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非常に珍しいことがあったのでずっと書こうと思っていたのだが、ではこの出来事を経て自分が何かを考えたり思い至ったりしたかというとそうでもなくて、この文章を書いている時点で別に何もまとまっていない。
たぶんこれを最後まで読んでいただいたとしても、読んだ方には、ああこれを書いている人はとても珍しい出来事に巻き込まれたのだな、という以上に残るものはないんじゃないかと思う。
しかし、起こったことがあまりにも珍しいことだったので、とにかく記憶が新しいうちに記録として残しておかなければと思ったので残してみる。



私はアメリカ、ニューヨークで日本人として暮らしているのだが、こういう時代なので、地元であるアメリカのニュースだけではなく、日本のニュースもリアルタイムに入ってくる。
だから、日本で起こったエンブレム問題であれ、誰それの不倫であれ、豊洲の盛り土がどうのこうのとか、今日は稀勢の里がはたきこまれました、とか、琴奨菊の嫁がエロかわいい、みたいなレベルのことまで耳には入ってくる。

一方で、アメリカではもうほとんど大統領選挙の話題ばっかりだ。何しろこれを書いている時点で選挙まであと1週間もない。
ちょっと道を歩けば、「1ドルくれないとトランプに投票するぞ!」みたいな看板を掲げて小金を稼ぐホームレスがいるし、選挙に関する落書きなんかも多い。


しかし、そんな大統領選祭りの最中ではありつつも、実際のところは別のことが話題になっていたりはするし、全然違う話で炎上が起こったりもする。
アメリカのソーシャルメディア(敢えて「ソーシャルメディア」と言ってしまうけれど)にも「炎上」というものはある。
ただ、アメリカの「炎上」は、日本でいう炎上とは結構違う気がする。
一番違うのが、その「わかりやすさ」だ。
前述の通り、アメリカにはいろんなバックグラウンドを持った人がいるので、いろんな興味と考え方を持っている。だから、誰かの不倫とかエンブレム問題みたいな、まあまあいろんな意見が飛び交う系のものだと、議論にはなるかもしれないが、あんまり誰かがボコボコに叩かれるような一方的な炎上にはならない(ような気がする。私がそういうクラスタと関わっていないからなのかもしれない。)。
日本だと叩かれている対象にちょっと肯定的な意見を言ったら擁護派みたいに扱われて自分も叩かれてしまうが、アメリカだともうちょい、一つの話題に対していろんな人がいろんなことを言うのはOKみたいな感じもある。

ただ、たまに何かものすごくわかりやすい、誰でも「ああこれはアウトだろう」というレベルの「悪」が登場して、人種とか宗教を超えてボコボコに叩かれるということが起こる。アメリカの炎上って、そういうもののような印象がある。
記憶に新しいところでいうと、ジンバブエのマスコット的なライオンである「セシル」がアメリカ人の歯科医に趣味の狩猟で射殺された事件、あれは炎上した。
あれはまあ、わかりやすい。2016年の世の中だと、そもそもそういう種類の狩猟を肯定する人は少ないだろうし、歯科医の言動なども含め、あまりにわかりやすい「悪」だったため、あらゆる人に叩かれた。
ミネソタにある彼の歯科の、アメリカで一番メジャーな店舗レビューサイト「yelp」のページは、コメント欄がめっちゃひどいことになっている。「このクソ野郎はアフリカに帰ってライオンに食われろ!」とか。

もっと言えば、ドナルド・トランプという人は一番わかりやすい「悪の象徴」で、アメリカ流炎上商法の最たるものかもしれない。
日本でも報道されている通り、どうしようもない問題発言を繰り返しては悪い意味であってもすごい量の関心を集め、それにいろんな人が反応して叩きまくるのでそのぶん名前が露出しまくって、存在感だけはどんどんでかくなっていく。
「みんなちょっと思ってるけど確実に『悪』だから口に出せないことを言ってくれる人」みたいな感じで人気を集めたところは大きい。
あんなにわかりやすい「悪」はあんまりいない。

ところで、アメリカにも、日本でいう左翼の朝日新聞と右翼の産経新聞みたいな感じで、ヒラリー派のメディアとトランプ派のメディア、みたいのがある。いや、「うちは◯◯を支持します!」みたいなことを明確に表に出して言ったりするぶん、もっとわかりやすい。
たとえば、日本でもわりとおなじみのニューヨーク・タイムズは、9月末に「うちはヒラリーさんを支持します!」というのを公式に表明した
一方で、トランプ派というか、一番ガチの共和党派として有名なのがFOXニュースだ。
FOXニュースは、その保守ガチガチの報道姿勢もあって、マイケル・ムーアの「華氏911」なんかで、「ブッシュの私有テレビ局」みたいに批判されているメディアだ。
ニューヨークというのもあって、私の周りには民主党を支持している人ばっかりなので、「FOXなんか見ねえよ!」という人が結構たくさんいる。

前置きが長くなってしまったのだが、そのFOXニュースが、3回ある大統領選の最初の討論のちょっと後にあたる10/3くらいから、看板ニュース番組中のとあるコーナーで放送した映像が問題になって、全米で大炎上状態になった。
全米で炎上しちゃうくらいなので、とてもわかりやすい「悪」案件だ。
この週は、ソーシャルメディアでもみんなこの映像のことを話題にしてカンカンに怒っていたし、他のテレビ局もこぞってこの件を話題にしてFOXニュースを攻め立てた。私も普通にこれを目にしていたら「これはひでーなー」と思って怒りを感じたことだろう。

しかし実際には「これはひでーなー」どころではなかった。なぜそれどころではなかったのかというと、どういうわけか私自身がこの問題映像の中盤に、わりと目立つ形で、かつ議論の中心になるような形で登場してしまっていたからだ。

というわけで問題映像をご覧ください。これの2:45くらいに登場するグレーの帽子をかぶったメガネ男性が私だ。



レポーターに聞かれておもむろに空手パンチを繰り出す私の姿が映っているが、この映像が大問題になった。
この映像は、FOXニュースの看板報道番組『ジ・オライリー・ファクター』の中の人気コーナー「Watter’s World」で放送されたものだ。
ご覧頂くとわかるように、趣旨としては「チャイナタウンで中国人にトランプのことどう思ってるか聞いてみよう!」という企画である。
なのだが、インタビュアーのノリや編集が、トランプ云々ではなくて、「英語がよくわからない愚かな中国人」をバカにする内容になっていて、ひどい言い方をすると、中国人を動物のように扱っている。
まあこんなんどう見ても人種差別だろうということで、わかりやすい「悪」認定されて、わかりやすく炎上してしまったのだ。
加えて、中国文化へのリスペクトとか理解が全然ない内容であることも話題になった。みなさんも上記の私のパートを見て思われたかもしれないが、「空手は中国じゃなくて日本だよ!」というツッコミコメントがYouTubeのビデオに溢れかえった。
そしてどういうわけか「空手は中国じゃなくて日本だよ!」という議論の対象として、そもそも中国人ではなくて日本人である私がいるという意味のわからない状況になってしまったのだ。

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うちの会社(PARTY NY)のオフィスはこのビデオの舞台となったニューヨークのチャイナタウンにある。
こないだまでやっていたゴーストバスターズの新作におけるゴーストバスターズのオフィスが、チャイナタウンの廃棄されたレストランだったのだけれど、あれは結構描き方がうまかった。
ニューヨークのチャイナタウンというのは横浜の中華街みたいなおしゃれなものとは違って、なかなかにゴミゴミして全体的に有機的な感じで、そんじょそこらからアトランティック・シティ(東海岸のラスベガスと呼ばれるカジノ都市、NYから2時間半くらい。)へのキレイとはいえない乗合バスがたくさん発車する、そんな場所である。
おかげで家賃が安いので、ゴーストバスターズと同様に、チャイナタウンの一角にオフィスを借りている。最近近所から引っ越したのだが、それまではそれこそ廃棄された中華料理店の上の部屋を借りていた。

その日、私はオフィスの建物の隣りにある台湾のカフェチェーンで売っている台湾唐揚げをお昼に食べようと思ってオフィスの外に出た。
しかし、その台湾カフェは、クレジットカードが使えないので現金を下ろす必要があった。で、お金を下ろそうと思って最寄りのチェース銀行に行こうとしたところ、銀行の前でこのインタビュアーに捕まったのだ。小籠包で有名なJoe’s Shanghaiのすぐそばだ。

彼はいきなり話しかけてきて、「ちょっとすみません。中国人として、トランプ氏のことをどう思う?」と聞いてきた。しかしまあ、私は中国人じゃないので、「いや、私日本人だから答えらんないです。」みたいに答えた。
そしたら、「なんで日本人がチャイナタウンにいるんだ?!」なんて聞かれた。別にいいじゃないかと思いつつ、次に聞かれた質問が結構えぐかった。
「日本人って中国人のこと下に見てるの?」というものだった。
私の場合、別にそんなことはないので「え?! いや、違いはあるけど下には見てるはずはないでしょう。」なんて言いつつ、ちょっとこのインタビューの「偏り」みたいなものを感知したので彼から逃げようとした。
「いやー、本当はちょっと下に見てるんでしょ?」みたいな感じでしつこく言い寄ってくる。一体何を言わせようとしているのか。。。

で、私が本当に逃げようとしたので、「最後に一個だけお願い!」なんて言われて聞かれたのが、オンエアに入っている「Do you know Karate?」なのだ。
私は一年くらい前から子供と一緒にコロンバス・サークルの空手道場に行って、元ウクライナ空手代表選手であるイゴール先生(超強い)に空手を習っているので、そこそこ空手には親しんでいる。
で、「ちょっとパンチして見せてよー」なんて言われてパンチしたら、あんな感じで使われてしまったのだ。


というのが真相で、まあFOXニュースの人たちは実は私が日本人であることはわかっていたし、空手が中国のものではないことも知っていたのだが、何はともあれ、街頭インタビューの段階で、アジア人をからかってやろうという雰囲気はあったのは間違いない。

で、オンエア後からすぐにこの映像は炎上し始めて、私も友人のLinnから「何か出てるよ!」なんて連絡をもらって、話題になっているのを知った。彼女が勤めているStinkDigitalで「FOXにQantaが出てる!」みたいな騒ぎになったらしい。

なにしろこのレベルでわかりやすい「悪」だと、どんどん炎は広がる。
他のテレビ局もこぞってこれをニュースにし始めた。
その中でも話題になったのが、コメディ専門チャンネルであるコメディ・セントラルがオンエアしたこれだ。



元のFOXニュースを4文字言葉を連発しながら強く非難して、改めてチャイナタウンで「人間としての中国人」にインタビューしている(この方とはその後私も電話インタビューで話した。)。
で、この映像などもかなり拡散した。私はこっちにもばっちり登場していて、結構な人が見ているので、このへんで、しばらく会っていないこっちの友人とか、取引先とかから「よう久しぶり! ところでお前FOXニュースで空手やってなかった?」みたいな連絡がたくさん飛んで来るようになった。
街でも2回くらい「もしかして空手の人?」って言われた。
そうこうしているうちに、政治家が映像についてコメントを出しはじめたり、どんどん大事になっていった。
というか日本でも一応ニュースになってたCNNの日本版も


私自身もこの映像に自分が出ていることを知って「うわーなんだこれ」と思ったのだが、すぐ、このインタビュアーのfacebookの投稿にコメントで文句を言ってみた。
そしたら、他に出ていた人でそんなことをした人はいなかったのだろう。他のテレビ局やメディアから取材依頼が来はじめた。
取材チームがうちのオフィスに来てコメントを取りに来たり、朝のニュース番組にSkyoeで生出演したり、なんかだんだん時の人っぽくなっていった。
Brexitがどうとか、トランプを日本人としてどう思うか、とか、FOXの映像と関係ないことまでしゃべった。

無理やり自社製品を取材風景の後ろに映り込ませてみたり、せっかくなのでいろいろやってみた。


みたいのが2〜3日続いたが、最後の方はさすがに飽きてきたので、取材は断った。一瞬、ネタにしてやろうと思って、「自分の空手パンチで地球滅亡」みたいなものをつくってみたが、目立ちたがり屋さんにしか見えないし(実際に目立ちたがりではあるけれど)、あんまし面白くないので拡散するのはやめた。



何はともあれ、私は人種差別とはほぼ無縁の世界(日本)に37年住んできた人間なので、考察も浅いと思うし、いきなりこういうものに巻き込まれて、今の時点で何か考えたこと、思い至ったこと、語ることがあるかというとそんなにない。

きっと、こういう出来事を通してアメリカという国について思ったこととか、それに対して日本という母国について思ったこととか、そのうちいろいろ出てくるのだろうけれど、今のところ、そういうとにかく変わった体験が過ぎ去ったばかりなので、記憶が浅いうちに、まずは記録してみた。

けど、ちょっとだけ思ったことをむりやり書いてみると、この事件を取り巻く怒りの渦の中に身を置いて、実は少しホッとしたところがあったのだ。
私にインタビューをしてくれたジャーナリストの人たちは、みんな怒りまくって、抗議の声を上げまくっていた。当人の私なんかより何十倍も怒っていた。アジア系の人もたくさんいた。彼らは、自分たちの権利であるとか、自分たちの存在であるとか、そういうもののために実直に怒っていた。
トランプに怒っている人たちも、何に対して怒っているのかわかりやすい。女性はみんな怒って当然だし、人種的マイノリティが怒るのも当然だ。
炎上の対象もわかりやすければ、それに怒る理由もわかりやすいし、当然だと思う。

一方で、母国日本でちょこちょこ起こる「炎上」って、外から見ていると誰が何のために怒っているのかよくわからないというか、怒るために怒っているようにしか見えないというか、煽る側も含めてとてもわかりにくい感じがする。
不倫したタレントさんに対して怒ったときに、怒っている人はいったい自分の何を守りたいのだろう、という感じはする。
本当はみんな何かもともと何か別の抽象的なものにムカついていて怒りたくって、いざ「怒っていい」対象が出現したらみんなで一斉に殴りに行く、ような感じにも見える。わかりにくい。
そのへん、どうしてもいつもモヤモヤしてしまうのだ。

だから、アメリカの大炎上に初めて巻き込まれて、もうこのレベルのことは自分の身には起こらないような気もするけど、アメリカと日本の炎上を両方見ている人としてはとにかくわかりやすくてちょっとホッとしてしまったのである。もちろんこういう人種差別はどうしようもないのだけど。