたつ送るから自由に使ってよいと申し出てくれたスウーンのその機敏さにまずは感心させられた。偶然か意図してのことかはわからないけれど、送られてきたその作品が「海の女王」を描いたものであり、津波の被災地復興というヴィジョンとも共鳴するものであったこと、そしてシンプルにその作品のヴィジュアル自体がもつストレートな力強さに関係者や来場した観客の多くが心打たれていたことを最後につけ加えておきたい。結局のところ、細かいことを抜きにして、みなそれぞれの立場から世界に関わろうとするひとりの表現者なのだな、と素直に納得することができた。


大山エンリコイサム+スウーン(気仙芸術発電所)
撮影:大山エンリコイサム(岩手県大船度市、2012年)



Text by 大山エンリコイサム


Information


SWOON
Honeycomb

http://www.officekubota.com/snowcontemporary/exhibition/

会期:2012年4月27日(土) – 5月20日(日) 12:00-20:00 /月曜休廊
日曜・祝日は18:00 まで。4月30日(月・祝)は休廊。
会場:XYZ collective (SNOW Contemporary)
住所:東京都世田谷区弦巻2-30-20 1F
HP:http://xyzcollective.org/access


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