4月、突如としてネット上で大きな話題になった「カオス・ラウンジ」。2010年らしく、USTREAMやTwitterの普及と村上隆さんや東浩紀さんのように伝達力のある著名な方々が次々とネタを放り込んだのも相まって話題が増幅している。こうした事象をリアルタイムで体験していて、「破滅ラウンジ」も23日まで開催しているということで、何か記しておく必要があるように感じた。ここではコンセプトなどの言及ではなく、記録的なエントリーとして書いてみたい。


カオス・ラウンジを知らない人もいると思うので、参考リンク。 この辺が個人的に発端でした。4月16日の「GEISAI大学放課後 02」01もありますよ。
http://www.ustream.tv/recorded/6267744
カオス・ラウンジ:
http://chaosxlounge.com/index.html





もともと、今年初旬に友人のエンリコくん(最近松戸の壁で取材)の紹介でキュレーターである黒瀬陽平さんが事務所に遊びにきてくれた。正直、僕らはそこまで現代アートに詳しくないし、言論界のことなどまったく強くない。だけど、そうやって知ることができたのは個人的に大きな引き金となった。
もうひとつ面白く思えたのは、「いわゆる」ウェブデザイン業界またはメディアアート業界と言われた中でもこの話題が度々上がることだ。数年前には一番遠い存在のように感じていた。

高橋コレクションでの展示やNANZUKAでやっている展示も見にいった。このエントリー読んでいる人で、実際に見に行った方は、展示を見つつ、ある点では俯瞰している意識があったのではないか。そして友人との議論を楽しんでるのではないかと思う。事実、僕らもそう。こうして大きな話題になったのはUSTやツイッターと共に、先に行ったような発言者の注目度もある。

ネットでの体験と実体験とのリンクの楽しさをも、共有できる体験にアートを感じているのかもしれない、と思った。

「向こう側」や「コンテンツ」論や大きな解釈の議論は面白いし、それぞれの文脈をぶつけ合う価値のある議題だと思うが、単純にあの4時間以上のUSTを見て、展示を見に行く体験自体が自分には初体験だった。僕らはコンテンツではなく、文脈を楽しんでいたのだ。

ただ何か、作家ら当事者の表現が、既にある縦軸との論争へ巻き込まれてしまっていることへの謙遜感を感じてしまう。もちろん持ち上げてくれたのは彼らなのだが。

pixivというひとつの土台があり、そこに置いてけぼりになっている作者がいて、コンセプトだけがどんどん先走りになってしまっているのではないかということが気になった。

そんなことを考えていると、グラフィティーやスケーターとリンクできる気がしてきたりもする。
スケボーパーク内のグラフィティーは装飾になってしまうし、 スケボーパークという存在はスケーター文化から出てきたもの。
(↑これはわかりにくいな)

僕らが楽しみにしてるのは、これを一種の文脈句読点として、同世代で横軸で対話し(言語ではないかもしれない)、どんどん作品を作り、突き進んでいってほしい、ということなのかもしれない。

20代半ばのアーティストたちが「現代・アート」とか「メディア・アート」とか「ビジネスにしなきゃいけない」とか、そういった枠組みに納まろうなんてそもそも考えてないし、それは見てる人たちが決めることなんだと。

ちなみに、破滅ラウンジは23日までやってます! ぜひ友人とラップトップを持っていきましょう。
http://chaosxlounge.com/index.html



読み返すと曖昧な表現など多いですが、これはこれで。